日本で歯科矯正治療をする人は年々増えていて、直近3年間で3.6倍に増えたという数字もあります*1。ところが、「誤ったマウスピース型製品の使用は予期せぬ大きな問題を引き起こす可能性があります」と公益社団法人日本矯正歯科学会が公式ステートメントを発表する事態になっています。歯科矯正は、必要な人にとってメリットの高い治療ですが、注意すべき治療法について取材しました。
*1 厚生労働省「平成29年・令和2年患者調査 」歯科診療所の初診推計患者数

星隆夫(ほしたかお)先生

星歯科矯正院長

星隆夫(ほしたかお)先生

新潟大学歯学部卒業。新潟大学大学院修了博士(歯学)取得。新潟大学歯学部歯科矯正学教室研究生、医員、新潟大学歯学部附属病院矯正歯科助手、新潟大学医歯学総合病院矯正歯科診療室助手を経て、2006年より星歯科矯正院長。認定歯科矯正医(旧JBO認定歯科矯正専門医)・認定審査委員。日本矯正歯科学会認定医。

安全性、有効性のエビデンスがない「マウスピース矯正」

マウスピース矯正 歯科矯正

増田:街中で「マウスピース矯正」という看板をよく見かけますが、歯科矯正を専門に行う歯科医師の学会である「公益社団法人日本矯正歯科学会」がマウスピース型矯正装置を用いた矯正歯科治療(アライナー矯正)を行う歯科医院や業者が乱立していて、患者さんからの問い合わせが多発していると声明を発表しています。が、いわゆるマウスピース矯正は、避けたほうがいいのでしょうか?

星先生:透明なマウスピース型矯正装置によって行う矯正歯科治療(アライナー矯正=いわゆるマウスピース矯正)がすべて危険というわけではありません。けれども、矯正歯科の専門的研修を修了していない歯科医師が適切な診察、検査、分析、診断、治療経過の確認をきちんと行わずに、マウスピース矯正を行っている現状があります。これは、予期せぬ問題を引き起こす可能性があり、危険です。治療が完了できない(治らない)、噛み合わせがずれてしまい物が噛めない、あごが曲がって痛い、歯は並んだけれど歯が前に出てきた、などなどの被害に遭う可能性があります。

また、さらに心配なのは、医療機器として認められていない“雑品”扱いのマウスピース型矯正装置を使って、歯科矯正治療を行っている歯科医院が存在することです。長期間治療を行って費用を支払っても、適切な歯科矯正の結果が得られないことも多くあります。

一度、矯正歯科治療で誤った歯の移動を行なってしまうと、それを再治療するのには、さらに長期の治療期間がかかり、治療の難易度が高くなってしまいます。

いわゆるマウスピース矯正に関する臨床的な研究は少なく、安全性、有効性に関する科学的なエビデンスは明らかになっていません。十分に注意していただきたいです。

歯科医師なら誰でも矯正治療ができるわけではない!

増田:日本では子どもの歯科矯正治療のほうが多いものの、大人になって自分のお金で歯科矯正治療をしたい人も増えています。特に女性は、透明で自分で着脱が自由にできるマウスピース矯正を選択したいと思う人は少なくないと思うのですが、デメリットが多い注意すべき治療だということがよくわかりました。

星先生マウスピース矯正による治療は、適応症の判断や高度な専門的知識を要します。大学病院や基本研修機関と認められている医院で、十分な矯正歯科領域全般にわたる臨床的なトレーニングを受けた歯科医師でも、マウスピース型矯正装置だけですべての症例を完璧に治すことは難しいのです。

日本では経験が浅く専門的な研修を受けていなくても、歯科医師であれば誰でも歯科矯正の看板をあげ、矯正治療を行えてしまうことが問題です。

マウスピース矯正は、「人から装置が見えにくい」「装置の着脱が簡単で食事や歯磨きがしやすい」「金属アレルギーがあっても使用できる」「診療室での治療時間が比較的短い」などのメリットもありますが、歯科矯正の専門的知識と技術のある歯科医師に相談して、診察、検査、診断をきちんとしてもらって、自分に合った治療を選択することが大切です。

【マウスピース型矯正装置による治療のデメリット】
・歯の移動量の少ない軽度のケース(軽度の歯のデコボコ、軽度の歯の隙間、矯正治療後の軽度の後戻りなど)に限られる。
・毎日長時間の装着が必要で、使用状況によって効果が大きく異なる。
・子どもや骨格性要因を含む症例には適さない。
・精密な噛み合わせの確立は原則として困難で、満足できる治療結果が得られない可能性がある。

専門性をもった矯正歯科の医師の探し方は?

矯正歯科医

増田:歯科医師なら誰もが歯科矯正治療を行ってしまっている現状で、専門性をもった矯正歯科の医師をどのように探せばいいのでしょうか?

星先生:歯科医療も、ほかの医療と同様に専門性を求められる医療です。医科に、産婦人科、内科、眼科、耳鼻咽喉科などがあるように、歯科にも小児歯科、歯科口腔外科、矯正歯科などの専門があります。

大学の歯学部6年間を卒業して歯科医師となり、歯科矯正学教室に5年以上在籍していないと、矯正歯科の認定医は取れません。そもそも一人の人の歯科矯正の治療過程(治療後、矯正装置をはずしたあとの保定期間も加えて)をすべて経験するには平均5年はかかるのです。

下記の協会や学会のホームページに矯正歯科の認定リストがありますので参考にしてみてください。

【専門性をもった歯科矯正医を探すには…】
●一般社団法人日本矯正歯科協会(JIO)の認定歯科矯正医(旧JBO認定歯科矯正専門医)リスト https://www.jio.or.jp/html/official/senmon_meibo.htm 
●日本矯正歯科学会の認定医・指導医・臨床指導医リスト
https://www.jos.gr.jp/roster

こんな歯科矯正には要注意!

増田:歯科矯正は、歯並びや噛み合わせ、横顔が美しくなるなど、メリットの高い歯科治療だと思いますが、治療を選択するうえで、「こんな歯科矯正治療には要注意」というポイントがあれば教えてください。

星先生:歯科矯正治療を選ぶうえで注意すべき内容を5つほど、あげてみます。

【要注意ポイント1:歯科矯正治療を行ううえで、必要な最低限の検査を行なっていないところ】

適切な治療を行うためには、下記の5つの資料は最低限、必要です。


・セファロ(頭部レントゲン写真)
・パノラマ(歯のレントゲン写真)
・顔写真
・口腔内写真
・歯列模型


特に「セファロ」は歯科矯正を専門としない歯科医院には、撮影できるレントゲンがないことがほとんどなので、セファロの有無は見極めのポイントになるでしょう。

<セファロ(頭部レントゲン写真)>

セファロレントゲン 歯科矯正

<パノラマ(歯のレントゲン写真)>

歯科矯正 歯のレントゲン

<顔写真><口腔内写真>

口腔内写真 歯科矯正

<歯列模型>

歯列模型

【要注意ポイント2:治療方針と最終目標(どういう治療法でどう治すか)、治療期間、費用の全額を最初に提示しないところ】

矯正を専門とする歯科医師は、【要注意ポイント1】で紹介した5つのの資料をもとに、治療内容と治療期間、治療の総額をあらかじめ提示します。家を建てるときに設計図と費用の見積もりがないと、着工できないのと同じです。もちろん、人間の生身の体を扱うのですから、予想もできないアクシデントが起こり、治療の変更を余儀なくされることは数少ないですがあり得るでしょう。しかしあらかじめ予想できそうなことを想定せずに、治療途中でその都度、予算や治療を変更してくる歯科医師は信用できません。

【要注意ポイント3:「絶対歯を抜かない」「マウスピースだけで治る」「短期間で治療できる」などと、極端な治療方針に特化したところ】

さきほどお話したマウスピース矯正などのように、「〇〇でしか治療しない」「歯を抜かない」などの極端な治療にはくれぐれも注意してください。透明なマウスピースにもいろいろな固有名詞を使った器具やさまざまな器具メーカーが作成した既製品の治療機器が色々とあります。そもそも、患者さんを診察することなく、看板に「抜かない歯科矯正」「マウスピースだけで治る」などと謳うのはおかしいですね。

【要注意ポイント4:一般歯科、審美歯科、インプラント、歯周病治療、小児歯科などたくさんの診療科を掲げている歯科医院の矯正治療】

日本では、歯科医師なら歯科矯正治療の知識や技術がなくても誰でも、歯科矯正の看板をあげることができます。しかし歯科医療の分野でも、ほかの医療と同じく、専門性があります。なんでも行っている歯科医院は、どれも専門性が低い可能性があります。専門性の高い矯正歯科医師であればあるほど、虫歯や歯周病、インプラントなどの治療は行いません。産婦人科医が眼や耳の治療は、しないのと同じです。

【要注意ポイント5:非常勤(アルバイト)の医師が矯正治療を行っているところ】

矯正治療は長期間かかる治療なので、アルバイトの歯科医師がもしやめてしまったら、治療が中断してしまいます。院長が歯科矯正を専門としていて、長いこと同じ医院で治療を行っているクリニックは、安心できると思います。

星先生:歯科矯正と歯列矯正とは、違います。歯を並べるだけが矯正ではないのです。安心安全な歯科矯正は、歯並びを整えるのはもちろんですが、それだけでなく、噛み合わせ、横顔やフェイスラインの形なども重要なポイントです。特に、抜歯をせずに歯を並べただけの歯科矯正治療では、歯が前に出てしまい、横顔が変形してしまったという訴えも少なくないのです。

増田:要注意のポイント、参考になります。次回は、歯科矯正でうまくいかなかった事例(NG矯正の例)と、安心安全な専門性が高い歯科矯正の例とその違いをご紹介します。

増田美加

女性医療ジャーナリスト

増田美加

35年にわたり、女性の医療、ヘルスケアを取材。エビデンスに基づいた健康情報&患者視点に立った医療情報について執筆、講演を行う。著書に『医者に手抜きされて死なないための患者力』『もう我慢しない! おしもの悩み 40代からの女の選択』ほか

取材・文/増田美加 イラスト/大内郁美 企画・編集/木村美紀(yoi)