読書ができなくなってしまいました……。そんな状況を変えてくれる本ってありますか？【桃山商事・清田のBOOKセラピー】

文筆家として恋愛やジェンダーに関する書籍・コラムを多数執筆している『桃山商事』代表の清田隆之さんによるBOOK連載。毎回、yoi読者の悩みに合わせた“セラピー本”を紹介していただきます。忙しい日々の中、私たちには頭を真っ白にして“虚無”る時間も必要。でも、一度虚無った後には、ちょっと読書を楽しんでみませんか？　今抱えている、モヤモヤやイライラも、ちょっと軽くなるかもしれません！

文筆家

清田隆之

1980年生まれ、早稲田大学第一文学部卒。文筆家、『桃山商事』代表。ジェンダーの問題を中心に、恋愛、結婚、子育て、カルチャー、悩み相談などさまざまなテーマで書籍やコラムを執筆。著書に、『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門―暮らしとメディアのモヤモヤ「言語化」通信』（朝日出版社）など。最新刊『戻れないけど、生きるのだ男らしさのゆくえ』（太田出版）も好評発売中。桃山商事としての著書に、『どうして男は恋人より男友達を優先しがちなのか』（イースト・プレス）などがある。Podcast番組『桃山商事』もSpotifyなどで配信中。

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読書ができなくなってしまった……。そんな状況を変えてくれる本は？
セラピー本①　事件の実態に近づき、解像度が上がる感覚を味わえる１冊
セラピー本②　社会的な問題と自分をつなげてくれるきっかけになる作品

『桃山商事・清田のBOOKセラピー』担当エディター＆ライターは……

エディターH：1994年生まれ。ジャンルを問わず読書はするものの、積読をしすぎていることに悩み中。好きな書店は神保町・書泉グランデ、池袋・ジュンク堂書店、西荻窪・今野書店。

ライターF：1979年生まれ。小説＆マンガ好きだが、育児で読書の時間が激減。子連れで図書館に行くのがささやかな楽しみ。一人時間には、テレビドラマを見てパワーチャージ。

読書ができなくなってしまった……。そんな状況を変えてくれる本は？

今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…

会社員になってから読んだ本が数えるほどしかないことに気づきました。もともと読書は好きで、大学は文学部だったので、どちらかというと読むほうの人間だと思っていたのですが、いつの間にか日々の忙しさにかまけて情報を集めることすらなくなってしまい……。好きだったものと距離ができてしまった寂しさもあり、なんだか元気が出ず、虚無ってスマホを触ってばかりの日々です。この状況を変えるには、仕事をセーブして読書をするしかないのでしょうか。清田さんはいつも幅広くたくさんの本を読まれていますが、その気力体力はどのように養っているのでしょうか。

ライターF：今回のご相談は、「読書ができなくなってしまった」というもの。もともと本が好きだったのに、忙しさにかまけて遠ざかってしまっているとのこと……私自身も、とても共感できるお悩みです。

清田さん：めちゃくちゃわかります……。自分も相変わらずショート動画で時間と視力を溶かしまくっていて、最近は腕自慢のヤンキーがプロの格闘家に挑み、返り討ちにされる動画を見ては刹那の快感をむさぼっております。

それはさておき、自分の場合は、取材や執筆やイベントなど、仕事のために本を読んでいるようなところがあって。残った時間や体力で、個人的に気になる本を読むことができているかというと、全然そんなことはありません。「読まなきゃ」と思う本はたくさんあるのに、なかなか読めないことへの焦りはつねにある。だから、相談者さんの気持ちはすごくよくわかります。

エディターH：清田さんでもそうなんですね、意外です！

清田さん：こんな仕事をしておきながら、そもそも自分は、「読書が大好き！」「暇さえあれば本を読みたい！」というタイプではないんです。子どもの頃は、本のない家で育ちましたし。なのに、大学で文学部に入ってしまい、そこからが大変で……。ノルマというかタスクというか、「本＝頑張って読むもの」みたいな“課題感”がいまだに染みついてしまっているんです。

それでも、大学時代に読書の習慣が身について、面白い本にたくさん出合い、知らなかったことを知れたり興味の幅が広がったり……自分の中に体系やマップのようなものができてきた。それは自分にとって、財産というと大げさですが、とても大切なものになっていて。本って、文字だけで人を感動させたり広い世界に連れて行ったりすることができる、かっこいいものだな、今、本にかかわる仕事ができていることも、本当に幸運なことだな、と思っています。

ライターF：相談者さんも、本の素晴らしさを知っているからこそ、現状にモヤモヤしているのかもしれませんね。

清田さん：今の時代、基本的に人のキャパシティーは、仕事や人間関係にまつわるToDoリストで埋まってしまう。自分のためにまとまった時間や体力を使うことへのハードルは、すごく上がっていると思います。それでも本を読むためには、相談者さんの言うように、仕事をセーブして読書をするのもひとつの手かもしれません。ただ、それはサステナブルではないような気もするんですよね。

無理やりキャパシティーを広げて一時的に本を読むことができたとしても、その外側には仕事やノルマがあるわけで。そこが変わらない限り、徐々に日常の波にのまれてしまい、続かなくてまた落ち込む……なんてことになりかねない。意志や努力というより社会構造の問題である以上、劇的に状況を変えるのはなかなか難しいと思うんです。

そこで今回は、「そんなときこそノンフィクションだ！」ということで、我々を本の世界へグイグイ引っ張ってくれる２冊を選んでみました。

セラピー本①　事件の実態に近づき、解像度が上がる感覚を味わえる１冊

清田さん：そのうちの１冊がこちら。杉山春さんの『ルポ虐待——大阪二児置き去り死事件』 です。

杉山春・著
『ルポ虐待——大阪二児置き去り死事件』
（ちくま新書）

清田さん：これは、親子関係や虐待問題をテーマに執筆されている、ルポライターの杉山春さんが、大阪二児置き去り死事件について丹念に取材を重ねて書かれた１冊。世間では、母親が「子どもを放置して遊び回っていた」とバッシングされたけれど、本当に彼女一人の罪なのか？という視点を持ちながら、その生い立ちから事件が起きてしまうまでを明らかにしていくんです。

ライターF：実際に起きた事件の裏側を少しずつ知っていくにつれて、苦しさややりきれなさが募り、なんとも言えない気持ちになりました……。

清田さん：痛ましい事件を扱ったものだけに、決して「面白い！」という本ではないんですよね。ただ、報道から表層的な部分だけを知っている事件の実態に近づき、粗い画像解像度をあげてどんどんクリアに見えてくるような感覚を味わうことができるのは、これを読む醍醐味と言えるかも。

この本が発売された当時は、“毒親”をはじめ、親という存在の問題が話題になっていた頃で、自分もそれに関心を持っていました。読んでみると、事件の背景にあった、シングルマザーによる育児や貧困といった、現代社会の問題も描写されていて……。自分にとっては、ジェンダーの問題を深く考えるきっかけになった、原点のような本なんです。

この１冊からは、筆者の疑問や憤りといった、事件に向き合う原動力のようなものがにじみでている。同じ文章を書く仕事をする人間として、そのすさまじさにも打ちのめされました。

エディターH：清田さんは、あらゆるジャンルの本を読まれていますが、ノンフィクションの魅力はどういうところだと思われますか？

清田さん：ノンフィクションの場合、１つのテーマがあって、その謎や問題を解き明かすように話が進行していく。だから、先を知りたくてどんどん読み進めてしまうようなところがあるんですよね。目で文字を追って頭で意味を理解して……というよりは、本にグイグイ引っ張られるように読んでしまう。読書って能動的な行為のはずだけれど、良質なノンフィクションに触れると受動的な感覚を味わえるというか。

だから、読書にかけるエネルギーがないときこそ、ノンフィクションを手に取って、感情を揺さぶられる体験をしてみるのもいいのでは？──今回は、そんなふうに考えて、ノンフィクションをピックアップしてみたんです。

セラピー本②　社会的な問題と自分をつなげてくれるきっかけになる作品

清田さん：続いておすすめしたいのは、そんなノンフィクションの持つ力を存分に体感できる1冊。清水潔さんの『殺人犯はそこにいる—隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件—』です。

清水潔・著
『殺人犯はそこにいる
—隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件—』
（新潮社）

清田さん：これは、ノンフィクション界の定番と呼べる本ではないかと思います。内容は、ジャーナリストの清水潔さんが、独自取材で北関東連続幼女誘拐殺人事件の真相に迫り、冤罪と真犯人をあぶりだしていく……というもの。

エディターH：まさに、グイグイ引っ張られるように読んでしまいました……！

清田さん：テレビ局の記者でもある著者が、手を動かし足を運んで行った取材で知りえた事実を圧倒的筆力で綴っているんですが、そこからは現場の臨場感や肌感覚の恐怖も伝わってきて。「そこまで踏み込んで大丈夫？」「筆者に危険は及ばないの？」と、本当にハラハラドキドキしてしまう。

途中で読むのを止められないから、逆に寝不足になる可能性もあるけれど、それって読書好きには幸福な時間だと思うんですよね。時には、仕事のことも明日のことも忘れて、こういう作品にのめり込んでみてもいいんじゃないでしょうか。

ライターF：これもやっぱり娯楽として読めるものではなく、いろいろな問題について考えさせられる本ですよね。

清田さん：読み終わった後には、しばらく動けず虚脱状態になってしまったほど。ただ、「ひどい事件があったね」で終わらせず、例えば捜査や裁判、時効といった社会的な問題と自分を繋げてくれるきっかけになるものではある気がします。

以前、エッセイの中で“カロパ＝カロリーパフォーマンス”という言葉を使ったことがあって。費やした費用や時間に対して多くのものを得られることを「コスパがいい」「タイパがいい」とか言ったりしますが、良質なノンフィクションは取材やリサーチなど１冊にかけられたカロリーがとてつもなく高いわけで、実はものすごくお得なんじゃないか……。軽い響きの言葉で恐縮ですが、ノンフィクションはとてもカロパの高い読み物だと思うんですよね。わずか数時間の取材をまとめて１冊にすることもできる中、膨大な熱量やコストをかけて作られている。そういう意味でも、こういった作品は読者にとってとても貴重なものだと感じます。

ライターF：お便りには、「清田さんは読書のための気力体力をどのように養っていますか？」とありますが、いかがですか？

清田さん：う～ん、気力や体力って、実は養えないものかもしれませんよね。読書って、結局フィジカルなものだと思うんですよ。目がよく見えるとか、腰が痛くならないとか、集中力が続くとか、読書を楽しむために大事な要素ってたくさんあるじゃないですか。自分も、最近本を読むときに、文字に焦点が合わなくなってきて（苦笑）。昔、年上の人たちに散々「若いうちにたくさん本を読んどけ！」って言われたけれど、こういうことか、と実感しているんです。

おそらく相談者さんは、学生の頃から培ってきた読書の素養と、充実した気力体力のある、“読書の全盛期”を迎えているのではないでしょうか。大丈夫、きっとまだまだいける！　気力体力が足りないときは、話題になったものや興味のあるテーマを扱ったものなど、ノンフィクションに注目してそれらに引っ張ってもらいつつ、読書を楽しんでもらえたらいいな、と思います。