『無意識のバイアスを克服する』
ジェシカ・ノーデル 著・高橋璃子 訳 ¥2970/河出書房新社
誰もが大切にされる社会をつくるためにできること
できれば人との関係に波風を立てたくないし、わざと傷つけたいわけではない。でも自分が何気なく発したうわすべりな言葉で相手を不快にし、「ああ、言っちゃった…」と後悔することがある。もちろんその逆もある。強く傷ついたわけではないし、言い返すほどではない気がするけれど、チクリと刺さって体に蓄積されるような経験。そんなやりとりの背景に「無意識のバイアス」があるとしたら、それを克服することは、果たしてできるのだろうか。
例えばジェンダーバイアス。女だからピンク、かわいい、控えめだとか、男だからブルー、かっこいい、リーダー気質、だとかは旧時代の認識であり、ジェンダーにまつわる「ステレオタイプ」だと広く知られるようになってきた。でも相変わらず日常にはびこっていて、その影響は大きい。無意識のバイアスが私たちの気がつかないところでどのようなことをもたらしているのか、本書にはそのシビアな現実が詳しく論じられている。
調査によると、多くの人が頭では「自分は差別しない」と心から思っていても、考え方の癖でうっかりバイアスのかかった言動や、ステレオタイプな行動をとってしまうという。自分にも心あたりがあることに気づき、この癖や習慣をどうにかしたいと思うことがまずは第一歩だ。
本書では無意識のバイアスを克服するアプローチとして、認知行動療法をベースに心の習慣を「脱自動化」するワークショップや、自分の思考や感情を意識するようになるマインドフルネスなどの具体的なアプローチ例が挙げられている。ワークショップを体験する機会がなかなかない私たちにとっても、参考になる方法だ。
〈忘れないでください。偏見は習慣であり、習慣は断つことができるのです〉
講師がワークショップで伝えるこのメッセージは、自分のバイアスに気づき、習慣を断つことで自分自身を変えることができると思わせてくれる。
一方で、そのような小さな集団や個人のマインドを変えるだけでは、バイアスを克服することが難しいことも確かだ。人は社会的な存在だから、その社会において誰がカテゴリーの「内側」で、誰が「外側」なのかを文化的メッセージで学んでいく。加えて、そもそも物事をカテゴリー化することで理解するという習慣がある。そのような社会において本当に有効な手段はあるのかと、途方にくれそうなところをあきらめず、ねばり強く探求をする著者の姿勢が本書の魅力で、読者を引き込んで行く。
コミュニケーションの習慣を変えることは億劫だし、「この言葉は使わないほうがいい」と考えることは、窮屈に感じることもあるだろう。でもその過程を経ることで、違った関係を築き、相手をより深く知ることができるようになるのかもしれない。何度も自分の正しさを疑い、悩みながらバイアスを克服することで、他者と一人の人間として互いに出会う世界が広がっていくのだから。
代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ
代官山 蔦屋書店で哲学思想、心理、社会など人文書の選書展開、代官山 人文カフェやトークイベント企画などを行う。毎週水曜20:00にポッドキャスト「代官山ブックトラック」を配信中。
文/宮台由美子 編集/国分美由紀