中元日芽香さんは乃木坂46の元メンバーであり、現在は心理カウンセラー。この連載では、“推される側”を経験し、“推す側”のメンタルにも寄り添ってきた彼女ならではの視点で、推し活とメンタルヘルスの関係について語ります。第13回のテーマは「推し活は仕事に生かせるか」。推し活をリアルな仕事に生かすこと、アイドルのセカンドキャリア、プロ意識について…中元さんの実体験をもとに深掘りします!
心理カウンセラー&メンタルトレーナー
1996年4月13日生まれ、広島県出身。2011年からアイドルグループ・乃木坂46のメンバーとして活動し、2017年に卒業。早稲田大学で認知行動療法やカウンセリング学などを学び、2018年にカウンセリングサロン「モニカと私」を開設。心理カウンセラーとして活動を始め、今に至る。著書に『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』『なんでも聴くよ。中元日芽香のお悩みカウンセリングルーム』(共に文藝春秋)。現在、ポッドキャストサイトPodcastQRにて、パーソナリティを務める『中元日芽香の「な」』を配信中。
第13回のテーマは「仕事に推し活は生かせるか」
推し活がすっかり世間に定着し、社会的に認められている今、推し活を自分の仕事に生かす人も増えているようです。これまでの連載では「リアルな仕事や日常の息抜き」として推し活をとらえることが多かったので、今回はずばり「推し活は仕事に生かせるのか」というテーマについて考えていきましょう。
推し活はひとつの対象に情熱を傾ける経験。その人の仕事やリアルな人生にポジティブに作用することができると私は考えます。例えば、自分の推しの活動や作品に触れて自分自身の企画のアイディアが浮かぶ、ベースができる、というケースもよく目にします。例えばアーティストの場合、推しへの憧れがインスピレーションになって作品を作ることもあるのでは。実際に推しとセッションをして、プロとしての姿勢に影響を受けたというインタビューも読んだことがあります。推す側、推される側のリスペクトを感じて「ああ、こういうプロ同士の仕事って素敵だな」と刺激になりました。
推し活をきっかけにして自分のキャリアを切り拓く人もいます。乃木坂46に所属していたとき、服飾関係の学校に通う人や、アパレルの仕事をしている人が、アイドルのステージに興味を持って衣装の世界に飛び込んできたり、衣装提供のような形で関わってくださったりしました。プロの世界に飛び込む動機に「好き」があるって素敵です。
アイドルに限らずエンタメの世界には、見えている部分だけでなく裏で携わっている多くのプロがいます。ライブをしていて、そのプロフェッショナルの仕事ひとつひとつの集合体がこのステージなんだと実感することが多くありました。まだ10代でアイドルだった自分自身も、身近なプロフェッショナルな大人たちの仕事に触れて「そのステージに立てる人、そこにいてふさわしい人でいたい、成長しなければいけない」と思ったことを、よく覚えています。今考えると、私にプロとしての意識が芽生えた瞬間かもしれませんね。
アイドルからのセカンドキャリア。「推される側」の経験は今の仕事に生きている?
私の場合は、推される側のアイドルから、セカンドキャリアとして心理カウンセラーになりました。当時の私は21歳。ジャンルの違う新たな職業に挑戦するとき、多くの人が経験する学生時代の就職活動などを経ていないことに少し負い目を感じる時期もありました。けれど、私が選択したのはたった1つの自分だけのルート。わくわくする気持ちと、自信をもって前を向いていこう! という気持ちのほうが強かったと思います。
初めは無我夢中でしたが、だんだんとアイドルの仕事よりも、心理カウンセラーとしての仕事の期間のほうが長くなり、アイドル時代の私をリアルタイムでは知らないクライアントの方も増えてきました。私をきっかけに、乃木坂46の過去の映像を見てアイドルの推し活に興味を持ってくれる方もいらっしゃるようです。また、現在の自分を発信することで、乃木坂46時代のファンの方からも、「元気そうな姿を見られてうれしい」「やりたいことが見つかったんだね」など、好意的な反応をいただくことがあります。
講演会などのオファーをいただいたときに「アイドル時代に推していました」「グループのファンでした」と言ってくださる方もいらっしゃいます。私のことを詳しく知ってくださっていた方と、セカンドキャリアの心理カウンセラーとしてご一緒できると、素直に「心理カウンセラーとアイドルの仕事、両方をやっていてよかったな」と思います。
セカンドキャリアとして心理カウンセラーを選んでよかったこと
セカンドキャリアをスタートした当時は、アイドルと心理カウンセラーとは全く別の仕事だと考えていました。アイドルは「みんなに元気を与えたい」と外に向かう仕事。一方、心理カウンセラーは、人知れず静かなところで、一対一で心に向き合うというイメージ。だから、アイドルで得た経験を生かす、ということよりも、1から勉強し直すぞ、という気持ちでした。ところが、心理カウンセラーの仕事を始めてみると、アイドル時代に培ったスキルや鍛えられた力が「ここで生きるのか」と感じることが多くありました。
そのひとつがコミュニケーションスキルです。カウンセリングの仕事では、10代から50代後半の方まで、広くお話を聞かせていただきます。年長の方からすると、社会人1年目ぐらいの年の私が相手で大丈夫なのかな? 私もきっと緊張してしまうだろうな、と不安だったのですが、これはアイドル時代の経験にすごく助けられました。10代の頃から、ファンの方の年齢層も幅広く、スタッフさんはほぼ全員年上。初対面の方を含め、さまざまな年代の方々と現場や握手会で接してきたことが、今でも私のコミュニケーションを支えてくれています。
もうひとつは発信力です。臨床心理士の方とお話する機会があったのですが「カウンセリングについて知ってもらうにも、なかなか多くの人に響くように伝えられない」、「専門分野と発信を両立するのは難しい」とおっしゃっていました。確かに、経験豊富なカウンセラーさんや名医と呼ばれる方々でも、メディアで流暢におしゃべりできるかというと、緊張される場合も多いのだと思います。私は現在Podcast番組「中元日芽香の『な』」のパーソナリティを務めていますが、ラジオでの発信が昔から好きで、楽しんで取り組ませていただいています。10代の頃から触れていたメディアを使って、メンタルヘルスについて関心を持つきっかけを作れたらうれしいと思いました。心理カウンセリングについて知っている人と知らない人、専門家と悩んでいる人、その2者間をつなぐような役割が今の私にできることであり、以前の仕事で得た財産でもある、と思っています。
芸能界から別の職業を選んだことで得られたもの、続いていくもの
さて、アイドルを卒業するとき、私は所属事務所を辞めるつもりでいました。この先やろうとしていることは芸能界とは全然違う業種です。「バックアップしてもらうことは難しいと思うので会社を離れます」と伝えました。すると当時のマネージャーさんは「事務所に残りながら、日芽香がやれることってあるんじゃない? 前例はないけれど一緒に考えていこう」と言ってくれました。会社としても、私が進むメンタルヘルスに関わる分野は、アイドルや芸能の世界にこそ必要だと考えてくれたようです。
あれから時間がたちましたが、私にとっては15歳で入った同じ居場所でステップアップしていけたことはとてもよかったと感じています。さまざまなメディアと距離が近いのは芸能事務所の強みだし、一方で、カウンセリングに関しては自分のやりたいようにと任せてもくれています。乃木坂46のグループが成長していくにつれ、卒業後に芸能活動だけではない分野で活躍するメンバーも少しずつ増えてきました。
グループの後輩たちも、アイドルのその先の進路を考えるときにさまざまなことを思うようです。「俳優になりたいわけじゃなくて…でも自分は何になりたいだろう?」とセカンドキャリアに悩むメンバーたちに「こんな道もあるし、まわりが誰も進んでないところにも道がきっとあるよ」と示せる、そんな先輩の一人でいられたらいいな、と考えています。
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撮影/森川英里 ヘア&メイク/上野祐実 スタイリスト/高野麻子 画像デザイン/齋藤春香 取材・文/久保田梓美 企画・構成/木村美紀(yoi)