これまで、欧米にはあったけれど日本にはなかった、女性特有の健康の問題に特化した研究や診療の司令塔となる「女性の健康総合センター」が開所しました。センター長で産婦人科医の小宮ひろみ先生に、日本女性の健康支援が今後、どう変わっていくのかを聞きました。
国立成育医療研究センター 女性の健康総合センター センター長
1986年山形大学医学部卒業。同大産婦人科などで勤務した後、2004年より福島県立医科大学附属病院にて女性専門外来(2008年より性差医療センター)を率いる。同大医学部医療人育成・支援センター臨床医学教育研修部門副部門長、男女共同参画推進本部副本部長、男女共同参画支援室長特任教授、性差医療センター教授、ダイバーシティ推進本部副本部長、ダイバーシティ推進室長などを経て現職。専門は産婦人科、生殖内分泌、性差医療、漢方医療、女性医学。
日本女性の健康ケアって、すごく遅れていた?!

増田美加(以下、増田): 女性特有の健康の問題に特化した研究や診療の司令塔となる「女性の健康総合センター」が、2024年秋に国立成育医療研究センター内に開所しました。 アメリカでは、かなり前から女性の健康支援が行われています(1991年に政府機関として、包括的な女性の健康支援促進を目的に「Office on Women’s Health(女性の健康センター)」を設置)。
EUでも2006年ころから女性の健康や男女間の健康格差を縮小させるための公的な動きが起こっています。 私たち女性の健康や医療を取材してきた立場では、「早く日本にも女性の健康センターを!」と思っていたので、まさに「待ちに待った!」という気持ちです。 センターではどのようなことが行われるのでしょうか? その目的や役割を教えてください。
小宮ひろみ先生(以下、小宮先生):女性の健康総合センター(Integrated Center for Women's Health: ICWH)は、女性特有の病気や性差医療に関する研究開発などを推進するためにつくられました。このセンターでは、女性の人生の各段階(ライフステージ)と性差に着目して、女性の健康を推進していきたいと考えています。
ライフステージは、思春期、性成熟期、更年期、老年期と分けられていますが、各時期でエストロゲンなどの性ホルモンの分泌は劇的に変化します。女性には、そのような生理的変化がある中で社会や環境の影響を受けやすく、さらに妊娠・出産・産後の不調などを抱えることもあります。
一方、性差(男性と女性の違い)を形づくる要因には、性染色体、性ホルモン、内性器・外性器、社会・文化的要因(ジェンダー)があります。これまで、男女ともにかかる病気については、症状、経過、治療法、予防法について、この性差を考慮した医学や医療は、ほとんどと言っていいほどなされてきませんでした。
女性の人生の各段階(ライフステージ)で、女性にはさまざまな健康の課題があります。そのことをまだ社会全体が知っているとはいいがたい面があります。そこで、社会全体が女性には女性特有の健康課題があることを共有して、女性が生涯にわたって健康で活躍できる社会になることを、このセンターでは目指しています。
男性だけのデータでなく、女性にも着目したデータを

増田:これまでは、男性から得た研究結果を、そのまま女性にも当てはまめられていたという話も聞きます。男性の研究データでつくられた薬を、私たち女性も服用していました。今後は、性差を考慮した研究データが蓄積されていけば、女性に優しい医療につながるのではないかと期待しています。
小宮先生:はい。性ホルモンや、ジェンダーの性差、遺伝子に着目した研究は、女性のための新たな診断や治療法、予防法などの開発に貢献し、今以上に女性の健康を推進することが期待されます。 そのために、女性の健康総合センターは、日本全国の女性の健康に関する司令塔的な機能を担います。思春期から老年期まで、女性の健康に関する研究、臨床、イノベーションを総合的かつ包括的に進めていく、日本で初めての女性の健康課題に特化した組織です。
日本女性の健康課題で何がいちばんの問題?
増田:日本女性の20代~40代の健康課題の中で、今、何が問題になっているのでしょうか? 日本が世界と比べて遅れている女性の健康問題とはなんでしょうか?
小宮先生:月経(生理)周期にまつわる不調、特にひどい月経痛などがある月経困難症、PMS(月経前症候群)のケアが課題になっています。月経をいかにコントロールしていくかは、女性の健康にとって重要です。月経困難症は、もしかしたら、子宮内膜症、子宮筋腫などの病気が隠れている可能性もあります。将来の不妊症の要因になるかもしれません。子宮内膜症(チョコレートのう胞)があり40代を超えると、少しだけですが卵巣がんになるリスクが高くなることもわかっています。
アメリカでは、早い時期から低用量ピル(OC)を使っていますし、日本でも、もっと月経困難症の治療用のピル(LEP)が使われてもいいと思います。 日本は、海外に比べて、ピルの使用率が低い国ではあります。もちろん、ホルモン剤は合う人と合わない人がいますから、鎮痛剤や漢方薬などのほかの薬と同様に選択肢のひとつとして、産婦人科医と相談して使われるといいと思います。
今の20代30代のお母さん世代が若いころのピルというと、中用量ピルでした。そのころの「怖い」というイメージが今でもあって、娘世代に使うのをためらわせる方も少なくありません。現在の低用量になったピル(OCやLEP)は、ホルモン量が昔よりずっと抑えられていることなどの正しい情報をお伝えしてくことは、大切だと思っています。

また、プレコンセプションケア(Preconception care)の重要性をみなさんに知っていただきたいと、啓発をしています。 プレコンセプションケアとは、女性も男性も性や妊娠の正しい知識を得て、自分たちの生活や健康に向き合うことです。プレコンセプションケアは、妊娠を計画している人だけではなく、すべての人にとって大切なケアです。
自分を管理して健康な生活習慣を身につけること、それは単に健康を維持するだけではなく、より素敵な人生を送ることにつながると思います。 このプレコンセプションケアの中に、ピルの正しい知識や使い方も入ってくるので、これからは正しい知識がもっと広がっていくのでは、と思っています。また、子宮頸がんは、いまや予防できるがんになってきています。子宮頸がん検診やHPVワクチンの正しい情報も、プレコンセプションケアとともにお伝えしています。
更年期の症状や不調は、絶対解決すべき課題
増田:40代ころからの更年期世代の健康では、どんなことが課題でしょうか?
小宮先生:40代前半から女性ホルモンのゆらぎが大きくなり、月経周期の乱れが起こり、更年期の症状や更年期障害を意識する年代だと思います。女性の更年期の不調は、社会全体の大きな課題です。更年期世代で働く女性が増えてきた中で、この更年期に起こる不調は「プレゼンティズム」「アブセンティズム」に大きく影響していると考えられています。
「プレゼンティズム」とは、心身の不調を抱えながら仕事を行う状態を指し、「アブセンティズム」は、体調不良による遅刻や欠勤など、業務が行えない状態を指します。プレゼンティズムが続くと、アブセンティズムにつながる可能性もあるとされています。
広く女性の健康を考えるとき、更年期障害などの不調は、女性のQOL(生活の質)や企業の業務効率を著しく下げる可能性があるため、社会全体にもたらす影響も年々大きくなっています。更年期障害の対策やケアは、ぜひとも、改善、解決していかなくてはならない問題です。
婦人科系の月経周り、更年期周りの不調ももちろんですが、ほかにもこれまであまり言われてこなかった病気や不調にも注目することが大切と思っています。たとえば、頭痛、メンタルヘルス(不安、抑うつ、PTSD、摂食障害)、貧血、不整脈なども、性差を意識した対応が重要です。
日本女性はヘルスリテラシーが低いの?
増田:小宮先生のお話にあったような女性の健康に関することは、自分の体や心のことなのに、私たち女性は、ほとんど学んで来ていません。世界的に、日本女性はヘルスリテラシーが低いと言われていると聞きますが、それはなぜなのでしょうか?
小宮先生:プレコンセプションケアの5か年計画の中には、学校の先生方も含めて教育の中で女性の健康や性差の教育を行っていく方向性を検討しています。国もこども家庭庁を新たに作って、体制を整えています。 確かに、これまでの日本では、ライフコース(社会の中で個人がたどる生涯の過程)を意識した健康についての教育は乏しかったと思います。
それが、ヘルスリテラシーが低いとされる要因になっていると思います。男女問わずに、一緒に教わる機会が今後増えるといいと思います。 また、SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)という、「性と生殖に関する健康と権利」について、学校教育の中で教わることはほとんどありませんでした。
SRHRとは、具体的には、性と生殖について、私たち一人ひとりが適切な知識と自己決定権を持って、自分の意思で必要なヘルスケアを受けることができ、自らの尊厳と健康を守れることです。
今後は、女性の健康や性差、SRHRについても学ぶ機会が増えていくと思います。そうすることで今後、ヘルスリテラシーが上がっていくことを期待します。

増田:国の動きにも期待したいです。SNS時代とされる今の日本は、玉石混交の溢れる情報の中、正しい情報にたどりつきにくい現状があります。自分自身でヘルスケアや医療についての正しい情報にアクセスするコツはありますか?
小宮先生:たとえば、女性の月経や更年期障害に関する情報で信頼できるものがどのくらいあるかというと、残念ながらエビデンスの低い情報があると思います。
私たちは、正しい情報発信も重要な仕事と思っています。「女性の健康推進室ヘルスケアラボ」は、厚生労働省と東京大学が作成したサイトで、当センターの医師も記事監修に協力しています。
ヘルスリテラシーは、正しい情報を取りに行って実践する力です。みなさんの前向きで自律的な行動を後押しするためのサイトです。
「女性の健康推進室ヘルスケアラボ」厚生労働省事業東京大学産婦人科学講座監修
センターの活動の5本の柱とは?
増田:最後に女性の健康総合センターの活動の柱を教えてください。
小宮先生:女性はホルモンバランスの変化などによって、男性とは異なる健康課題があります。女性が社会で活躍し続けるためには何が必要なのか、どう支援していけばいいのかを考えて、発信するために5本柱を作り、次のようなさまざまな取り組みを行っていきます。この柱をもとに、全国の医療機関や自治体、企業と連携して進めていきます。
センターの活動の5本の柱
1・女性の健康に関するデータの構築
女性の健康に関するデータは散在し、研究に活用しにくい現状があります。こういった課題を解決していきます。
2・女性のライフコースを踏まえた基礎研究・臨床研究の積極的推進
女性の健康課題は極めて多岐にわたるため、医学的な視点だけではなく社会学や経済学など多様なアプローチで研究を推進していきます。
3・情報収集・発信、人材育成、政策提言
このセンターで創出されたエビデンスを広く発信。さらにそのエビデンスを生かして、医療者や支援者向けの教育プログラムや教育コンテンツの開発を行っていきます。
4・女性の体と心のケア
プレコンセプションケアセンター、妊娠と薬情報センター、産後ケア推進部が担当し、その取り組みを全国に浸透させていきます。
5・女性に特化した診療機能の拡充
女性に幅広い診療を提供する「女性総合診療センター」を成育医療研究センターの病院内に立ち上げ、女性内科、女性外科/婦人科、不妊診療科、女性精神科、女性歯科(女性精神科、女性外科は準備中)の5つの診療科で連携し、女性に総合的な診療を行います。
増田:女性医療の視点をもつ専門の先生方に診察してもらえるのは、心強いです。
小宮先生:ウェルビーイングを意識したセンターにしていきますので、お困りのことがあればぜひ受診してください。
*受診は、「女性総合診療センター」予約センターに電話予約を。初診の場合は、他の医療機関からの紹介状が必要。紹介状がなくても受診可能だが、別途選定療養費(11,000円)がかかります。
イラスト/大内郁美 企画・構成・取材・文/増田美加