スキルが高くて仕事はできるけれども、言動にトゲがあってチームの和を乱す人物ーーそんな困った存在を表す「ブリリアントジャーク」という言葉が英語圏で話題になっています。 「優秀(=Brilliant)」なのに「嫌なヤツ(=Jerk)」になってしまうのはなぜなのか? 精神科医の先生にお話を伺いました。

お話を伺ったのは......
片田珠美 (かただ・たまみ)

精神科医

片田珠美 (かただ・たまみ)

精神科医。広島県生まれ。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。京都大学博士(人間・環境学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。2003年度〜2016年度、京都大学非常勤講師。臨床経験に基づいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。著書に27万部ベストセラー『他人を攻撃せずにはいられない人』(PHP研究所)、『職場を腐らせる人たち』(講談社)など多数。

Q1. 「ブリリアントジャーク」ってどんな人物?

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A1. 「仕事の能力は高いけれど、組織に悪影響を及ぼす人物」を指します。

片田先生:「ブリリアントジャーク」は比較的新しい呼称のようですが、ドイツの精神科医クルト・シュナイダーが「ゲミュートローゼ(Gemütlose)」と名づけたタイプの人格が、これに類似しています。日本語では「情性欠如者」と訳され、思いやりや同情心が欠如しており、罪悪感も良心の呵責も覚えない人物を指します。

例えば、部下に対して「仕事ができないのは気持ちの問題。もっとやる気を出せ」などと言ってしまう上司。自分では部下を鼓舞しているつもりでも、相手がどう受けとめるかということに想像力が働かず、むしろ逆効果になってしまっている例です。

もっとも、ブリリアントジャークは意志が強く行動力があるため、時に集団の中で強いリーダーシップを発揮します。政治家や実業家など社会的に成功を収めている人物にも、このタイプは少なくありません。 

Q2. ブリリアントジャークがもたらすデメリットは?

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A2. チームの士気が下がり、心身に不調をきたす人が出る可能性があります。

片田先生:ブリリアントジャークは、自分の経験やスキルを基準にして「これくらいの仕事はできて当然」と考えるため、他人のミスを許さず、過度な目標の達成を要求してきます。 言動が攻撃的である場合も多く、こうした人が一人でもいると、周囲のモチベーションを低下させ、全体の効率も悪くなってしまいます。

また、ブリリアントジャークは自己肯定感が高く、「さっきは言いすぎてしまって申し訳なかった」などと反省して言動を改めることは非常に稀です。連日叱責されれば、心身に不調をきたすチームメイトも出てくるでしょう。極端なブリリアントジャークによって精神的に追い詰められ、退職にまで追い込まれてしまう人が出てくる恐れもあります。 

Q3. ブリリアントジャークになる人は、生来の性格が関係する?

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A3. 「自己愛過剰」と「能力主義」という社会背景も一因と考えられます。

片田先生:アメリカでは、教育において自尊心や自己主張を育むことを優先するあまり、大量のナルシシストを生み出してしまったとの指摘があり、『自己愛過剰社会』(原著:The Narcissism Epidemic: Living in the Age of Entitlement)という本も出版されています。

昨今、日本でも同様に「自分を好きになること」が推奨されていますが、その過程で「甘やかし、褒めすぎる」のはいけません。失敗したときにきちんと指摘・訂正される機会がないと、過剰に自己愛が強く、他者への思いやりが持てないブリリアントジャークになってしまう恐れがあります。

もうひとつは「能力主義」が称賛されつつある風潮です。 こちらも、アメリカ的な「出自や性別に左右されず、その人の持つ能力だけで評価される社会こそがよい」という考え方に起因するもので、日本でも、多くの企業で年功序列から能力主義に移行しようとする流れがあります。

ただ、これには「失敗は自己責任」という非常に過酷な側面があり、他人と協力して何かを成し遂げるようとするよりも「自分が成果を出せばそれでいい」という考え方へと傾きやすくなります。

近年、ブリリアントジャークという存在が注目されるようになった背景には、こうした社会の影響もあるのではないでしょうか。 

Q4. 自分や他人がブリリアントジャークかどうか、見極め方はある?

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A4. 下記6つの特徴が当てはまれば、その可能性は高いでしょう。

片田先生ブリリアントジャークの特徴は、アメリカの精神科医であるグレン・ギャバードが名付けた「無自覚型のナルシシスト」というタイプとも重なります。下記6つの特徴が全部、もしくは複数そろっているような人物は「もしかしたら」と疑ってよいでしょう。

1)他人の反応に気づかない
周囲の人のモチベーションが下がっていることに気がついていない。

2)傲慢で攻撃的
「お前は馬鹿か」「そんなこともできないなんて」などの暴言をためらわずに吐く。

3)自己陶酔
自らの仕事の成果や成功に惚れ惚れしている。

4)注目の的でいたい
いつも「すごい」「さすが」と褒められたがっている。

5) “送信器”はあるが、“受信器”がない
自慢や他人を煽る“送信”はするけれど、相手の反応を受け取る“受信”はできない。

6)他人を傷つけることに鈍感
自分の言葉や振る舞いで他人を傷つけていることに気づかない。 

構成・取材・文/月島華子