ドラマ化もされた著書『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』で知られ、さまざまな媒体で書評や選書も行う花田菜々子さんが、2022年9月1日、東京・高円寺に書店「蟹ブックス」をオープンしました。

これまで店長を務めた「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」閉店後、「いろんなタイミングが重なって」自ら書店を立ち上げることになったと言いますが、いったいどんなお店なのでしょうか? ひと足早くお邪魔してお話を伺いました。また後編では、花田さんがyoiのために本をセレクト。迷いや不安を抱えているあなたを勇気づけてくれる一冊がきっと見つかるはずです!

花田菜々子さん

本を通じて他者を知ることから、社会は変わっていくと思うから。「蟹ブックス」の3つのコンセプト

——まずは、今回オープンされた「蟹ブックス」のコンセプトについて教えてください。

シンプルに言えば、「自分がいいなと思う本屋」をつくりたかったということなんですけど、それを皆さんへどうお伝えするかと考えて、「眺めているだけでワクワクした気持ちになれる本」「自分や他者のことをもっと深く知るための本」「いま生きているこの社会がどうしたらもっといいものになるのかゆっくり考えるための本」という3つを軸にしたいと思っています。

——「自分や他者のことをもっと深く知る」「社会がどうしたらもっといいものになるのか」というのは、花田さんが常々考えていることなのでしょうか?

そうですね。私はこれまで「女性のための本屋」をコンセプトにした「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」で店長を務めてきたので、フェミニズムについて向き合う機会も多くありました。そんななかで、フェミニズムを“男に文句をつけること”“男が損をすること”だと思っている人が思いのほか多いような気がしているんですよね。でも、実際はそうではないはず。とはいえ、私はそういう考えを持つ人たちを攻撃したいわけじゃないし、言い聞かせたいわけでもないんです。

どっちが勝つとか、説得するとかじゃなくて、異なる意見や考えを持つ人たちと、どうしたらうまく共存していけるんだろう? それをTwitterの中だけで考えるのは難しくて、いろんな人の本を読んだり、いろんな人の意見や、時には自分とは全然違う考え方を知ったりすることがすごく大切。いろんな方向から光を当てることで、フェミニズムをはじめあらゆる問題のあり方がよく見えてくるし、それが社会をよくすることにつながると思うんです。

今、SNSでも意見の違う人同士が攻撃し合うことが本当に多いなと思うのですが、そういう行為に及んでしまうのは、自分自身を大事にされてこなかったことにずっと傷ついていたり、何か我慢しているけどそれが当たり前なんだと言い聞かせてきたりした方がすごく多いんじゃないかと感じるんです。そういう人たちや、社会のことを考えながら本を読みたいと思っています。

蟹ブックス

古いビルの2階にある「蟹」ブックス。広さは12坪ほどでも明るく、気持ちのいい空間

「蟹ブックス」をオープン! 「女性のための本屋」を経て、今、花田菜々子さんがつくる書店とは?【前編】_3

呼びやすくて、ちょっとダサくてかわいい名前ということで「蟹ブックス」。この子は、名前を思いついたその日に花田さんが出会ったという蟹のぬいぐるみ

モヤモヤのたどり着いた先にあったのが、フェミニズム

——「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」ができたのも、ちょうど世の中でフェミニズムが注目されはじめた頃でしたよね?

「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」がオープンした2018年頃、世の中では「me too運動」を発端として、フェミニズムが限られた人の専門的な話ではなく、一般的になっていったように思います。私の場合は、女性たちのために何かしなくちゃ! と興味を持ったわけではなくて、ずっとモヤモヤ考えていたことの先にフェミニズムがあったんですよね。

花田菜々子さん

——モヤモヤというのはどんなことでしょうか?

例えば、「女性は結婚しないと幸せになれない」「何歳までにこうしなきゃ」「30歳を過ぎてそんなことするなんてみっともない」というようなことを、言われたり押し付けられたりすることが私はすごく嫌だったんです。それこそ中学生くらいのときから、クラスメートと将来の話をしながら違和感を感じることもあったんですよね。その頃読んでいたのが、山田詠美やよしもとばななで、彼女たちは「これはフェミニズムです」とは言っていなかったけれど、私の中に「なんでこんな気持ちにさせられるのだろう?」「これって当たり前なの?」という問いを芽吹かせてくれたように思います。

それからフェミニズムを知っていくなかで気づいたのが、そうしたモヤモヤが実は社会的、歴史的な問題とつながっていたのだということ。今まで、意地悪な人が私に嫌なことを言ったり押し付けてきたように感じていたのは「たまたま」だと思っていたけれど、そうではないとわかって、長年のモヤモヤの答えが見つかった気がしました。

フェミニズム関連本

「女性のための本屋」で気づいた、それぞれの幸せと生き方

——「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」にはどんな女性たちがいらしていたのでしょうか?

日生劇場や東京宝塚劇場、シアタークリエなどの劇場がすぐ近くにある「日比谷シャンテ」内という場所柄、宝塚に興味のある30代以上の女性が客層の中心でした。いわゆる“オタク”の方たちですよね。当初は「女性のための本屋」として、恋愛とか結婚、美容、子育てなどに役立つ本をそろえたのですが、全然売れなくて。「なぜ売れないんだろう」と戸惑いました。

——当初、花田さんが考えていた「女性のため」のイメージと実際のお客さまにはギャップがあったのですね。

そうなんです。私は女性なら誰しも「ダイエット」とか、「内側からキレイになる」といったことに憧れや興味があるだろうと思い込んでいたのですが、お店にいらっしゃる方たちは、自分の美容のことなんかよりも“推し”の美しさを中心に生きているんですよね。当時、「腐女子のつづ井さん」や「劇団雌猫」が出てきたことでオタク女子の存在がだんだんメジャーになってきて。私も本で勉強させていただきつつ、日々お客さまと接するなかで知っていったことがたくさんありました。

彼女たちの本当に人生を楽しむ生き方を目の当たりにして私自身エンパワメントされたところもあり、じゃあ本屋の自分はどうしたら「女性一人一人の生き方を肯定します」と伝えられるだろうかと考えていましたね。

——そんな花田さんの思いが「蟹ブックス」にも引き継がれているのでしょうか?

そうですね。私は本をじっくり読むほどに「答えってすぐに見つかるもんじゃない。道はまだまだ遠くまで続いているんだ!」と思うんです。だから、「蟹ブックス」でも、お客さまが自分自身で考えるきっかけをたくさん見つけてもらえたらと思っています。

蟹ブックスと花田菜々子さん

お店はライブ。コール&レスポンスで変化していくのが楽しみ

——「蟹ブックス」には、フェミニズムだけでなく、文芸にコミックなど本当にいろんなジャンルの本が並んでいますね。

棚は大きく人文・社会、文芸、フェミニズム、生活実用、カルチャー、絵本やコミックです。高円寺は芸人さんが多いと聞いて、お笑い系の本も入れました。よく自分の家の本棚を見られるのって、恥ずかしいと言いますが、まさに今の店の棚は私の頭の中。だから私にとってはつまらなくもあるんですよね。

それこそ「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」のときのように、お客さまが来るようになったら、こういう本は全然売れないとか、この本はあのお客さまが喜んでくださりそうとか、そうやって棚の中身が動き出すことが一番楽しい。やっぱりお店ってライブだと思うんです。今後、お客さまとのコール&レスポンスみたいな感じで、棚の本はどんどん入れ替わって、お店の雰囲気もどんどん変わっていくと思っています。

蟹ブックスの本棚

蟹ブックスの棚

レジ前にはカードやレターセットなども。「本だけだと疲れちゃうかなと思って」と花田さん

「蟹ブックス」は「本屋の顔をしたシェアオフィス」。穏やかに楽しく働くために

——そもそも、2022年2月「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」閉店後、すぐに自分で本屋を開こうと動き出したのですか?

最初はどうしようと思いましたね、自分でお店をやるなら、人生終盤の楽しみとしてでもいいと思っていたんです。でも、それをまわりに相談したときに、「気力も体力も、60歳でやれることと今やれることは全然違うよ」と言われ、確かにそれはそうだしそこまで生きる保証もないし、と思ったら、急に、やるなら今しかないという気持ちになって。

そんなタイミングで一緒に動いてくれたのが、「蟹ブックス」のメンバーである柏崎沙織さんと當山明日彩さんです。彼女たちは「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」の元スタッフで、以前から一緒にシェアオフィスをやりたいねと話していたんです。柏崎さんはグラフィックデザイナー、當山さんは洋服のお直しやアート活動、そして私は原稿を書く仕事をしていることもあって、それぞれ落ち着いて仕事できる場所が欲しかった。せっかく場所を借りるなら、閉じた場所にするよりも誰でも自由に遊びに来られて、本もある、そんな場所にしたい。そして思いついたのが、「本屋の顔をした3人のシェアオフィス」にしようということでした。

花田菜々子さん

——コロナ禍でのお店のオープンに不安や迷いはありませんでしたか?

もちろんありました。コロナ禍、個人書店さんの大変な状況をたくさん見聞きしましたし、危ない道だとは十分わかっていたんですが、一緒にやろうと言ってくれた仲間がいてくれたことは大きかったですね。

1円でも多く! とガツガツ働くよりは、穏やかにやっていきたいという思いなので、3人それぞれが家賃を負担して働くシェアオフィスという形であれば、助け合いながら楽しく本屋をやっていけるかもしれないと思ったんです。

蟹ブックスの看板

▶︎続く後編では、花田さんが「蟹ブックス」でこれからかなえたいと思っていることを伺うとともに、お待ちかね! yoiのために選んでいただいたとっておきの4冊をご紹介します。

花田菜々子

蟹ブックス店主

花田菜々子

複数の書店に勤務後「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」店長を経て、2022年9月1日に「蟹ブックス」をオープン。著書に自身の体験を元に綴った『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』(いずれも河出書房新社)。新聞や雑誌Webメディアなどで書評や選書も行う。

蟹ブックス

東京・高円寺の小さな本屋。2022年9月1日オープン。
東京都杉並区高円寺南2-48-11 2F
https://www.kanibooks.com/

撮影/寺内暁 企画・取材/秦レンナ