カリフォルニアに暮らすZ世代のライター、竹田ダニエルさん。この連載ではアメリカのZ世代的価値観と「心・体・性」にまつわるトレンドワードを切り口に新しい世界が広がる内容をお届けします。
第14回はZ世代よりひとつ下の世代のα(アルファ)世代(2010年代以降に生まれた世代)がコスメショップ『Sephora』に殺到し、「#sephora kids」というハッシュタグと共にSNS上で話題になった件について。過度な商業化や若年層のルッキズム、肌への影響など、さまざまな問題を含んでいます。
—— Vol.14 “Sephora kids”——
10代前半でレチノール? 美容にお小遣いを注ぎ込む子どもたち
ダニエルさん 欧米を中心に展開している化粧品小売チェーンの「Sephora」を知っていますか? 自社ブランドからラグジュアリーブランド、ドラッグストアブランドまでさまざまな製品を取り揃えていて、美容業界のトレンドをリードする存在です。もともとファン層はかなり幅広いのですが、最近はアルファ世代(2010年代生まれ以降の世代)、特に日本でいう小学生や中学生の年齢の子どもの来店が目立っていると話題になっています。
——どうして「Sephora」に子どもたちが!?
ダニエルさん この現象は美容インフルエンサーの影響によるところが大きいと言われています。アルファ世代はスマートフォンやタブレットが当たり前にある環境で育ち、YouTubeやTikTok、Instagramなどのプラットフォームを日常的に頻繁に利用しています。近年は子どものインフルエンサーの増加も顕著。デジタルデバイスを使いこなす子どもたちは自身でコンテンツを作成し、気軽に公開していて、アルファ世代のインフルエンサーが「GRWM(get ready with meの略称)」や「morning routine」などの美容コンテンツでスキンケアやコスメを紹介することで、視聴者である同世代の子どもが影響を受け、美容に関心を持ち、「インフルエンサーと同じものが欲しい」と購入意欲をかきたてられる。
——大人とまったく同じ構造ですね。
ダニエルさん 同年代の影響だけではありません。アルファ世代の親はミレニアル世代(1980年前半~1990年半ばに生まれた世代)にあたる場合も多く、親が日常的に美容トレンドや製品レビュー、スキンケアルーティンにアクセスすることで、子どもたちも少なからずその影響を受けていると言われています。また、近年セルフケアとウェルネスが重要視されるようになったことと合わせて、スキンケアはその一部とみなされる傾向があります。健康的で美しい肌を維持することがセルフケアやウェルネスの一環としてマーケティングされている風潮もあり、「年齢的に、メイク用品を買ってあげることには抵抗があるけど、スキンケアならいいか」という発想に親も至りやすいのです。
10代前半から“老い”を恐れる背景
——スキンケアの意識が高まって、自分をケアすることは一見いいことのようにも思いますが。
ダニエルさん ただ、若い肌への長期的な影響に警鐘を鳴らす専門家もいます。一部の子どもは、「老けたくない」という強迫観念から、10代前半から大人向けのスキンケア製品も購入していると言われていて、そのアイテムの中には、刺激が強いといわれるレチノールやケミカルエクスフォリエント剤が入ったものもあります。これらはアンチエイジングのスキンケアアイテムに含まれる場合が多く、若い年齢の肌には負担がかかる可能性があるため、専門家は年齢的に不要な場合は使用を避けるよう勧めています。
「大人が使っているものを自分も使いたい」と無邪気に使っている10代前半の子どももいると思いますが、「美容に関心があると回答したアルファ世代の調査」では、アルファ世代の15%が歳をとることに「憂うつ」と答えたという結果も。そうした子どものうち51%が、老化を遅らせたり、老化に対抗するために月に100ドル以上を使うという回答結果もあります。ちなみにZ世代では15%、ミレニアル世代では24%。シミやシワを恐れているとも言われていて、美容に関心のあるアルファ世代がいかに老化を恐れているかがわかると思います。
——子どもの場合は老化ではなく、成長ですよね。
ダニエルさん そうなんです。ミレニアル世代以上が感じている“老いに対する不安”が10代前半までの低年齢層に少なからず影響を与えていて、大人にも責任の一端があると指摘もされています。若く見えることにこだわり続けることは、アルファ世代に対して、加齢することや美の基準についてのメッセージを送り続けていることになります。
今ではヒアルロン酸フィラーやボトックスでの「微調整」は最新のステータスシンボルとなっていて、若手俳優やセレブ、インフルエンサーの影響で一般の人にも身近なものとなってきているのは事実です。明らかにやりすぎて不自然な見た目になっているセレブもいますよね。
美容意識の高まりとルッキズムのつながり
ダニエルさん また最近は、アルファ世代に特化した新しいブランドが数多く生まれていて、10代前半までの若年層が美容マーケティングのターゲットにされていることを懸念する人もいます。
その弊害として、メンタルヘルスへの影響は大きく、ルッキズムを助長するという指摘があります。成長期は肌の状態や体重など、見た目が変わりやすいですよね。なのに「画一化された美の基準」「完璧な肌」といったイメージがSNSなどを通じて刷り込まれると、そこから外れることに恐怖を覚えてしまう。美容への過度な関心は自己肯定感の低下など、メンタルヘルスにも影響を及ぼしかねない。
——完璧な外見を追求することで、ストレスや不安が増加し、うつ病や摂食障害のリスクが高まる可能性もあるとも言われていますよね。
ダニエルさん そうですね。また、経済的負担や心的負担もスルーできない。若い頃から高価な製品を頻繁に購入することで金銭的なストレスが発生しますし、スキンケアに過度に依存することで、特定の製品がないと不安を感じるようになるというリスクも懸念されています。こうした要因が組み合わさって、若い世代をとりまく美容業界の利益重視の活動に疑問の目が向けられています。
カリフォルニアではレチノールの販売年齢に規制が
ダニエルさん 「Sephora kids」がSNS上で話題になったとき、そこに映し出されていたのは、子どもたちが「Sephora」などのショップのテスターや陳列をめちゃくちゃにしたり、座り込んで通路をふさいでいる様子でした。ただ、こうした状況も「子どもやその親が悪い」とひと言では言い切れません。
というのも、アメリカの都市部では今、子どもが安心して遊べる公園や図書館が閉鎖されたりして、楽しめる場所が急激に減っています。そうなると、親と一緒にショッピングモールに行くしかない。これまではおもちゃをねだっていたけれど、SNSの影響によって、それが化粧品に置き換えられてしまった。今までは小学生やティーン向けの雑誌やテレビ番組などがたくさんありましたが、今は子どもも大人と同じSNSのプラットフォームを使っていますからね。
——「Sephora kids」に象徴されるような、子どもをとりまく環境のあり方について何か動きはあるのでしょうか?
ダニエルさん 先日レチノールやアンチエイジングに使われるスキンケア商品を13歳未満に売らない法案をカリフォルニアが検討していると報道がありました。子どもの健康やメンタルヘルスを考えて、親や企業、社会が子どもを最優先に考え、適切なガイダンスを提供することが今後より求められています。
美容に依存している子どもについて考えるとき、そのまなざしを自分に向けると、美意識がどのように形成されているのか、そして、企業のマーケティングとSNSによっていかに必要のないものを買わされているのかという現実を客観的に見られるのではないでしょうか。
画像デザイン/坪本瑞希 構成・取材・文/浦本真梨子 企画/木村美紀・種谷美波(yoi)