Stories of A to Z のタイトルカリグラフィー

私たちが人生でそれぞれに向き合う「妊娠・出産」、「家族」や「パートナーシップ」にまつわる選択に、確かな答えはありません。今回は、パートナーとのセックス観の違いに悩むDさんのストーリー。

Story4 パートナーとのセックス観の違いに悩むDさん

結婚してから知ったセックス観の違い

愛し合っていればセックスするのが当たり前? セックスレスは夫婦の危機? 「Stories of A to Z」Story4【前編】_2

インターネットを通じて5歳年上のパートナーと出会い、2年間の遠距離恋愛を経て2019年に結婚したDさん。「とても大切にしてくれていると感じます」という言葉の通り、休日は毎週のように食事や買い物、旅行などに出かけて二人の時間を楽しんでいるそう。


「彼と付き合いはじめてすぐに、職場の人間関係が原因でメンタルを崩して長期休職したのですが、その間も彼はずっと支え続けてくれました。退職後、体調が落ち着いてから結婚して楽しい日々を過ごしていたのですが…」


実は1年ほど前から、Dさんの心を波立たせる悩みがあります。それは、パートナーとのセックスについて。
「私たち、一度もセックスをしないまま結婚したんです。最初は、私の体調を気遣ってくれているからだと思っていましたが、結婚後に私からそれとなく誘っても何かしら理由をつけて断られてしまって。しかもセックスレスが続いていたある日、夫がマスターベーションしている場面を目撃してしまったんです。『どうして?』『私じゃダメなの?』と、眠れないほどショックでした」


幼い頃から容姿にコンプレックスを抱いていたこともあり、「夫好みの外見ではないから女として見てもらえないんだ」と不安が募る日々。「セックスは、愛し合い信頼し合う夫婦なら当然のこと」と考えるDさんに対し、パートナーは「性欲は年々減退しているし、仲良く穏やかに過ごしていければ満足」というスタンス。勇気を出して話し合おうとしても、悲しみや苛立ちから涙があふれて言葉にならず、パートナーになだめられて終わることもしばしば。


「そのたびに『私が求めすぎるのが悪いんだ』と感じるし、大事な人を傷つけてしまう自分が嫌で自己嫌悪に陥ります。周囲にも相談しましたが、『スキンシップは最小限、セックスなんて年1回でいい』という友人もいて。彼女のように、パートナーとのセックスがなくても楽しくいられたらOKという価値観をうらやましく思ったりもするのですが…」


その不安な思いを、生殖心理カウンセラーの平山史朗さんに打ち明けることに。



Dさんが気になっていること


1. パートナーとのセックス観の違い


2. 夫のマスターベーションを目撃してしまった


3. 夫に求めすぎてしまう自分が嫌い




今月の相談相手は……
平山史朗先生

生殖心理カウンセラー

平山史朗先生

臨床心理士・公認心理師・家族心理士。これまで約25年にわたり不妊治療専門クリニックで心理カウンセリングを担当。2021年、生殖・不妊にかかわる心理支援に特化した東京リプロダクティブカウンセリングセンターを開設し、妊活・不妊治療・性の問題に悩む個人やカップル・家族の相談にあたっている。

“正しさ”のイメージが自分を苦しめている?

愛し合っていればセックスするのが当たり前? セックスレスは夫婦の危機? 「Stories of A to Z」Story4【前編】_3

平山先生 お話を聞かせてくださりありがとうございます。Dさんはすでにパートナーと話し合おうとしたり、友人に相談したりしていて、自分なりに自己分析もされていますよね。Dさんのように問題意識を持って行動されている方って、実はとてもカウンセリングに向いているんです。


Dさん そんな風に言ってもらえるなんて意外でした…カウンセリングに興味はありますが、もしかしたら自分の考えを否定されてしまうんじゃないかと思うと怖くて。


平山先生 否定されるかも…と思うと不安ですよね。私たち心理カウンセリングの専門家は、どんな相談内容であっても、頭ごなしに否定から入ることはないと思います。相談者の方に対しても「これまで、そうやって頑張って生きてこられた方である」という前提でご本人の苦しさを受け止めたうえで、その方が少しでも生きやすくなるようにサポートしていくのが仕事です。


Dさん それを聞いて少し安心しました。ちなみに「生殖心理カウンセラー」というのは、一般的なカウンセラーと何が違うのでしょうか?


平山先生 残念ながら日本ではまだ数は少ないのですが、妊活や不妊、生殖医療にまつわる心理的な困りごとに専門性を持つ心理カウンセラーです。パートナーとの関係性やセックスに関する相談にも対応しています。生殖心理カウンセラーになるためには、国家資格である公認心理師、もしくは専門性の高さで知られる臨床心理士の資格を持っていることが条件ですので、生殖の分野のみならず基本的な心理支援の専門性も前提として備えています。自分が抱えている気持ちを整理したり、現状を冷静に認識したりするために専門家に相談するのはひとつの有効な手だと思います。


Dさん ということは、私たちのようなセックスレスの問題も扱われるんですね。私は夫婦ならセックスは当然のことだと思うのですが、夫は違うみたいで…。


平山先生 お話を伺っていると、Dさんの苦しみにはいくつかの要素が絡み合っているように感じます。それぞれの要素を考える前にお話ししておきたいのですが、実は恋愛や結婚、そして性にまつわる苦しみの背景には、「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」と呼ばれる概念が大きく影響しています。例えば、「あなたにとって、“普通”の家庭って、どんな風にできると思いますか?」と聞かれたら、「二人の異性が愛し合うことで結婚に至り、愛のあるセックスをして、その結果子どもが生まれて二人で仲良く育てていく」とイメージするのではないでしょうか?


Dさん 確かに、そういうイメージです。でも、それって悪いことですか?


平山先生 いいえ、何も悪いことではありません。ただ、それはあくまでひとつの「価値観」であって、すべての人にとっての「正解」とは言い切れないことですよね。けれど、それが“正しいこと”だと社会に受け入れられてしまった結果、それ以外の道を選ばざるを得ない人や、そうではない価値観を持つ人は「マイノリティ」として切り捨てられる状況が生まれてしまいました。実は、多くの人がこうした“正しさ”のイメージに縛られることで、「こうあらねばならない」と自分自身を苦しめることにつながっているんです。


▶︎後編では、Dさんの苦しみをひとつずつときほぐしていくことに。するとDさんにとっての「愛」と「セックス」が複雑に絡み合っていることが明らかになりました。

イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)