イルミネーションが街を飾り、かつてのにぎわいを取り戻しつつある日本。新しい年を迎えるにあたり、どこか浮足立った気持ちになりがちです。しかし、ここに来て世界的にはまた不穏な影が見えてきて…。アメリカのコネチカット州に居を構える吉川さんはどのような気持ちでこの状況を見つめているのでしょうか。

どんなときも揺らがない自分のライフスタイルを見つけられた人は強いと思います

コネチカットの森の中、吉川さんのご近所の家

近所で見つけたかわいい飾り付け。コロナ禍のホリデーは、アメリカでもますます身近な人と過ごす傾向に。

「普通の生活に戻りはじめていた矢先、再びの新型コロナウイルス変異株の蔓延で、正直、アメリカに住む人たちの多くはショックを受けています。こちらでは、『1月中旬には従来のような日常が戻るのでは』と予想されていたのに、その希望が消えてしまったわけですから。

僕が住んでいるところは田舎なので、年末のホリデーに向けてデコレーションをした家が点在しているけれど、このような状況下でパーティなんてできませんし、人とのコミュニケーションは減っている。やはりコロナ禍が人々に与える影響は大きいと感じずにはいられません。

新型コロナウイルス感染の様相は、まさに一進一退。この状況がまだ数年は繰り返すのではないかと僕は思っています。でも、コロナ禍の生活も2年が過ぎようとする今、“ 悲しい”とか、“ストレスを感じる”と、いつまでも立ち止まっているのはもう終わりにしたい。発想を転換し、『今は、どう生きるかというインスピレーションをもらっている時間』と、とらえてみてはいかがでしょうか。

3年目となる今、もう一度、どうやってこの生活を生きていくかを考えたほうがいいと思うんです。たとえ新型コロナウイルスが終息したとしても、また違った感染症が出てくる可能性もありますし、自然災害が起こるかもしれない。だからこそ、どういう状況下でも余計なストレスを抱え込まない、揺らがない自分のライフスタイルを見つけられたら、人は強くなれる」

コネチカットでの生活は、楽しく、幸せに生きるために必要な選択でした

吉川さんは、このコロナ禍で自分の考え方や行動など、ライフスタイルが変わったと感じますか?

「コロナ禍でライフスタイルが変わったということはありませんが、自分のライフスタイル=ストレスリリースができる方法がわかったのは、今から3年前にこの地に生活の拠点を移したとき。

コネチカットの冬枯れした草原と小道

マンハッタンから2時間かかるけれど、たくさんのインスピレーションを与えてくれるコネチカット。

それまでの僕は、ずっと東京やニューヨークなど大都市に身を置き、仕事をしていました。それこそ、仕事以外の時間はないくらい仕事をしていた(笑)。自分のアイデアを現場でクリエイトし、それがメディアに載る。毎日クリエイトしているから、当然、『あー疲れたー、死にそう…』となるんです。でも、夏と冬にバケーションを1カ月ずつとり、体を休めたり、旅行をしたりして自分を取り戻していました。このスタイルはアメリカでは当たり前のこと。だから、どんなに忙しくても笑顔があったし、クエスチョンなしに『この生活は楽しいな』と本気で思っていました。

ところが、日本でメイクブランドを手がけるようになったとき、プロダクトのクリエイションだけではなく、いろいろな役割を果たさなければならなくなりました。そうすると、時間はどんどんなくなっていく。夏休みがなくなり、撮影の現場だけでなく家でもプロダクトを作らなければいけない。クリエイティブな発想って、じっくり考え込んで…というより、瞬発芸のように、瞬間瞬間でひらめいていくんです。だからもう1日24時間、プロダクトのことを考えている。

そのうちオーバーワークでストレスが増えていき、最後には笑顔がなくなっていってしまったんです。あんなに楽しいと思っていた仕事が楽しめない。すると、ちょっとしたことでまわりと口論になったり、すぐに切羽詰まっちゃったり。余裕がなくなって、やりたいことが思うようにできなくなってしまいました。

そんな自分がつらくて、『空が少しだけ広く見えるから』という理由でマンハッタンからブルックリンへ引っ越しをしました。そこで7~8年過ごしたけれど、結局ストレスフルのまま。相変わらず時間がなくて、何年もバケーションはとれませんでした。『このままじゃあいけない』と、今住んでいるコネチカットの森の中の家を、カントリーハウスとして買ったんです。

ブルックリンで仕事をして、時間ができたらバケーション感覚でカントリーハウスへ行く。そしてブルックリンに戻ってまた生活をする。でも、ブルックリンだとすぐにキーッとなっちゃうし、疲れちゃうんです。『ならば、この生活を逆にしよう』と、コネチカット州に移り住むことを決意しました。

そうして住みはじめたカントリーハウスでの生活でわかったのは、『僕に必要だったのは、ストレスをリリースしてくれる場所なんだ』ということ。初めて来たときも、そして今でも感じるのが、森林のもつ癒し効果。仕事はむちゃくちゃ疲れるけれど、自分を癒してくれるものがそばにあるだけで、心も体も安定するんです。

早春に芽吹くコネチカットの森の木々

仕事はいつも大変だけど、窓の外のこんな風景が心を癒してくれる。僕の仕事場、生活の場に感謝。

今も、朝起きたらメールチェックから始めて…と、ニューヨーク時代と同じ生活をしていますが、煮詰まったときは、5~10分くらい庭の雑草抜きをするだけでOK。気が滅入ったときには木を伐採したり、野原でクロスカントリースキーをしたり、カヤックに乗ったりできます。たった30分でも、これらをすると気分転換になり、次のクリエイティブができるんです。

こんな生活を続けて3年。家に対してどんどん愛情が増しているのを実感しています。住居に対して『ありがとう』と思えたのは、本当に初めての体験。東京でも20カ所くらい引っ越してきたけれど、家に対して、人に対するのと同じくらいの気持ちで『ありがとう』と思える自分にびっくりしちゃいました。

今は、こんなふうに自然あふれるコネチカットだから、このかわいい森の家があるから、僕は何があってもストレスを抱え込まずにやっていけるという確信があります」

自分らしくいられる、心が平穏でいられるライフスタイル。それは、何より自分を支え、励ましてくれる基盤なのかもしれません。吉川さんのように自分が心地よくいられる場所、私たちも見つけたい!

吉川康雄

メイクアップアーティスト

吉川康雄

1983年にメイクアップアーティストとして活動開始。 1995年に渡米。2008年から19年まで「CHICCA(キッカ)」のブランドクリエイターを務める。現在は、ニューヨークを拠点に、ファッション、広告、コレクション、セレブリティのポートレートなど、トップメイクアップアーティストとして活躍中。自身が運営するウェブメディア「unmixlove(アンミックスラブ)」で美容情報を発信する中、2021年春に「UNMIX」を立ち上げる。

撮影/Mikako Koyama 取材・文/藤井優美(dis-moi) 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)