「Stories of A to Z」のタイトルカリグラフィー

愛するパートナーと結婚したものの、セックス観の違いに悩んでいたDさん。その苦しみの原因について、平山先生と一緒にひとつずつ向き合うことに。そこには、Dさん自身が抱えるコンプレックスも影響しているようで…。

Story4 パートナーとのセックス観の違いに悩むDさん

今月の相談相手は……
平山史朗先生

生殖心理カウンセラー

平山史朗先生

臨床心理士・公認心理師・家族心理士。これまで約25年にわたり不妊治療専門クリニックで心理カウンセリングを担当。2021年、生殖・不妊にかかわる心理支援に特化した東京リプロダクティブカウンセリングセンターを開設し、妊活・不妊治療・性の問題に悩む個人やカップル・家族の相談にあたっている。

「こうあるべき」を「“私の”価値観」に言い換えてみる

夫に愛されていないのでは…と感じる不安の種はどこにある? 「Stories of A to Z」Story4【後編】_2

平山先生 最初にお伝えしておきたいのは、「愛し合う夫婦はセックスするもの」というDさんの考えが間違っているわけではないということです。ただ、「夫婦は当然こうあるべき」というDさんの理想とは違う現実があるから苦しんでいらっしゃることも事実です。おそらく、ご自身もそこに薄々気づいているからこそ「大事な人を傷つけてしまう自分が嫌」と自己嫌悪に陥ってしまうのではないでしょうか。


Dさん そうなんでしょうか…だとしても、いったいどうすればいいのかわかりません…。


平山先生 まずは、これまで「こうあるべき」と思ってきた価値観を、「“私の”価値観」と言い換えることから始めてみてはどうでしょう。最初は本心から思えなくても、夫婦関係やセックスについて「当然」や「こうあるべき」といった考えを「これは私の価値観」と言い換えていくうちに、少しずつ物事の見え方やパートナーへの伝え方が変わってくるかもしれません。


Dさん “私の”価値観ということは、“夫の”価値観もあるということですよね。


平山先生 おっしゃる通りです。Dさんが「愛しているからセックスする」と考えるように、「セックスしなくても愛している」という人もいます。それは、私たち一人一人の価値観が異なるからです。そう考えると、「セックスすること」と「相手を愛すること」は必ずしもイコールとはいえないのではないでしょうか。また、Dさんは「セックスレス」とおっしゃっていましたが、それは今も続いていますか?


Dさん いいえ、試行錯誤して半年ほど前に初めてつながることができました。今は私から早めに「週末にセックスしたい」と提案し、夫の体調次第で決めています。今までに4回ほどできましたが、提案するたびに「夫がしたくないことを強要して申し訳ない」という気持ちでいっぱいになります。


平山先生 そうでしたか。4回というのはとてもポジティブな事実だと思いますが、それよりもパートナーへの申し訳なさが先に立ってしまうのですね。先ほどお話ししたように、本来別々である「セックス」と「愛」を結びつけて考えてしまうと、「セックスしてくれない=愛されていない」という構造が生まれます。それが「愛されていない不安」や「相手に強要している」といった苦しみを生んでいるのだと感じます。すぐには難しいかもしれませんが、「セックスの有無や回数」と「愛情の深さ」は必ずしも比例するものではないということを、頭のどこかに置いてみてください。そして、パートナーのマスターベーションについてはDさんの「誤解」があることをお伝えしたいと思います。


Dさん 誤解、ですか?


平山先生 ええ。これはDさんがおかしいわけではなく、遅れている性教育の影響などから正しい性の知識が浸透していない日本の社会の問題でもあるといえるでしょう。男女を問わず、マスターベーションは、性行為の代わりというよりも、それ自体がセックスとは別の楽しみや快感であったり、ある意味では排尿と同じような生理現象としてとらえられることさえあるのです。ですから、パートナーがいても結婚していても、マスターベーションをすること自体は異常なことではありません。もちろんパートナーに対する愛情の有無とも関係ないことが多いのです。


Dさん そうなんですね…まったく知りませんでした。私は子どもを迎えたくて産婦人科に通院していますが、夫が精液検査を受けてくれた時も「私ではない誰かを見てマスターベーションしているんだ」と考えたら動揺してしまって。


平山先生 それはつらかったですね。「愛する二人の子どもをつくる神聖なプロセス」と考えれば、アダルトビデオなどを見ながらマスターベーションによって採精することは受け入れにくいかもしれません。違和感を覚えることはおかしいことではありませんが、目的をはき違えないことも大切です。何故なら、採精は、パートナーがDさんとの子どもを望み、そのための努力として行っていることだからです。この点を忘れないようにして、パートナーの愛情の問題にすり替えてしまわないように気をつけましょう。

時には専門家の手を借りてみる

夫に愛されていないのでは…と感じる不安の種はどこにある? 「Stories of A to Z」Story4【後編】_3

平山先生 おそらく容姿に対するコンプレックスも影響していると思いますが、Dさんが「愛」と「セックス」を結びつけやすい背景には「セックスしたい」というよりも「愛されている実感が欲しい」という願いがあるのだと思います。けれど、お話を伺っているとその思いはパートナーに伝わっていないように感じます。Dさんに限らず、パートナーと話し合ううえで必要なのは、相手にわかる形で本当の気持ちを伝えることです。例えば、「セックスがないことで女性として認められている気がしなくてつらい。夫婦としてのつながりが感じられず寂しい」と伝えたいのに、「どうしてセックスしてくれないの?」という言い方だと、本当の気持ちは伝わりにくいですよね。


Dさん そういえば、私も「どうして?」という言葉が多かったかもしれません。どうしたら相手がわかる形で伝えられますか?


平山先生 ご自分の中にある思いをひとつずつ理解し、整理していきましょう。Dさんのお話を踏まえるなら「人と比べてしまい劣等感をおぼえる自分がいる」「大切にされることに幸せを感じて結婚した」といったこれまでの経緯、そして「セックスがないことで愛情が感じられないように思えて不安であること」「セックス=愛情だと考えてしまうこと」など、上手に伝えようと焦らず、Dさんが感じてきたことをひとつずつ言葉にしてみてください。くれぐれも今まで積み重ねてきたトライアンドエラーは否定しないこと。その経験があるからこそ今があるので。そして、自分の気持ちを理解するのと同じように、相手の気持ちを理解することも大切です。


Dさん 自分の気持ちを整理するって難しいですね…。幼い頃から両親や周囲の評価を最優先にしてきたせいか、自分以外の誰かに肯定してもらえないと満足できないダメな自分がいるんです。不安になってしまうのは、それも関係しているのかもしれません。とはいえ自己否定も強いので、メディアで「自分を大切にする」「自分を受け入れよう」といった記事を見ても、なかなかそう思えなくて…。


平山先生 自分を大切にするのはいいことですが、そのためにどうするかは人ぞれぞれで正解はありません。それに、誰に言われるでもなく心から「自分はこれでいい」と受け入れるのは、誰にとってもすごく難しいことなんです。むしろ「受け入れられない」ということを認めて初めて、ありのままの自分を受け入れるステップが始まるともいえます。私たち生殖心理カウンセラーはその難しさをよく知っているので「自分を受け入れましょう」と簡単には言えません。だからこそ一人で抱え込まず、専門家の手を借りることも選択肢に入れてほしいと思います。価値観は不変ではなく、年齢や経験を問わずいつでも広げられるものなので。


Dさん 専門家に相談したいときは何を基準に選べばいいですか?


平山先生 特に愛や性にまつわる問題は、インターネットで調べると不確かな情報も多いので選び方が難しいですよね。最低限の条件は、臨床心理士や公認心理師の資格を持っていること。金額でいうと、関東圏なら1回のセッションは5000円〜15000円が目安です。病院に併設された施設は料金が安い場合もありますが、それ以外の極端に高い・安いところは避けましょう。日本臨床心理士会や日本生殖心理学会のWebサイトから検索することもできます。専門家を頼ることに、後ろめたさやネガティブな思いを抱く必要は一切ありません。ぜひご自身のために活用してくださいね。

イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)