マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う連載「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所」。第24回は『かげきしょうじょ!!』作者の斉木久美子さんにお話を聞かせていただきました。

漫画 かげきしょうじょ!! 斉木久美子

『かげきじょうじょ!!』あらすじ
「渡辺さらさ、オスカル様になります!」。大正時代に創設され、未婚の女性だけで構成された「紅華歌劇団」。その音楽学校に同期生として入学した身長178cmの天然少女・さらさは、国民的人気アイドルJPX48の元メンバー・愛ら、個性豊かな同級生たちと出会う。少女たちの青春が、幕を開ける──!

スポ根×シスターフッド。好きなものを詰め込んでのスタート

──女性だけの歌劇学校を舞台にした成長物語『かげきしょうじょ‼』。アイディアはどんなところから始まったのでしょう?

斉木 最初は「宝塚歌劇団を題材に何か描きませんか」と依頼をいただいたんです。宝塚というお題だけがあり、内容についてはおまかせだったので、「それならば、歌劇学校を舞台に、私なりの〈学園スポ根〉を描きたいです」と編集者に話したのを覚えています。

漫画 斉木久美子 かげきしょうじょ!! 紅華歌劇 渡辺さらさ-1

©︎斉木久美子/白泉社

──努力と根性で勝利を目指す「スポーツ根性もの」=スポ根。一見、宝塚からは遠いテイストのようにも思えますが…?

斉木 井上雄彦先生の『SLAM DUNK』が大好きで、あんな作品を描けたらという憧れがあったんですよね。『かげきしょうじょ‼』も徐々に終わりが近づいているので、初心にかえろうと先日『SLAM DUNK』を全巻読み返したのですが、改めて自分が受けた影響の大きさを実感しました。

リズム感と、コマ運びと、ページをめくったら何が出てくるか。マンガを描くうえですごく大切にしているこの三点を、私は『SLAM DUNK』から学び培ってきたんだなぁと。

──意外な影響ですが、そういえば作中にも有名な安西先生のセリフが引用されていましたね。 

漫画 斉木久美子 かげきしょうじょ!! 紅華歌劇 渡辺さらさ-2

©︎斉木久美子/白泉社

斉木 あとは、シスターフッド、女性同士の絆を描きたいという気持ちも大きかったですね。映画『17歳のカルテ』『タイムズ・スクエア』のような、友情と恋の間の名前がつかない感情が描かれている作品がすごく好きなんです。大人になる過程の女の子同士の関係を、自分でも描いてみたいと思っていました。

女性は思春期に入ると、生理が来たり、体つきが変わったりする中でまわりからの扱われ方も変わりますが、そうした変化に感情が追いつかないことも多いですよね。そんな時期を支え合えるのは、やっぱり同世代の女の子同士かもしれないなと思うんです。

──対照的なさらさと愛も、実はお互いにとって最大の理解者でもありますね。

斉木 二人とも大人に頼れない子どもなんですよね。実は、さらさと愛については、途中で破綻しないように最初の段階でガチガチにストーリーを固めていったんです。このマンガでは王道のキャラクター配置を心がけて、最初は少し図式的に、陽の主役・さらさと、陰のヒロイン・愛を中心に周囲のキャラクターを考えていきました。

あまりにも両極端な二人なので読者から嫌われるんじゃないかという不安もあったのですが、本当に応援していただけていて、すごくうれしいです。 

漫画 斉木久美子 かげきしょうじょ!! 紅華歌劇 渡辺さらさ-3

©︎斉木久美子/白泉社

デビュー30周年。挫折だらけの経験から描く、再生のテーマ

──最初にしっかり設定を固めたということですが、斉木さんの場合はどんなふうにストーリーを作っていくんですか?

斉木 こんなふうに、まず頭の中にあるアイディアをすべてノートに書き出します。一話ごとに、その回でやりたいことを、箇条書きでわーっと書く。セリフも全部書きます。一話分でも7~10ページくらいにはなるのかな。

マンガ かげきしょうじょ!!  斉木久美子 アイディアノート 飼い猫

そこから「これはいらない」「ここもいらない」と削る作業をして、ネーム(簡単な下描き)に入ります。ネームでも付け足したり削ったりを何往復かして、完成したものを担当編集さんに見せています。自分で隙なく詰め込んでしまうので、割と編集者の意見を聞かないタイプかもしれません。

──打ち合わせを重ねて練り込んでいくより、一人で組み立てる時間が長いのですね。

斉木 担当編集者に「次はどういう話にしようか」という相談はしますし、アドバイスも聞きますが、ネームは全部自分で作り込んじゃう。このやり方に行き着くまでには長い試行錯誤の道のりがあって…私、今年デビュー30周年なんですね。

──おめでとうございます!

斉木 ありがとうございます。これはあくまで自分の経験上ですが、第三者からアドバイスをもらって変えたものってうまくいかないことが多かったんですね。でも、前作『花宵道中』で、原作小説の宮木さんから「好きに描いていいです」という言葉をいただいて。多少のアレンジを入れましたがストーリーについてはほぼ変えることはなく、ネームについては第三者の手が入ることなく描きました。

そのときに、「もしかしたら、私は人の言うことを聞かないほうがいいのかもしれない」と思って。ただそれは、「私は私でいくわ」と腹をくくったわけでは全然なくて、「私は人の意見を取り入れて組み込むのが下手なんだ」と気がついたんです。

──以前『かげきしょうじょ‼』のテーマは「挫折からの再生です」と仰っていましたよね。このテーマを選んだのは、ご自身の経験とも重なる部分があったからでしょうか。

斉木 ああ。もう、本当にそうです。挫折しっぱなしでしたから。私は遅咲きだったんですよね。長い漫画家人生の中で、なかなかヒット作にも恵まれず、なんとかここまで続けてきました。

はじめの15年ぐらいは読み切りを連打しながら必死で描き続けていましたが、連載には結びつかないし、うまくいかない時期が長かった。つらいことも多かったですし、膝を抱えて部屋の隅で泣いたことも何度もありました。でも、筆を置こうと思ったことだけは一度もなかったんです。 

漫画 斉木久美子 かげきしょうじょ!! 紅華歌劇 渡辺さらさ-4

©︎斉木久美子/白泉社

──それはやっぱり描くこと自体が楽しかったからですか。

斉木 はい。やっぱり私はマンガを描くのが好きなんですよね。絵を描くのが好きというよりも、コマを割ってフキダシを入れて、どんな絵を入れたら読者に伝わりやすくなるのかなと考えながら描くのが好き。もう他にできることないだろうなっていうのもあったんですけど(苦笑)、しがみついて努力してきました。ド根性が嫌われる今の世の中ですが、つらくてもあとちょっとだけ踏ん張れば何か変わるかもしれないよ、という思いも作品の中に込めています。

もちろん、かなわない夢だってたくさんあると思います。世の中そんなに甘くはない。だけど、本当に好きだったら、簡単に手放さずに頑張ることだって大事じゃないかと思うんですね。

漫画 斉木久美子 かげきしょうじょ!! 紅華歌劇 渡辺さらさ-5

©︎斉木久美子/白泉社

あきらめなければ別の扉が開くこともある。『かげきしょうじょ‼』のしなやかな強さ

──『かげきしょうじょ‼』にはいろんな女の子たちが登場しますが、それぞれ違う葛藤を抱えていて、どの登場人物にも共感する部分があります。

斉木 単に「舞台あるある」的なマンガにはしたくなくて、心を描きたかったんですよね。私は舞台に立ったことはないので、役者さんにどう心を寄せていこうかと考えていたのですが、調べれば調べるほど自分の経験とシンクロしました。

はじめは全然売れなかったけれど、それでも努力を積み重ねて『かげきしょうじょ‼』までたどり着いて、本当によかったです。あの経験がなかったら、多分この話は描けませんでした。年齢を重ねて描いたからこそ、これまでに味わった苦い思いや疑問、怒りなど、リアルな感情をキャラクターたちに乗せられたんでしょうね。

──さらさと愛以外だと、どんなキャラクターが心に残っていますか。

斉木 たくさんいますが、歌が得意で歌劇学校に入学したけれど体型を指摘されて過食嘔吐を繰り返すようになってしまった山田彩子のエピソードは、忘れられないですね。まわりのみんなをうらやましいと思っちゃう気持ちは、常に自分の中にもあって戦ってきたものだから。

あとはトップスター・里美星の学生時代の話も。彼女は身長が伸びてしまって、憧れていた娘役にはなれなかったけれども、あきらめないで踏みとどまったら別の扉が開くこともあるんだと思いながら描きましたね。 

漫画 斉木久美子 かげきしょうじょ!! 紅華歌劇 渡辺さらさ-6

©︎斉木久美子/白泉社

──失ったと思っても、そこでまた得られるものがある。そのしなやかさが『かげきしょうじょ‼』の魅力でもありますね。15巻ではさらさがトレードマークのツインテールをばっさり切って、ショートカットに。物語はいよいよ最終章へ近づいています。

漫画 斉木久美子 かげきしょうじょ!! 紅華歌劇 渡辺さらさ-7

©︎斉木久美子/白泉社

斉木 今はサイン色紙にどちらの髪型のさらさを描くか、ちょっと迷います(笑)。「渡辺さらさ、オスカル様になります!」という最初の宣言から、ようやくここまでやってきました。「入学前に紅華桜の下に立つべからず」「立った者は絶対にトップにはなれない」というジンクスのもと、桜の下で出会った二人がどうなるのか。

まだ完結には時間がかかりそうですが、最終回は私の中で最初から決まっています。もう何百周も頭の中でおさらいをするぐらい見えている状態(笑)。でも、それも13年間連載しているうちに少しずつブラッシュアップしていて、「このシーンを足したらもっと素敵になるんじゃないか」とふくらませていますので、ぜひ最終章を楽しみにしていてください。

斉木久美子

漫画家

斉木久美子

さいき・くみこ⚫︎10月28日生まれ、神奈川県出身。1995年に「ぶ〜け」(集英社)にてデビュー。 代表作に『かげきしょうじょ!!』(白泉社)、『花宵道中』(原作:宮木あや子/小学館)など。 

横井周子

マンガライター

横井周子

マンガについての執筆活動を行う。2025年春より、東北芸術工科大学准教授。
■公式サイト https://yokoishuko.tumblr.com/works

漫画 かげきしょうじょ!! 斉木久美子 白泉社 メロディ

『かげきしょうじょ!!』斉木久美子¥660/白泉社

2025年9月5日に最新刊16巻が発売!!

漫画 かげきしょうじょ!! 斉木久美子 白泉社 メロディ 2

『かげきしょうじょ!!』斉木久美子¥660/白泉社

画像デザイン/齋藤春香 取材・文/横井周子 構成/国分美由紀