臨床心理士のみたらし加奈さんと、メンタルヘルスをもっと身近に考える連載の第二回目。今回は性教育YouTuberとしても活動し、yoiでも動画連載「SAY(性)HELLO!」で活躍中の助産師・シオリーヌさんとの対談をお届けします。
実は、みたらしさんとはプライベートでも親交が深いシオリーヌさん。不妊治療を経て、昨年、妊娠を発表されました。妊活中にはシオリーヌさんの発信を参考にしたり、励みにしてくれるフォロワーが増えた一方で、妊娠公表後は少々戸惑いを覚えるような反応もあったと言います。ナイーブな話題であることは十分に理解しているつもりでしたが、妊娠、不妊治療といった話題に触れることに、発信者としての難しさを感じるようになったそう。
みたらしさんも、最近のシオリーヌさんの発信を見ていて、シオリーヌさんの“心”が気がかりだったようで、今回は連載のゲストとしてご登場いただくことになりました。

「不妊治療の現場に精神的なサポートが不十分」臨床心理士・みたらし加奈のブレイクトーク連載 ゲスト:シオリーヌさん_1

【前編】自分の発信が、誰かにとってはつらい話になってしまうことも。 YouTuberとして、どう発信したらいいのかわからなくなることがあります。

※これから行われる対話はカウンセリングではありません。



みたらしさん 本来は、シオリーヌさんと呼ぶところだけど、今回はいつも呼んでいるように詩織ちゃんと呼ぶね。詩織ちゃんは、最近悩んでいることとか、考えていることってある?

シオリーヌさん 伝え方が少し難しいんだけど…妊娠を発表してから、YouTuberとして「発信すること」に難しさを感じるようになった、ということかな。自身の妊活について発信をするようになってから、「妊活仲間」として私のYouTubeを観てくださる方がすごく増えたんだよね。ただ、想像していたよりも早く妊娠することができた。不妊治療を始めて人工授精にも挑戦して、それが1回で実ったんだよね。もちろん望んだ妊娠だったし、祝福してくださる方はたくさんいたけれど、一方で、「妊活仲間」と思って観てくださっていた方の中には、「つらくなるからもう動画を観たくない」という方も出てきて。そう感じることは悪いとは思わないし、つらい情報から距離をとることは大事だと思うけれど、そのつらさを言葉にして直接投げかけられることも増えてきたかな…と。

「自分の思いとは別のところで誰かを傷つけてしまうかもしれない状況に戸惑う」 ——シオリーヌさん

シオリーヌさん これまで、自分の立場から日々感じていることや社会問題・社会課題を発信してきて、私にとってはそれが仕事で、習慣にもなってる。当然、妊活を経験したからこそ見えたことも、妊婦になったことで見えたこともたくさんあって、それを発信しつづけることは、私にとっては日常の延長線上での行為。だから妊娠する前と後で何かが変わったわけではないけれど、妊娠関連の発言が増えて「見え方」とか「とらえられ方」が変わったなと思う瞬間がある。例えば、私が不妊治療を短期間で終えられたこと自体が、今も治療を頑張っている方を傷つけてしまう要因になるかもしれなくて…自分の思いとは別のところで、自分では避けられないところで、相手を傷つけてしまうかもしれないという状況に、少し戸惑ってる。

みたらしさん 表に立って発信をしている人の中には同じような経験をしている人も多いと思うんだけど、詩織ちゃんの場合、自身でも不妊治療を体験して、「苦しいな」とか「しんどいな」という気持ちがわかるからこそ、コメントやメッセージをくれる方々のつらさを想像してしまって、余計に考えちゃうんじゃないかな?

シオリーヌさん そうだね。妊娠した人に対して祝う気持ちになれなかったり、そう感じてしまう自分を責めて複雑な気持ちになる心境はよく理解できるんだよね。だからこそ、最大限配慮したいと思う。発信する立場として、「誰も傷つけない発信なんて無理」とあきらめることは簡単だけど、それって自分を納得させやすいっていうだけの考え方なんじゃないかと思って。私は誰かを傷つけてもいいなんてまったく思わないし、それを避けることができるなら、可能なかぎりの気配りはしたいという気持ちがある。
そもそも妊活関連の発信をやめればいいんじゃないか、という意見もあると思うんだけど、それも得策とは思えない。例えば不妊治療をしているなかで、めちゃくちゃ大変だなと思うことがいっぱいあった。こんなに頻繁に病院に行かなきゃいけないんだなとか、ここまでお金も時間もかけて何も報われないってことがあるんだなとか。そういう気づきを自分が発信することで、「不妊治療をしている同僚に対して、スケジュールなどの配慮をしてあげないといけないなと思った」ってコメントをくださる方がいたり、「子どもが欲しいと思ってもできなかったとき、婦人科に行くということを想定しておかないといけないんだ」って知ってくれる学生さんもいたりして。活用してくださる方がたくさんいることも、わかってるんだよね。

みたらしさん 発信している人たちの多くは、そのコンテンツになんらかの意義があると信じているからこそ表に出ていると思うし、受け取ってくださる側の皆さんも、そこから何かを得られると感じて見てくださっているはずだもんね。

「不妊治療の現場に精神的なサポートが不十分」臨床心理士・みたらし加奈のブレイクトーク連載 ゲスト:シオリーヌさん_2

「当事者の中にもさまざまなグラデーションがあるから難しい」 ——シオリーヌさん

シオリーヌさん そうやって、なるべく傷つく人がいないように発信をしたいと心がけてきたなかで、“人権意識をちゃんと持とう”とか、“いろんな差別に対する知識を増やそう”とか、これまでは自分なりに積み上げてきたリテラシーやルールに沿って発信をするようにしてきた。でも、今までのルールを適用しているだけじゃ足りないというか、自分のなかでベストだと思う発信をしても傷つけてしまう方がいるという状況になったときに、「これから何を自分の行動の指針にしたらいいんだろう?」って、正直戸惑いを覚えてしまって。

みたらしさん 私もパートナーとカップルチャンネルを配信してるけれど、「パートナーと一緒に視聴していたのですが、その方とお別れしてから観れなくなってしまいました」というメッセージをもらうことも少なくなくて。ただ、私の例と、詩織ちゃんが直面している不妊治療の話は、周囲に対して必要とされてしまう気遣いが全然違うはず。なぜかというと、カップルチャンネルを配信するうえで、私には「苦しみ」がないから。でも、例えば不妊治療については、その中にいろんな苦しみのグラデーションがあると思う。不妊治療1回目の人と、もうずっと治療を続けている人というだけじゃなくて、そもそも不妊治療をしていない人もいれば、なんらかの理由で受けたいけれど受けられない人、もしかしたら受けたくないのに受けざるを得ない状況の人もいるかもしれない。詩織ちゃんだって、自身の体験を通して苦しみを感じた、当事者のグラデーションの一部のはずなんだよね。そこにはいろんな当事者性があって、それぞれの立場でのそれぞれの苦しみがあるはず。そのすべてに気を配るのは、簡単なことじゃない。

シオリーヌさん 当事者の方の中にも、私の発信を「役立つ」と言ってくださる方もいる。病院に通っている様子とかを動画に残している人はなかなかいないから、「こういう治療をしている人がいるということを可視化することで、知ってもらうきっかけになる」と言ってもらえたり、これから不妊治療をしようか悩んでいる方から「こういう選択肢もあると知ることができた」とか「治療の心構えができました」というコメントをいただいたり…グラデーションのどの立場にある人でも、発信してほしいという人もいれば、ほしくないという人もいると思うので、そこも難しいんだよね。

みたらしさん だからこそ、視聴者に判断をゆだねざるを得ない部分、つまり少しでも自分の感情が揺さぶられるかもしれないコンテンツを観るか観ないかの判断をお任せするしかない部分も出てきてしまうのかなと思うんだけど…。冒頭で詩織ちゃんも言っていたとおり、「このコンテンツは自分にとってしんどいな」と感じたら離れることは大事なことだし、コンテンツから離れることで自分の気持ちを守ることも当然の行為だと思う。ただ、発信者に対してアグレッション(攻撃性)を向けてしまうのはまた違う問題かなと思う。

シオリーヌさん もちろん、自身で判断されて静かに離れていく方がほとんどだったけれど、正直なところ、ごく一部、ダイレクトな言葉をぶつけてくる方がいた。「妊娠がうまくいかなければいいのに」とか。そういった気持になる背景は理解できつつも、その方の気持ちを守ることと、個人として私の感情が傷つけられることは切り離していいはずだよなって、思うことはあった。やっぱり攻撃的な言葉を直接伝えられることはつらいし、同じようなことをSNSだったり日常生活のなかで経験している人がほかにもいるんじゃないかと。

「妊活の現場には心のケアをする専門家のサポートが足りていない」 ——みたらしさん

みたらしさん 詩織ちゃんはその方の心の状態も考えてしまうから。だからこそ、「あなたと私はあくまで別のケースだから、この部分からは切り分けて考えましょう」「自他境界をしっかりしましょう」とは言えないよね。

シオリーヌさん その方が、本当にそうしたくて振る舞っている行動とも思わないから。不妊治療中は、「私、こんな嫌なやつだったかな?」って感じる人も多いと聞く。それくらい、治療がストレスになったり、心に影響していくこともわかる。

みたらしさん 今って「セルフケア」という言葉が一人歩きしている気がして。だからこそ、セルフケアできないフェーズになってしまった人たちが、表に出ている人たちに攻撃の矛先を向けることで、自分のストレスやつらさを軽減させようとしているケースもあると思う。本当はそういった人たち一人一人をケアする専門家が必要だと思うんだよね。
 
シオリーヌさん 不妊治療の現場に精神的なサポートが不十分という現状は、身をもって感じた。病院はいつもものすごく混んでいて、内診してエコー見て、注射を打って必要な薬を処方されて…っていうだけでも3時間くらいかかってしまうのが当たり前なんだよね。本当なら、診察とかで不安な気持ちをきちんと話せたり、抱えているストレスを専門家に聞いてもらえる環境があったら、当事者同士で攻撃しあってしまうような状況は、防げる部分もあるんじゃないかなって。

みたらしさん 当事者同士が助け合えることもあれば、傷つけ合ってしまうこともあるから、正しいサポートは専門職に委ねるべきだなと私も思う。すべての不妊治療のクリニックに、カウンセリングルームがあるといいよね。もし、詩織ちゃんが通っていたクリニックに臨床心理士さんがいたら、どんなことを話せたと思う?

シオリーヌさん 私自身は不妊治療中、メンタル的にしんどくなることがあったかというと、実はそこまでではなかったんだよね。それは楽な治療だったとかではなくて、夫のつくしに思ったことを全部、話せていたから。
つくしはほとんどすべての診察に同席していたし、私がどんな治療を受けていて、どんなことを感じているのか——例えば、「やらなきゃいけない仕事がたくさんあるのに、なんでこんなに早起きして病院行かなきゃいけないんだろう」とか、「こんなに早起きして病院行ったけど、『卵が育っていない』って言われただけで帰ってきた」みたいな、積み重なっていくことでストレスになるような小さなしんどさも、その都度全部共有できたんだよね。だから、不妊治療の大変さは経験したけれども、メンタル面で不調を感じることはなかったかなと思う。
ただ、そういう小さなしんどさを全部吐き出せる相手が、身近にいない方も少なくないんじゃないかな。パートナーが毎回診察に同席してくれるというケースも多くはないだろうし、先生に対して「今の説明がよくわかりませんでした」と、納得するまで聞ける人ばかりじゃない。治療がなかなか実らないつらさや周囲の理解を得られない孤独感など、気持ちが落ち込んだときに全部を吐き出せる相手がそばにいるかどうかが本当に重要だと思うし、そういう時に心理士のサポートがあったら効果的だと感じる。

「不妊治療の現場に精神的なサポートが不十分」臨床心理士・みたらし加奈のブレイクトーク連載 ゲスト:シオリーヌさん_3

「非当事者が介入することで当事者の負担を減らせることがある 」——みたらしさん

みたらしさん 治療には痛みを伴うことも多いんだよね?

シオリーヌさん めちゃくちゃ多いよー! 周期によっては2、3日に1回くらいのペースで通って、毎回のように注射をすることもあるし、人によって差はあるけど、内診だって痛いときもある。スケジュールを組むのも大変だから、職場で「いつもすみません」って謝りながら通っている人もいると思う。

みたらしさん 身体的な痛みに加えて、「まわりに迷惑をかけている」っていう心の痛みも感じてる人たちがたくさんいるんだね。

シオリーヌさん 不妊治療のために会社を辞めたという女性も少なくなくて、「仕事が続けられなくなってしまって」という声も聞く。だから、協力的なパートナーがいて、仕事の融通もきいて、こんなに早く治療が終わって妊娠できて…そんな私に対して苛立ちを覚える人がいるのもしかたないな、とも思う。

みたらしさん そもそも、「何に苛立ってしまうのか」という視点から見つめ直すことも大事。そうすることで、本来攻撃するべき対象じゃない相手に苛立ちをぶつけていないかとか、自分自身の心のケアをしないといけないんだなとか、見えてくることがあるはず。そうやって、根本にある部分をケアしていくことが専門家の仕事でもあるので、やっぱり産婦人科の領域での心理的サポートをする専門家はもっともっと必要だね。

「不妊治療」を経て妊娠したシオリーヌさん。念願の妊娠だったものの、YouTuberとして発信を続けるなかで感じるようになった「難しさ」の根底には、妊活の現場に心のケアをしてくれる専門家が少ないという課題があったことが見えてきました。


ただ、自身がつらいと感じている体験からも「社会の課題」を浮き彫りにしていくシオリーヌさんの発言から、みたらしさんは「いち個人」としてのシオリーヌさんの心を心配しています。後編は、そんな「いち個人」としてのシオリーヌさんの心の守り方について、話が広がっていきました。



▶︎つづく後編は、明日の8:00に公開されます。

みたらし加奈

臨床心理士

みたらし加奈

総合病院の精神科で勤務したのち、ハワイへ留学。帰国後は、フリーランスとしての活動をメインに行いつつ、SNSを通してメンタルヘルスの情報を発信。現在は一般社団法人国際心理支援協会所属。NPO法人『mimosas(ミモザ)』の副理事も務める。著書に『マインドトーク あなたと私の心の話』(Hagazussa Books)がある。

今回の相談者さん
シオリーヌ

助産師兼性教育YouTuber

シオリーヌ

総合病院産婦人科、精神科児童思春期病棟にて勤務ののち、現在は学校での性教育に関する講演や性の知識を学べるイベントの講師を務める。また、性教育YouTuberとして性を学べる動画を配信するほか、オンラインサロン「Yottoko Lab.」運営。著書に『CHOICE 自分で選びとるための「性」の知識』(イースト・プレス)、『こどもジェンダー』(ワニブックス)、新刊『やらねばならぬと思いつつ〈超初級〉性教育サポートBOOK』(Hagazussa Books)などがある。

撮影/花村克彦 取材・文/千吉良美樹 企画・編集/高戸映里奈(yoi)