観光地を「消費」する時代から、地域とともに歩む旅へ。次世代の旅人が持つべきマインド、「ツーリストシップ」とはなんだろう。ゆったりと過ごす「ひとリート」のスタイルともつながるその魅力について、ツーリストシップを提唱する田中千恵子さんにお話を伺いました。
「ツーリストシップ」とは… 旅行者が旅先に対して思いやりや敬意を持ち、貢献しながら交流を楽しむ心構えや行動を表す言葉です。スポーツにおける「スポーツマンシップ」にならい、旅にもマナーや倫理観が必要だという考えから、一般社団法人ツーリストシップが2021年に提唱している造語です。
一般社団法人ツーリストシップ 代表
1998年千葉県生まれ。2019年、京都大学在学中に一般社団法人CHIE-NO-WA(後のツーリストシップ)を立ち上げ、代表に就任。2023年からは同志社大学で講義を担当するなど、観光と地域のよりよい関係づくりを目指し、研修・啓発活動を幅広く展開している。同年に『「ツーリストシップ」で、旅先から好かれる人になってみませんか』(ごま書房新社)を出版。
「ツーリストシップ」で旅のあり方を見直す動きが広がっている
——最近は、企業での研修などもされているそうですが、「ツーリストシップ」の広がりを、どのように感じていますか?
田中 そうですね。修学旅行や企業研修でお声がけをいただくことが増えました。地方自治体と一緒に、「旅のあり方を見直そう」という動きが、少しずつ広がってきていると実感しています。
わたしたちの団体では、「ツーリストシップ」という考え方をもっと親しみやすく伝えるために、「旅先クイズ会」などのアクティビティを通じて発信する工夫をしています。現在は、全国の観光スポットにツーリストシップブースを展開し、来場者が楽しみながら考えられる場づくりを進めています。
そのほかにも、旅先でのマナーをわかりやすく伝えるリーフレットを制作し、各地のブースや観光スポットで配布するなど、旅行者と直接向き合いながら活動を続けています。これからも、多くの方にとってツーリストシップが身近でやさしい言葉として届くよう、取り組みを広げていきたいと考えています。

——確かに、旅先でツーリストシップの考え方に触れられれば、改めて意識も変わりそうですね。この取り組みは、海外の旅行者にも広がっているのでしょうか?
田中 はい。海外からの観光客にもツーリストシップを届けたいと、英語や中国語での発信にも取り組んでいます。ただ、まずはわたしたち日本人が「日本の旅」をどうとらえるか、という視点がとても大切。
最近は「インバウンド」という言葉をよく耳にしますし、実際に外国人旅行者を目にすることも増えました。でも、宿泊者数を見ても、日本人延べ宿泊者数は4億7842万人泊、外国人延べ宿泊者数は約1億1434万人泊と、日本人が全体の約81%を占めているんです。(令和6年5月観光庁「令和6年版観光白書について」より)
だからこそ、旅をする一人一人が少しずつでも意識を変えていくことで、観光の未来はもっとやさしく、あたたかいものになると信じています。
観光地の価格に違和感があったら、“目的”から見直してみる
——観光地の価格の上昇や、観光客と地元民の価格の違いなどについて、田中さんはどう感じていますか?
田中 大切なのは、「そのお金が何のために必要なのか」を知ることだと思います。地域を守るため、よりよい環境を整えるための対価であれば、わたしはむしろ敬意の表れでもあると思います。
例えばニュージーランドでは、観光ビザに約1万円かかります。観光のメインである自然資源の維持のため、自然保護や道路整備に必要な資金となる金額なんです。
「自然を楽しむ人が、その維持に貢献する」ということがデフォルトのシステムとして組み込まれているんですよ。

——自然を観ることが目的の旅だと、テーマパークやショッピングと違って現地でお金を使うシーンが少ないかもしれないですね。日本にも似たような仕組みはあるのでしょうか?
田中 「国際観光旅客税」という、いわゆる「出国税」があります。外国からの旅行者が日本から出国する際に一人1000円を支払う仕組みで、航空券などに含まれているため、知らずに支払っている方も多いと思います。この税金も、国内の観光基盤を整えるための大切な財源として使われています。
ご自身が旅行をしたときに「観光地は価格が高い」と感じたら、「なぜそうなっているのか」も考えてほしいんです。それでも納得できなければ、行かない選択をする自由もあると思います。
——ツーリストシップは、日常にも生きてくる考え方と感じます。
田中 そう思います。旅人を「受け入れる側」になったときもツーリストシップの意識があると、旅行者を見る目が少しやさしくなると思います。
例えば、電車で大きなスーツケースを持った旅行者を見かけたとき。「邪魔だな」ではなく、前編でご紹介した「交流」の意識を持って、「何かできることあるかな」と思えるかどうか。それだけで関係性が変わる気がします。
「ひとリート」はツーリストシップの実践にぴったり

——一人旅は、ツーリストシップにもつながると思いますか?
田中 そうですね。一人旅って、地元の人との距離がぐっと縮まりやすいと思うんです。お店の方と会話したりして、自然なやりとりが生まれやすいから、相手も「一人の人間」としてちゃんと接してくれる。
それに、一人だと旅先の歴史や背景にじっくり向き合う時間も取れます。誰かと記念写真を撮る代わりに、その土地と静かに向き合う時間が生まれる。yoiで紹介している「ひとリート」も、そんな“余白を楽しむ旅”のすすめが多いですよね。
詰め込みすぎず、心に余裕を持って旅すること。それ自体がツーリストシップの第一歩になると思います。一人旅こそ、土地との優しいつながりを感じる絶好のチャンスになるかもしれません。
イラスト/moriharu 構成・取材・文/高浦彩加