仕事でも勉強でも、何かに取り組むうえで重要になる「モチベーション」。近頃、ポジティブなマインドやモチベーションの向上と維持の根底に必要なのは、気合や迷信ではなく「感謝感情(感謝の気持ち)」だということが科学的に解明されてきたそう。その「感謝感情」に目をむける手軽な方法こそが「感謝日記」。今回は、立命館大学 グローバル教養学部 教授の山岸典子さんたちが携わる感謝感情の研究に参加する形で、ライター鈴木が「感謝日記」にチャレンジしてみました。

山岸典子

立命館大学 グローバル教養学部 教授

山岸典子

認知神経科学を専門とし、昨今はポジティブ心理学や視覚注意といった人の認知や意識と関係の深いメカニズムを研究中。感謝感情とモチベーションの関係性をはじめ、科学に基づくウェルビーイングな行動や考え方を提唱する。趣味はコーヒーで、1日1回は自分で豆を挽き、ハンドドリップしていただくのが楽しみ。いちばん好きなコーヒーショップは、京都の名店「カフェ・ヴェルディ」。

鈴木 涼子

ライフスタイルビューティライター

鈴木 涼子

手で綴ることが好きで、日記は長年の習慣。ここ10年は『ほぼ日手帳』の「weeks」を愛用中。

1日3感謝、2週間の「感謝日記」やってみた

感謝日記 やってみた 感謝感情

前記事のとおり、「感謝日記」の取り組み自体はいたってシンプル。毎日3つ程度の“感謝”を振り返りながら手帳やスマートフォンのメモなどに箇条書きしていくのみです。期間は、これまでの研究結果を踏まえて2週間がベスト。ただし、決してまとめ書きはせず、1日1回その日の感謝を振り返って書き留めることを2週間実施することが大事なのだそう。

なお、今回の「感謝日記」チャレンジは、山岸先生の「感謝感情の研究」に参加する形で行なっていることと、「感謝日記」の効果をわかりやすく数値化してお伝えする目的もあり、実施の前後にはワークエンゲージメント(※)に関するアンケート(9つの質問 、質問内容は非公開)も受けました。

山岸先生:ワークエンゲージメントというのは、仕事や日々の取り組みに対する前向きな気持ちや心理状態を表す指標のことで、要素としては次のような3つの項目があります。

・活力:仕事に前向きに取り組む姿勢、仕事に対するポジティブなエネルギー
・熱意:仕事に対する誇り、やりがいなど
・没頭:仕事に集中し、熱心に取り組んでいる状態

※学生を対象とした研究や資料の場合、“ワークエンゲージメント”ではなく、“学習モチベーション”という言葉を使い、上記と同様の指標を示すことも。

「感謝日記」って、具体的に何を書いたらいい?

感謝日記 日記内容の例 今日の感謝

感謝を箇条書きするだけ、とわかっていても実際に書こうとすると内容に悩む人も少なくないはず。

山岸先生:感謝の対象や内容は、仕事や学習に関することに限らず、日常の中で“感謝”を感じたことならなんでもかまいません。上の図1は感謝日記の例ですが、私の学生たちにもこんな感じでラフに自由に感謝日記を書いてもらっています。

山岸先生のお話によれば、「感謝日記」の実施により、14日後には私のワークエンゲージメントに変化があって、仕事に対するモチベーションがアップする予想とのことですが、その結果はいかに……? 

「感謝日記」、14日間やってみた

  • 感謝日記 私物手帳 14日チャレンジ
  • 感謝日記 私物手帳 中ページ

私(ライター鈴木)が「感謝日記」をつけたのは普段から愛用しているスケジュール手帳。いつもは普通の日記を書いているウィークリーページですが、実施期間中は普通日記の代わりに「感謝日記」を書きました。日付のところに黄色のアンダーラインを引くことで、実施期間が一目でわかるようにしてあります。

この手帳には日頃から思う事や欲しい物、星占いのメッセージなども書きがちなので、「感謝日記」期間中もぱっと見の文字量が多いですが、シンプルに3つの感謝を書くだけでOK。

私は普段から日記を書いているので、「感謝日記」チャレンジも特に億劫だと感じることはなかったものの、始めてから数日は感謝ってなんだろう……と考えることが度々あって、いかに日々“感謝感情”に目を向けていないのか、ということに気づかされたりしました。

感謝日記 やってみた 参考

私は、パートナーが食事の用意をしてくれたことへの感謝、美容師さんが髪を整えてくれたことへの感謝、仕事を通して新たな価値観に出合えたことへの感謝などを綴っていました。「感謝日記」の取り組みは、これによるモチベーションアップ効果を感じる以前にも、普段何気なく受け取っていた人からの優しさへの気づきや、当たり前になっていたことへの感謝の気持ちを拾い上げることができた点も大変有意義でした。

ちなみに、2週間の「感謝日記」は、当日の夜より翌朝に起きてから書くことが多かった気がします。山岸先生は特に「感謝日記」を書く時間帯の指定はしていなかったので、皆さんの暮らしの中でルーティンとして取り組みやすいタイミングで書くのがよさそう。例えば、スマートフォンで「感謝日記」をつける人なら、通勤の合間や入浴中など、日々の隙間時間で取り組んでみるのも手。

「感謝日記」を14日間続けた結果…モチベーションの向上が如実にデータに現れた!

感謝日記 ワークエンゲージメント グラフ

図2 ライター鈴木のワークエンゲージメントの変化(感謝日記実施前後の得点)

2週間の「感謝日記」終了後に、山岸先生から個人の参加者へのフィードバックとして、「感謝日記」チャレンジによるワークエンゲージメントの変化の結果を受け取りました。

山岸先生:鈴木さんの結果ですが、チャレンジ前の総合得点は3.00だったものが、チャレンジ後には3.89へと上がっていました。前述のとおり、ワークエンゲージメントには3つの側面(活力、熱意、没頭)があり、それぞれの変化は、

活力 3.00 → 5.00
熱意 3.00 → 3.00
没頭 3.00 → 3.67

これをグラフにすると上の図2のとおり。活力の数値がぐんとアップしているのがわかります。「感謝日記」で、活力(モチベーション数値、活力や意欲)が上がるということを改めて証明できました。

自分の体感としては無気力になることが減ったと感じていたのですが、まさにそのとおりのよう。下の図3の研究結果によれば、「感謝日記」により無気力の要因が下がった(やる気の無さが軽減された)イコール、意欲的になる(結果的にモチベーションが向上した)ということなのだそう。

感謝日記 無気力が下がる 意欲的になる

山岸先生:そして、この「感謝日記」で得られた活力やモチベーション向上の効果は3カ月後まで維持されることも研究によって明らかになっています。そのため、2週間の「感謝日記」を1年に3〜4回程度実施すると、仕事や物事に対する活力やモチベーションをつねに維持することができるようになるはず。

ちなみに、山岸先生が受け持つ学生たちには各学期の始めの2週間で「感謝日記」に取り組んでもらうようにしているそうです。

感謝の気持ちは、ウェルビーイングへのアプローチ

感謝日記 ウェルビーイング エビデンス

山岸先生:人は感謝をすることで、幸福感が向上し、心身そして社会的にも良好な状態へと向かうことがポジティブ心理学(※)の研究でわかっています。さらに、単発的に感謝について考えるのではなく、ある程度まとまった期間(2週間がおすすめ)で毎日、日々の中で見落としがちな感謝感情を拾い上げる「感謝日記」に取り組むことで、幸福感の向上だけでなく、活力やモチベーションの向上も期待できることもわかってきました。

※個人のウェルビーイングに関わるあらゆる認知、心理、生理プロセスを学際的に研究する分野。

山岸先生:「感謝日記」によって得られる活力や充ちた気持ちは、スピリチュアルや単なる気の持ちようということではなく、科学的根拠があり、エビデンスに基づくものなのです。「感謝」の気持ちを科学的に解明する研究は2000年頃から専門的に行われており、今後は、近頃明らかになってきたワークエンゲージメントや学習モチベーションの向上を裏付ける心理学的・脳科学的メカニズムの解明を目指していきたいと思っています。

「感謝日記」は、いつでも気軽に始められて、自分自身にポジティブな実りを与えてくれる注目の取り組み。活力アップ効果を見込んだり、ポジティブマインドを引き出したりしたいときにはもちろん、ウェルビーイングへのアプローチのひとつとしても、ぜひトライしてみてくださいね。

 <掲載論文> 掲載誌: BMC Psychology URL: https://www.doi.org/10.1186/s40359-021-00559-w DOI: 10.1186/s40359-021-00559-w 掲載論文名: Enhanced Academic Motivation in University Students Following a 2-week Online Gratitude Journal Intervention 著者名: Norberto Eiji Nawa, Noriko Yamagishi

イラスト/藤原琴美 構成・取材・文/鈴木涼子