宝塚歌劇団の元トップスターで、現在はミュージカルや舞台で活躍する望海風斗さん。国際女性デーのスペシャルインタビュー後編では、宝塚歌劇団退団後のキャリアと、セルフケアについてインタビュー。退団後は表舞台を退こうと思っていた望海さんが、舞台で再スタートを切った理由とは? 外の舞台が不安で号泣してしまったり、自分を大切にできなくなったり…キャリアで面したピンチをどうやって乗り越え、その結果としてどんな変化があったのか、じっくりと話を聞きました。

望海風斗

俳優

望海風斗

1983年10月19日生まれ、神奈川県出身。2003年、宝塚歌劇団に89期生として入団。2017年、雪組のトップスターに就任する。2021年の退団後は、『DREAMGIRLS』、『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』などミュージカルを中心に活躍。2024年には、1stアルバム『笑顔の場所』をリリース。今年3月から上演される舞台『マスタークラス』では、初のストレートプレイに挑戦する。

自分の心ときちんと向き合ったら、無理だと思っていたことに可能性が生まれた

望海風斗 宝塚歌劇団 雪組 トップスター 俳優

——2017年、雪組のトップスターに就任した直後に退団を決意したという望海さん。退団後のキャリアは、どのように考えていましたか? 

望海さん退団後は、表舞台からは退く予定でした。理由はふたつあって、ひとつは、女性として舞台に立つ自分を想像できなかったから。ずっとロバート・デ・ニーロを目指して演技を学んできたので(笑)、急に女性を演じるなんて絶対に無理だよね、と思って。

ふたつ目は、初対面の人たちと舞台を作る自信がなかったから。同じ組のメンバーと何年も一緒に活動する宝塚と違って、通常の舞台では、作品ごとに演者もスタッフもまるっと変わる。私はあがり症で、初めましての人と打ち解けるのに時間がかかるんですよ。体力的な限界を感じ始めているのに、精神的なしんどさまで加わったら、耐えられないな…と。

でも舞台は好きだし、何かの形で携わりたかった。そこで、宝塚で教える立場を志しました。自分が在団中に感じた「こういうことが学びたい」をきちんと学びに行ったうえで、また宝塚に戻ってこよう、と思ったんです。

——その後、どのような心境の変化があったのでしょうか?

望海さん:2020年2月に退団発表をしてから間も無くして、コロナ禍で公演がすべてキャンセルになりました。当たり前のように舞台に立ち、ファンの皆さんに会えていた日常が突然なくなってしまったことが、すごくショックで…。舞台に立てない悔しさが募る中で、また舞台に立ちたい、もう少し頑張ってみたい、と思うようになりました。

——舞台に立てない状況下で、舞台に立つことへの情熱を再認したのですね。 

望海さん:そうですね。あのとき、トップになってから初めてじっくり考える余裕ができたんです。それまで毎日がむしゃらに走り続けていたから、ちょっと疲れていたんだと思う。自分の心ときちんと向き合い、当時抱いていたさまざまな不安をひとつひとつ紐解いていったら、無理だと思っていたことに可能性が生まれました。

——延期された引退公演を終えて、2021年に宝塚歌劇団を退団。翌年、退団後初となるミュージカル『INTO THE WOODS』にご出演されました。新境地に飛び込むことで、どんな学びや発見がありましたか? 

望海さん:先ほどお話ししたとおり、当初は初対面の人と舞台を作ることに対して不安しかなかったんですよ。でも共演者の方々は、本業はアーティストの人や、映像作品でキャリアを積んできた人、お芝居しかしたことがなかったけどミュージカルに初出演する人など、バックグラウンドがバラバラ。私と同じように、恐怖感と緊張感を持って挑んでいる人ばかりでした。

何よりも感動したのは、それぞれに異なるキャリアが、その人の個性として光っていたこと。宝塚出身であることも男役を研究してきたことも私の個性なんだ!と思えるようになって、自分に自信が持てたんです。いろいろなバックボーンを持つ人たちと意見を共有することで、さまざまな考えかたや仕事の取り組みかたを知られたり…語り尽くせないくらい、たくさんの学びがありました。

——いい意味で、予想と反した結果になったんですね。 

望海さん:私は楽しかった記憶しかないんですけど…まわりの人たちいわく、稽古が始まったばかりの頃はよく弱音を吐いていたそう。親しい下級生に、「私にはやっぱり無理だ。女性を演じる自信がない」と号泣しながら相談したらしいのですが、私はまったく覚えていないんです(笑)。 

何のために頑張ってるんだろう? 空っぽの自分に危機感を覚えた

望海風斗 宝塚歌劇団 雪組 トップスター ミュージカル

——昨年はCDデビューを果たした望海さん。シングル『Breath』の作詞作曲を手がけたアンジェラ・アキさんに、「私って何なんだろう」「何のために頑張って今これをやってるんだっけ」と思うことがあると伝えたそうですが、そう感じるようになったのはなぜでしょうか。

望海さん:女性を演じる俳優としては新人同然なので、イチから学ぶぞ!という気持ちで外に飛び出たのですが、宝塚の元トップという経歴から、いただくのは大きな役ばかり。ありがたい反面、とてつもなく大きなプレッシャーがのしかかりました。

「女性を演じたこともないのに」「宝塚の外では新人なのに、みんながやりたい役をもらえてずるい」などと思われているんじゃないかと、つねにビクビクしていて。役にふさわしい演技ができるようにならなきゃ、という焦りから、毎日猛スピードで走り続けていました。

そんな日々の中で、ニューヨークのブロードウェイを訪れる機会があったんです。とてもレベルの高い舞台に感動して、演者さんとお話ししながら、「私ももっと頑張らなきゃ」みたいなことを言ったのかな。そうしたら、「あなたは今のままで十分、素敵。それ以上、素敵になってどうするの?」と返してくださって。自分で自分のことを素敵だと思ってあげていなかったな、とハッとしたんです。

それを機に、自分がまわりの意見ばかり気にしていること、自分のために何かをする習慣がないこと、自分を大切にできていないことなど、次々と気づくようになり…自我のない、空っぽの状態で走っていることに危機感を覚えました。

体と心を労り、自分に優しくなったら、新たな出会いも増えていった

望海風斗 宝塚歌劇団 雪組 トップスター 手

——それらの気づきによって、意識や行動は変わりましたか? 

望海さん:まず、休みの日の過ごし方が変わりました。思い返すと、休日に何をしたいかも、ちゃんと考えたことがなかった。観劇しなきゃ、体のメンテナンスをしなきゃ、と予定を詰め込んで、タスクをこなすように過ごしていました。今は、体の状態や気分に合わせて決められるように、余白を残すようにしています。

それから、きちんと体を労わるようにもなりました。40歳になったとき、私の体も内臓も40年間生きてるんだと思ったら急に、労らなきゃ!という気持ちが芽生えて(笑)。無意識に気力で疲れをカバーするのを止めるべく、そろそろ疲れてきたよね?と語りかけたりして、意識的に体に気を配っています。

——行動を変えたことで、体や心の状態に変化はありましたか? 

望海さん一番大きな変化は、自分に優しくなれたことです。昔から、新しい作品のたびに「そんなレベルじゃダメ」「なんでもっとできないの?」と自分を追い詰めてしまうクセがあって。以前は自分がとことん落ち込むまで責め続けてしまっていたのですが、最近は落ち込みすぎる前に途中で気づいて、コントロールできるようになりました。

そして、「いいじゃん、もう十分頑張ったよ」「今の自分のベストは尽くしたんだから、大丈夫」と自分を褒めてあげて、元気をもらえる人に会いに行く。そうやって自分に優しくするようになったら、自然と、心が安らぐ人や場所との出会いが増えていったんです。

年齢とともにできなくなることが増えたなら、やり方を変えればいい!

望海風斗 宝塚歌劇団 雪組 トップスター 全身

——今後は、3月から上演される舞台『マスタークラス』を控えています。本作で望海さんが演じるのは、伝説のオペラ歌手、マリア・カラス。初のストレートプレイ(歌のない、セリフや演技によって進行する演劇)に挑戦されるそうですね。 

望海さん:これまでの話に説得力がなくなってしまうかもですけど…正直、もうすぐ始まる稽古がめちゃめちゃ不安です(笑)。ストレートプレイは、私にとってすごく大きな挑戦なので。考えれば考えるほど弱気になっていく私の心に、マリア・カラスの言葉がビシビシ刺さるんですよ。

継続すること、そして試練を自分の力で乗り越えることの大切さに改めて気づかされる作品で、キャリアチェンジや選択、生き方など、あらゆる悩みへのヒントが詰まっています。迷っている人に一歩を踏み出す勇気を与えられるような作品にしたいと思っているので、ぜひ観てもらえたらうれしいです。

——yoiは、年齢を理由に自信が持てず新しいことに挑戦できない、という声も多く寄せられます。そんな悩みを抱える人に、どんな言葉を伝えたいですか? 

望海さん:まず伝えたいのが、その気持ち、すごくわかります! 年齢の重みを感じるタイミングは人によって違うと思いますが、私は30代後半。体の変化や体力の衰えを顕著に感じるようになり、舞台を続けるのは無理だと思ったこともありました。

そんな私が今も舞台を続けていられるのは、取り組み方を変えたから。
20代の頃と同じペースで同じ量をこなすのは無理なので、何かを捨ててバランスを調整する方法です。

例えば、平日に頑張る代わりに休日は予定を入れず、しっかり休むこともひとつ。自分が守りたいこととそうでないものの優先順位を決めることが大事だと思います。 個人的には、エネルギッシュな先輩方の活躍を見るのもおすすめ。先輩世代の女性が新しいことにチャレンジし続ける姿は、見ているだけで元気が出るし、私にもできるかも!と勇気が湧いてくるんですよ。

望海風斗さん主演舞台『マスタークラス』3/14から上演!

マスタークラス 望海風斗 舞台 マリア・カラス

<あらすじ>
世界中のオペラファンを虜にした、20 世紀最大の歌姫マリア・カラス。引退後のカラスは、ニューヨークの名門 音楽学校のジュリアード音楽院で、若きオペラ歌手たちにマスタークラス(公開授業)を行う。授業では、ユーモアを交えつつ、的確だが辛辣な言葉で、芸術に向き合う術を惜しみなく伝えてゆく。生徒の歌声を聴くカラスには、 過去の輝かしい舞台や想い出がよみがえってくる。愛を求め、挫折を乗り越え、芸術に人生を捧げたカラスの秘めていた過去が、解き明かされてゆく。

作:テレンス・マクナリー
翻訳:黒田絵美子
演出:森新太郎
キャスト:望海風斗/池松日佳瑠、林真悠美、有本康人、石井雅登/谷本喜基

日程・会場:
《東京》2025 年 3 月 14 日(金)~23 日(日) 世田谷パブリックシアター
《長野》2025 年 3 月 29 日(土)~30 日(日) まつもと市民芸術館 主ホール
《愛知》2025 年 4 月 5 日(土)~6 日(日) 穂の国とよはし芸術劇場 PLAT 
《大阪》2025 年 4 月 12 日(土)~20 日(日) サンケイホールブリーゼ

公式サイト:https://masterclass.westage.jp/


ジャケット¥81400・ドレス¥46200/エンケル(アンセム エー) ピアス¥37400/ソムニウム バングル¥25300/フーブス(クイップクエイント) 靴¥55000/ラインヴァンド カスタマーサポート(ラインヴァンド)

撮影/安川結子 スタイリスト/高野麻子 ヘアメイク/yuto 取材・文/中西彩乃 企画・構成/木村美紀(yoi)