メイクは自分を隠すためではなく、自分自身を愛するために
前回のお話で、「美容は、自分自身を元気づけること」だと教えてくれた吉川さん。鏡に映る自分の顔を見ながら丁寧にスキンケアをすれば肌がこたえてくれる気がするし、お風呂上がりに好きな香りのボディクリームでお手入れすれば、あと肌のしっとり感にちょっぴりうれしくなる。ヘアスタイルが決まれば前向きになれるし、ペディキュアがキレイに塗れたときは幸せを感じる…。
1つずつは小さいことかもしれないけれど、美容には、気持ちまで変える力が確かにありそうです。ならば、変化がすぐに見えるメイクなら、その効果はもっと大きく感じるもの?
庭に咲いていたピンクのシャクヤクが光の魔法でキラキラと輝きました。
「僕はメイクアップアーティストだけれども、従来の化粧は顔の上に一枚違う皮膚をつけているという印象が前々からあったんです。だからこそ、“もっと一体化できないかな”という想いが、自分で化粧品をクリエイトするずっと前からありました。
僕が美しいと思うのは、素の人間が光を受けたときに見せる皮膚感。夕日を受けたとき、顔に赤みが差してキラキラと輝いて“魔法の頬紅や口紅”のように見えたり、真っ暗な中に差し込んだ光がその人を照らしたときなんか、あっ、と息を飲むほどに美しい。
“人”っていう生き物の美しさを考えたとき、肌の上に何か違和感を感じるものがのっているのが美しい、とは僕には思えなかった。別な皮をのせるのではなく、素の魅力を壊さないように意識しながら、生き生きとした肌づくりと血色感をつくり出したい。まるでその人の最高にコンディションのいい日を演出するようなイメージです。そんな風に僕は、人間の皮膚と一体化するメイクをするにはどうしたらいいのかを、ずっと模索してきました。
例えば、泣いたあとの目の赤みは、アイシャドウでも表現できます。でも、その質感は今の化粧品では難しいし、やっぱりフェイスペインティングになってしまう。僕は、化粧品を開発するときは、人間の質感を変えずに、色を表現できたらいいな、と常々思っているんです。
メイクアップアーティストなのにこんなことを言うのは、変わっているのかもね。だから、この意見に同調できない人もいるとは思うけれど、あまり反対の声が聞こえないのは、“人ってキレイ”という発想からスタートしているからだと感じています。とはいえ、人は長い間メイクという皮をかぶってきたから、『自分の長所を生かして、コンプレックスだと思っている部分も愛して』と言っても、今までの価値観をいきなり変えるのは難しいし、僕の化粧品も正直、まだその域には達していません」
“素の自分を生かした顔”を意識したメイクは本当に美しいと思います
最近のメイクアイテムは優秀で、ツヤやマット、キラキラ、しっとり、濡れ感…など、さまざまな質感があるけれど、やはり人工感は拭えないのが正直なところ。だけど、肌のよどみやくすみ、顔のパーツの形が気になると、メイクアイテムの色や質感、テクニックで何とかカバーしたいと思うものだし、素を生かすには、まだまだ自信のない自分がいます。
「もちろん、皆さんにはいろいろなメイクでその日のムードを楽しんでほしい。そのために大切なのは、自分の“素顔の魅力”に気づいて、そこにこだわることだと僕は思っています。僕の理想は、メイクがキレイなのではなく、むしろメイクしていることを感じさせないのに『私って悪くないかも…』と思える、そんな“見えないメイク”。
唇の縦ジワをそのまま生かす透明感とほどよい血色で、リアルな美しさにこだわりました。(UNMIX 02 ピンクサファイア)
顔ってあまり突飛なことをする場所ではなくて、唇にグリーンを塗るなど、人間に似合わない色はトゥーマッチな印象になりがちですよね。僕はもっと単純に、『人が普通に心地いい』メイクでありたいと思っていて。だから、僕がつくるUNMIXの口紅の色は人になじむための“透け感”と“血色”を重視しています。生命感って人の魅力の大切な要素なので、“血の赤み”をいろんなさじ加減で強くしたり、弱くしたりしながら、生きている人間のいろんな表情と魅力を表現しようと思ったんです。
“美しさとはこうあるべき”と、これまで何十年も古い価値観を植えつけられてきたから、これをすぐに変えるのは難しい。でも、僕はさまざまな人に仕事で出会っていろんな違った“美しさ”を見せつけられてきました。だからこそ、僕は“自分のありのままを生かしてこそ美しい”ということを言い続けていきます」
目を大きく見せるためや、誰かに近づくための“装う”メイクではなく、素の自分の顔を生かした「今日の私の顔、ちょっといいかも」と思えるメイクができたら、今日一日を乗り切る元気をチャージできそうですよね。
撮影/Mikako Koyama 取材・文/藤井優美(dis-moi) 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)