仕事でも勉強でも、何かに取り組むうえで重要になる「モチベーション」。近頃、研究によってポジティブなマインドやモチベーションの向上と維持の根底に必要なのは、単なる気合や迷信ではなく「感謝感情(感謝の気持ち)」だということが科学的に解明されてきたそう。その感謝感情に目をむける手軽な方法が「感謝日記(グラティチュードジャーナル)」。今回は、その研究に携わる立命館大学 グローバル教養学部 教授の山岸典子さんにお話を伺いました。

山岸典子

立命館大学 グローバル教養学部 教授

山岸典子

認知神経科学を専門とし、昨今はポジティブ心理学や視覚注意といった人の認知や意識と関係の深いメカニズムを研究中。感謝感情とモチベーションの関係性をはじめ、科学に基づくウェルビーイングな行動や考え方を提唱する。趣味はコーヒーで、1日1回は自分で豆を挽き、ハンドドリップしていただくのが楽しみ。いちばん好きなコーヒーショップは、京都の名店「カフェ・ヴェルディ」。

モチベーションが高まる「感謝日記」とは?

感謝日記 2週間 ポジティブな変化

──ポジティブにモチベーションアップがはかれるとウワサの「感謝日記」って何ですか?

山岸先生:
モチベーションアップに効果がある、なんて聞くとどんなものなんだろう? と思う人もいるかもしれませんね。ただ「感謝日記(英語ではグラティチュードジャーナル)」自体は、非常にシンプルな取り組みで、文字通り日記を“書くだけ”。しかも、その日の出来事を色々と綴る必要はなくて、みっつくらい箇条書きで「今日の感謝」を記すのみです

例えば、“おいしい料理を食べた。食にかかわってくれたすべての人に感謝”とか“待ち合わせに遅刻したけれど、友達が待っていてくれた。ありがとう”とか、“天気がよくて心地よかった、お日様ありがとう”とかネタは本当になんでもかまわない、純粋に今日の感謝に注目するだけでいいんです。

ごくシンプルに言えば、その「感謝する」という行為によって、モチベーション数値(活力や意欲)が上がって、非モチベーション数値(無気力)が減るということが科学的にわかってきたんです。それこそが「感謝日記」が話題になってきた理由です


──いざ何かを頑張ろうと思ってもモチベーションをあげて、さらにそれをキープし続けることって想像以上に難しいと感じます。とはいえ「感謝日記」によってモチベーションマネジメントができるとなると、続けることに意味があるのでしょうか?

山岸先生:
「感謝日記」を実施する期間は、2週間で十分。「感謝日記」をつける期間とそれによるモチベーションアップ、活力向上のデータもとりながら実験していますが、長くやりすぎてもかえって“感謝疲れ”してしまう人もいるし、実験結果から考えても2週間がおすすめです。多少の個人差はありますが、研究結果からも「感謝日記」2週間の実施で、大体3カ月後まで高めたモチベーションを維持できることがわかってきています。

私の学生たちには、各学期の始めに2週間「感謝日記」を実施してもらっていますが、そうするとちょうどその1学期間中、高めたモチベーションが持続できている様子です。


──「感謝日記」に取り組んでいるときだけでなく、その後も一定期間モチベーションを維持できるのはうれしいですね。


山岸先生:学生なら各学期ごとの始め、社会人だったら3〜4カ月ごとに、1回2週間の「感謝日記」を行うのがよさそう。日記をつけるノートやペンはなんでもOK、スマートフォンのメモ機能とか日記アプリでも問題ないです。今、感謝日記のためのアプリも開発中()なんですよ。

ただ、数日分のまとめ書きだと効果は半減。実施期間中の2週間は1日1回記録していくのがポイントです。1日1善的なイメージで、普段見落としがちな感謝感情に目をむけていきましょう。

これから頑張っていきたいことがあるときはもちろん、頑張りたいのに頑張れない…とモヤモヤしているときにも、「感謝日記」があなたの活力アップの手助けになるかもしれません。

※アプリは山岸先生が主となり研究成果を元にした仕様で、プログラマーとタッグを組んで目下開発中(2024年12月現在)。

感謝でウェルビーイング。幸福度UPに視点取得も

感謝日記 幸福度UP 視点取得

──「感謝日記」がモチベーションアップに効果的なことはわかったのですが、普通の日記ではダメなのでしょうか。

山岸先生:
モチベーションアップを目的としたこの行動において、大事なのは日記を書く行為ではなく、日常の中で見落としがちな「感謝感情」を拾うことです。


研究では、普通の日記を書くグループ【A郡】と「感謝日記」を書くグループ【B郡】 に分けて実験をしたのですが、【A郡】が書いた普通の日記の中には、日々取り組んだことに加えて、反省のような内容が多かったのです。

──反省は大事だけど、それゆえに身近な感謝を見落としがちに。

山岸先生:
はい。普段の生活の中での身近な感謝って本当はたくさんあるはずなのだけど、どうしても見落としてしまっているものなんですよね。そこで、意識的に普段見過ごされがちな「感謝感情」に目をむけるための媒体として取り組みやすい「感謝日記」を提案していますが、その方法は特定の相手に向けた感謝の手紙やEメール(グラティチュードレター)でもいいし、感謝を伝えたい人に直接伝えに行くのだっていいのです。

他にもアメリカのJacobさんというジャーナリストが取り組んで知られるようになった「グラティチュードトレイル」というのも有名です。これは何かが自分に届くまでの道のりに関わる全ての人々を思い描き、その人たちに感謝状と共にありがとうを伝えるというプロジェクトのこと。

発起人のJacobさんは“1杯のコーヒーが自分に届くまで”をテーマに、コーヒーを売る店の店員さんからスタートし、およそ6ヶ月かけてコーヒー豆を栽培している人にまで会いに行くというトレイルを行いました。(参考:https://www.youtube.com/watch?v=L375-rWJVmU

私の授業ではこれを踏まえて、学生たちにそれぞれのトレイルを思い描いてもらい、プレゼンテーションの実施と感謝状を届ける、というプロジェクトも行っています。


学生の中には学食の調理スタッフさんに手紙を渡した人、遠方に住む友人に感謝を伝えるために会いに行った人もいましたね。

なお、【A郡】【B郡】ともに日記付け実施の前後には、心理指標となる「モチベーション」をはじめ、「幸福度」「視点取得」など、複数の項目の数値を計りました。その後も1カ月後、2カ月後、3カ月後に同様の心理指標の計測を行い、改めて、感謝の気持ちを持つとモチベーションが高まることがわかり、加えて、幸福感のUP、感謝の気持ちを持つことで相手の立場を考えられるようになること(視点取得)も証明することができました

感謝でポジティブマインドを根付かせる

感謝日記 感謝を耕す ポジティブマインド

──感謝によって意欲的になるだけでなく、相乗効果として心理的ウェルビーイングも得られるんですね。

山岸先生:
心理的
ウェルビーイングは大きく分けて2パターンあります。ひとつは「今、うれしい」という感覚で、もうひとつは「今はつらいけど、将来嬉しい(先に希望を見出せる)」という感覚です。感謝は主に後者に作用するのでは、と言われています。

「感謝日記」をはじめとするグラティチュードなアプローチをきっかけに、見過ごしていた感謝感情に目をむけて、さらにそれを書き留めることで「自分の中にこんな気持ちがあったんだな」と具体的な気づきになるでしょう。

さらにその感謝感情に向き合い、大切にcultivate(耕す、磨く)してあげることで、仮に現状ややつらい状況下にあったとしても未来に希望を見出し、“自分は今少し大変だけど、頑張れそう”と思うことができるから、結果的にモチベーションや意欲・活力がアップしていくのでしょう。


──前向きさってもはや性格的なものだろうと思っていましたが、「感謝日記」によってマネジメントすることができそうですね。

山岸先生:
自分の根底の部分から、ポジティブマインドを呼び起こすことができると、さまざまな部分で自分の考え方やとらえ方にも変化が出てくるので、今、この瞬間だけのことではなく、徐々にポジティブさが根付いて、より好循環な人生を送ることへとつながっていくことでしょう。

たとえ、仕事や学習などのモチベーションアップで始めた「感謝日記」だったとしても、それにより得た心理的ウェルビーイングは、当初の目的以外の場面でも発揮され、私たちの人生そのものをよりよく、ハッピーに導いてくれるはずです。

まずは2週間、毎日意識して「今日の感謝」を見つけてみましょう。

イラスト/藤原琴美 構成・取材・文/鈴木涼子