【竹田ダニエル】「強くなる」ためではなく、「弱くあってもいい」と思えるために。“Neoセルフラブ”の始め方_1

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カリフォルニアに暮らし、さまざまなメディアを通して「カルチャー×アイデンティティ×社会」をテーマに発信するZ世代のライター、竹田ダニエルさん。2022年11月に出版した初のエッセイ本『世界と私の A to Z』は、SNSをはじめとするさまざまなメディアやプラットフォームで大きな反響を呼びました。

当書の第1章で扱ったトピックは、「セルフラブ」について。竹田さんは、Z世代的な価値観におけるセルフラブとは、これまでの “もっと上に行くための自分磨き”=「セルフヘルプ」と、大きく異なるといいます。そこで、Z世代的な価値観におけるセルフラブ=“Neoセルフラブ”とはどのようなものなのか、どうすればそれを始めることができるのか、竹田ダニエルさんに伺いました。

世界と私のA to Z 竹田ダニエル

竹田ダニエル

ライター

竹田ダニエル

1997年生まれ、カリフォルニア出身、在住。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストをつなげるエージェントとしても活躍する。2022年11月には、文芸誌「群像」での連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』を刊行。そのほか、現在も多くのメディアで執筆中。

これからのセルフラブは、“無駄なものを排除していくこと”

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――「Z世代」とは、一般的に1990年代半ば〜2010年頃までに生まれた人々を指しますが、竹田さんはこの「Z世代」という言葉を、特定の期間に生まれた “年代層“であるだけではなく“価値観”でもあるとおっしゃっています。また、デジタルネイティブで環境問題やジェンダー、人種差別に対する関心が高く、変革意識を高く持つ“Z世代的価値観”を共有する人々のなかで、「『セルフケア・セルフラブ』にも革命が起きている」と著書に書かれていました。この、Z世代的な価値観における「新しいセルフラブ」とはどのようなものなのでしょうか。

竹田さん:Z世代的な価値観における「新しいセルフラブ」は、皆に当てはまる画一的なものではなく、それぞれが「自分にとって何を最も優先すべきなのか」と向き合ったうえで、“無駄なものを排除していく行為”かなと思います。無駄なものというのは、自分にとって「悪」であるもの。険悪な人間関係を断つとか、気持ちに反して無理していたことをやめるとか。

これまでは、セルフラブというと消費行動を通して自分の機嫌を取ったり、スキルアップに励んで自己肯定感を上げるなど、金銭を払って何かを「プラス」していく傾向がありました。でもそれで一時的に気が紛れたとしても、根本的な問題は解決していないんです。逆に、まずは自分にとってよくないものを遠ざけていくことが自分を大切にすること=セルフラブである、という考えが、Z世代的な価値観のなかではより重要視されるようになってきていると思います。

自尊心が簡単に傷つけられる社会で、セルフラブは「最終手段」

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――著書ではZ世代的な価値観のセルフラブを考える際に、「社会と向き合わずして、自分自身と向き合うことはできない」と書かれていました。新しいセルフラブと社会構造とは、どのように関係しているのでしょうか。

竹田さん:まず、セルフラブが生まれた背景を知るには、ミレニアル世代が起こした“自己肯定感ブーム”を知る必要があります。ここからは特定の時代背景を経験してきた集団としての「世代」の話なのですが。アメリカのミレニアル世代は日本のゆとり世代に似て、先行世代から「考え方が甘い」とか「働く気がない怠け者」というネガティブイメージを持たれてきました。一方で、先行世代が生きてきた時代に比べて物価や家賃が高騰しつづけ、医療保障や雇用形態も不安定になっていたなか、ミレニアル世代の多くは、自分の人生を豊かにするために精いっぱいスキルアップして、自己肯定感を高めようとしてきました。そういうミレニアル世代の苦しみを、Z世代の人たちは間近に見てきました。

さらに、気候変動や経済不安などの危機的状況が盛んに叫ばれる時代に育ち、コロナ禍で心と体の健康は自分で守るしかないと痛感したZ世代の人たちは、「誰も自分を守ってくれないのなら、せめて自分が自分を大切にしなくてはならない」という方向にシフトしてきたといえます。だから、Z世代的価値観のセルフラブは社会構造と大きく結びついているし、そのなかで自分たちが生き抜く「最終手段」としてとらえられていると感じます。

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――「最終手段」というと、かなり切実なものという印象を受けます。

竹田さん:そうですね。この切実さは、気候変動やパンデミックという社会背景に加えて、「生産性」の問題とのつながりもあると思っていて。今の社会では、環境に適応した生産性の高い人間であることを求められますよね。競争社会のなかで成功しないと、価値のない人間だと思わされてしまうようにできている。見た目に関しても、二重手術や脱毛、ダイエットの広告をよく見かけますが、「自分は欠陥がある人間で、それを補うために何かをしなくてはならない」と思わせられることがすごく多い。だからそれに対抗するセルフラブがないと、自尊心って本当に傷つけられてしまうんです。

――なるほど。著書の中で、セルフラブが「社会のために戦いつづけるためにも必要である」とも書かれていた部分にもつながる気がします。

竹田さん:そもそも苦しい思いをしているのは自分のせいではなく、社会に問題がある。自分を大事にすることで、コミュニティの傷や痛み、悲しみに目を向けることができて、その結果、社会の問題に向き合える。Z世代的な価値観の新しいセルフラブは、自分勝手な行為ではなく、不平等な社会にアクションできる強さを持つために必要なものなのです。

「無理をしなければ何も成し遂げられない」と「それでも自分を大切にしたい」の狭間の葛藤

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――本書の中で、「セルフラブ」は、自分磨き=「セルフヘルプ」の概念とは異なると書かれていました。yoiの読者のなかには、「無理をしなければ何かを成し遂げられない」というセルフヘルプと、「自分に優しくしたい」というセルフラブの理想のあいだで悩んでいる人が多くいると感じます。そんななかで、新しいセルフラブを取り入れていくためには、どのように考え、行動したらいいと思いますか。

竹田さん今“常識”だと思い込んでいることが、必ずしも正しいわけではない、と自分で「再教育」することが、きっかけになるかもしれません。日々生きているとつねに向上心を持つことがよいとされ、「○○できなかった自分はダメだ」と罰則ベースで考えてしまうことが多いけれど、本当にそうだろうか——。「無理をしなければ何かを成し遂げられないかもしれない」という考えを一度疑って、自分で学び直してみる。

例えば、これまでアメリカでは、過剰に働いて向上していくことが美徳とされる「ハッスルカルチャー」という文化がありました。それに対抗するように、競争から離れてピースフルな環境で生きていく「ソフトライフ」という概念ができたのも、常識を疑う流れのひとつだと思います。

この「学び直し」において私の例を挙げると、“みんなに好かれなくていい”と気づいたことかも。「全員に好かれるのではなく、自分にとって大切な人に好かれることを目標にしよう」と思えた瞬間があって、この発想にたどり着けたのは人生の転機だったと感じています。自分自身の再教育を何度も繰り返して「こうでなければいけない」を捨てることが、新しいセルフラブにつながっていくんだと思います。

“今持っているもの”に感謝してみる

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――「再教育」というのは、あまり聞いたことがない言葉でした…!

竹田さん:ほかにも、自分の気持ちや考えを整理して書き出すジャーナリングは以前から人気ですが、「感謝ジャーナル」をつけてみるのもひとつの手だと思います。“今自分が持っているもの”に感謝して書き出していくことで幸せな気持ちになれる。これは心理学的にも実証されているんだそうです。

私の場合は、心が苦しくなったらセラピーに行って、セラピストの人と話すことが多いです。自分の状態を言語化して整理することで、何をすべきかが見えてくる気がする。これも再教育のひとつのきっかけになると思います。日本はアメリカほどセラピーが身近ではないかもしれませんが、話す相手は自分が属すコミュニティでも友人でもよくて、頼れる人がいる、ということが大切なのかなと感じています。

他人からの評価はわかりやすいけれど、自分への肯定は目に見えない

――著書では、「エマ・チェンバレンやビリー・アイリッシュなど、“完璧じゃない自分”を発信するインフルエンサーが増えている」と書かれていました。でも、実際に完璧ではない自分を認め、さらけ出すのは怖いことでもあると感じます。






竹田さん:まず、「“完璧じゃない自分”を発信するインフルエンサーが増えている」のには、アメリカのセレブリティが「憧れ」から「共感」する存在に変わってきているという背景があります。インスタグラムができたばかりの頃は、SNSのなかのセレブリティはつねに完璧で、「うらやましい」という気持ちを掻き立てる存在でした。それが最近では、「セレブはリアルでなければいけない」という価値観にシフトしています。例えば、自分が住んでいるアパートを撮影して“普通の家”に住んでいることをアピールする人も。いかにリアルであれるか、いかに共感を得られるかの競争になってきているんです。

そういう流れがある一方で、私自身も見た目のことで悩んだり、「変だと思われたら嫌だな」と考えて落ち込むこともあります。でも、「社会のなかでよいとされている〇〇に比べたら自分はだめだ」という考え方は、相対的な他人軸の価値観でしかないんですよね。まわりからの評価ってとてもわかりやすいけれど、自分への評価や肯定は測りづらくて、一見社会的価値がないように感じられてしまう。でも長期的な目で見たら、死ぬまで自分と一緒にいるのは自分。だったら、1秒でも長く自分を愛するトレーニングをしたほうがいいと思うんです。

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竹田さん:私は、新しいセルフラブにおいては、「流動性」という言葉がキーワードになってくるなと思っています。すなわち、「自分はこうだから」と決めつけず、変化を楽しむことです。例えば、10代ではこれが好きだったけど20代では別のものが好きで、30代ではまた別のものが好きになる、というように、セクシャリティやジェンダー、ファッションの好みや体型、考え方は変わっていくもの。だからひとつの正解を追い求めて自分の可能性を否定するのではなく、変化していく過程を楽しめたらいいですよね。

「強くなる」ためのセルフラブではなく、「弱くあっていい」ためのセルフラブ

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――最後に、竹田さんが実践している“Neoセルフラブ”はありますか?

竹田さん:目の前のことを楽しむことです。マインドフルネスにもつながりますが、友達と話しているときやおいしいコーヒーを飲むといったささいな時間も、「次はあれしなきゃ」とほかのことに気を取られることをやめて、まずはその時間を楽しむ。お金持ちになるとか、いい仕事につくといった、「他人軸の幸せ」を手に入れるために、今を犠牲にしないということです。

そう考えると、これからのセルフラブ=“Neoセルフラブ”は、何かを成し遂げて強くなっていくためのセルフラブではなく、“弱くあってもいい”ためのセルフラブだと思うんです。人は不完全さのなかで人生を楽しむ権利があるから。一人一人が、完璧ではない自分の弱さを認めて、受け入れられれば、他人の弱さを受け入れられる社会に変わっていく。私はそう信じています。

取材・文/浦本真梨子 企画・編集/種谷美波(yoi) 画像/Photo by Poncho, Daniel Schönherr / EyeEm, Belén San Martín / EyeEm, yurii_zym, Cameron Gardner / EyeEm, Szabo Ervin / EyeEm, /getty images