今週のエンパワメントワード「本気で好きになって何が悪い」ー『古オタクの恋わずらい』より_1

古オタクの恋わずらい』ニコ・ニコルソン ¥748/講談社(Kissコミックス)

1995年、推しへの愛を叫べない時代の青春譚

42歳のシングルマザー「佐東恵(さとうめぐみ)」は困惑していた。ニュースを見れば世間には、マンガやゲーム、アニメに2.5次元といった話題があふれている。そして16歳になった恵の娘「桜」はというと、アニメのキャラクターがプリントされた服を身にまとい、クラスで人気のありそうな同性の友達と楽しそうに出かけていく。


オタクだった恵の青春に、そんなキラキラした日常は存在しなかった。何故なら昔のオタクは、自分の好きなものがマイナーであることを自覚し、その趣味を隠すのが普通だったからだ。「オタクがここまで市民権を得るなんて」「嘘だろっ」ひとり苦悶する恵の脳内に、26年前の高校時代の思い出がふつふつとよみがえる。


主人公の恵と同世代で、二次元の創作物が好きだった方には身に沁みる話かもしれない。少なくとも私にはそうだった。恵や私が思春期を過ごした1990年代は子どもならいざしらず、マンガやアニメ、特撮といった文化はあくまで“一部の人”が楽しむもので、大っぴらにその趣味を口にするのは勇気がいる時代だった。“オタク”という言葉が一般に知られたのも、このころだったように思う。


そんな記憶を持つ一人として、恵の思い出はひとつひとつが突き刺さる。オタクであることを理由に学校でいじめられた経験を持つ恵は、自分のキャラ設定を意識するあまり、転校した先での自己紹介でも失敗してしまう。落ち込む彼女の心を支えたのは『スラムダンク』の新刊だった。「このクラスにルカワくんがいたら…」と妄想にひたる恵の前に現れたのは、見た目はヤンキーの学級委員長「梶政宗(かじまさむね)」。オールバックで強面なわりに面倒見のいい彼はクラスの人気者で、部活はなんとバスケットボール部。髪を下ろしてコートに立つ彼は、まさにルカワを具現化した存在だった。恵は胸を撃ち抜かれる。


2022年という今から見ても、恵の叫びは心に響く。クラスメイトや委員長にいくら優しくされても、オタクな自分はひた隠す。「好きなものを好きと言って何が悪い!!」「が、表に出す勇気はねえ!!」相反するその感情は私にも覚えがあるもので、ページをめくるたび、過去の自分を応援するような気持ちにすらなってきた。フィクションなのに、リアルすぎる…!


そうして恵は自分の気持ちを押し殺して学校生活を送る。だがある日、クラスで堂々と同人誌を読む大河内道子から「同じ匂いがする」と正体を見抜かれ、決断を迫られる。今までの自分と決別して恋愛の道に生きるか、それとも本当の自分を解放し、オタクとして生きるのか。


究極の二択を前に、恵はこれまでの苦労に思いを馳せ「何も知らないくせに」と憤る。道子はそんな彼女に理解を示しながらも、「オタクで何が悪い」と自然体で断言する。「一作のアニメが人生を変える 一冊のマンガが人の心を動かし時に命をも救う」「そのぐらいの力がある」道子は淡々と信念を語り、最後にこう告げた。〈本気で好きになって何が悪い〉と。道子の言葉は、好きなものを好きと言えず、本当の自分を隠すことだけに一所懸命だった恵の心を強く揺さぶった。


本作は女性漫画誌『Kiss』で連載されている。だが表紙やタイトルが気になった方には、性別を問わず手に取ってみることを勧めたい。おもにエッセイコミックで活躍してきた著者がフィクションのフィールドで新たに送る、古きよきオタクの青春ストーリー。恵の過去とこれからを、ぜひリアルタイムで一緒に見守ってほしい。

田中香織

女性マンガ家マネジメント会社広報

田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行なってきた。現在は女性漫画家・クリエイターのマネジメント会社であるスピカワークスの広報として働きながら、小さな書店でもアルバイト中。

文/田中香織 編集/国分美由紀

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