今週のエンパワメントワード「無理しなくていいんです そのままのあなたでいいんです」ー『本気出せばお前殺せる』より_1

本気出せばお前殺せる』屋根裏シスコ ¥660/集英社(ジャンプコミックス)

そのままの自分でいられる喜び

書店員を辞めてから、減ったものがある。筋肉だ。勤めていた頃は、自然と腕や肩まわりが大きくなっていた。運動をしていたわけではなく、ただ毎日、大量の本をせっせと運び続けていただけ。だが気づいたときには持っていたジャケットが着られなくなり、電車でつり革を掴めば腕に筋肉が浮かび上がるようになっていた。ムキムキと育つそれを、私は“本屋筋肉”と呼んで愛でていた。ほかに役立つとは思えない、でも私の仕事の確かな証だった。


だから筋肉が減っていくのは、店頭から離れた時間の長さを表すようで寂しかった。そんなときにたまたま読んだのが本作。1話目の冒頭から、鍛え抜かれた女性の体が目に飛び込んできて釘付けになった。この立派な筋肉の持ち主は一体…!? 


それは主人公の「倉橋桜子」だった。名家の第3子として生まれた彼女は、大学1年生ながら毎週のように母から見合い話を持ち込まれていた。パッと見は控えめでおとなしそうな桜子。だが内心では、意に沿わない現状に全力で抗おうとしていた。その方法は…なんと、筋トレ!


物騒にも思えるタイトルは、桜子の覚悟の表れともいえる。自分ではどうしようもない状況の中、「筋トレしてる時だけは救われる」とこぼす桜子は、我慢の裏返しとして筋肉を鍛え続ける。その強さに裏打ちされた余裕はタイトルの言葉とともに、「私のことはせいぜい弱者だと思っておいて」という決めゼリフへとつながり、お見合いの場へ足を運ぶ原動力となっていく。


今回の縁談のお相手は、いかにも爽やかな男性「藤崎トオル」。大企業の跡取りである彼は、「女の子は/女性は、○○が好きだよね」といった先入観で桜子をエスコートする。そんなトオルに対し「この人が見ているのは“私”ではない」と反感を覚えながらも、表情には出さない桜子。二人の気持ちはすれ違う。


実はトオルは気弱で女性に不慣れな人で、彼なりに“男”という役割とイメージを担おうと努めていた。だが桜子の優しさや強さを知るうち、そのままの自分で向き合うことを決心する。桜子もまた、ほかの誰でもない彼女自身を見てくれるようになったトオルに、「彼と一緒だと自分らしくいられる」と、心を動かされていく。


そうしてデートを重ねるようになった二人はある日、トオルの提案でアスレチックへ。すいすいと遊具をこなす桜子に引け目を感じたトオルは、なんとかカッコいいところを見せようと、ボルダリングに挑む。しかしバランスを崩して落下、助けたのは桜子だった。己の弱さに打ちひしがれるトオルだったが、桜子は彼に出会えたことで素直になれた自分を思い出しながらこう告げる〈無理しなくていいんです そのままのあなたでいいんです〉と。


素のままの自分を認めてくれる人を得たことで、桜子は自分の世界を広げていく。それはたぶん、私たちも同じこと。理解ある友達や仲間の存在は何よりの支えになることを、多くの方はご存じだろう。本作はWebマンガ誌『少年ジャンプ+』上で完結を迎えた。ちょっと落ち込んでいるときや自分に自信がなくなったときに、ぜひとも本作を開いてほしい。桜子の勇気と筋肉が、きっとあなたを支えてくれる。

田中香織

女性マンガ家マネジメント会社広報

田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家・クリエイターのマネジメント会社であるスピカワークスの広報として働きながら、小さな書店でもアルバイト中。

文/田中香織 編集/国分美由紀