終わらない仕事、SNSやメディアからの絶え間ない情報、体調や環境の変化…。私たちは、日々、さまざまなストレスを受けながら生活しています。そんな中で疲れを感じていたり、漠然とした不安を抱えたりしている人は、きっと少なくないはず。

そこで、自分で自分を守り、メンタルの不調から回復するために活用したいのが「コーピング」と言われるストレス対処法です。難しいテクニックはいっさい不要! 誰でもすぐに始められるコーピングについて、その効果や取り組み方を、臨床心理士の伊藤絵美さんに伺いました!

ぬいぐるみを抱っこする女性

どんなことにストレスを感じる? まずは、それを知ることから

そもそも、「ストレスを解消しよう!」と考えるのは"ナンセンス"だと伊藤さんは言います。

「ストレスは生きている限り必ずあるもので、ゼロにすることはできません。そうは言っても、降りかかってくるストレスによって、私たちは体やメンタルに不調をきたしてしまうこともあります。そこで、自分を守り、助けるためにおすすめしたいのが『コーピング』です。

コーピングには『対処法』という意味があります。さまざまなストレスに対して適切に対処することができれば、ストレスへの耐性を高め、自分で自分の健康を保つことができるようになります。大切なのは、ストレスと"上手につき合っていく”ことです」


コーピングの最初のステップは、自分は何にストレスを感じているのかを知ることだといいます。「専門用語ではセルフモニタリングと言いますが、自分を観察することがコーピングの第一歩です。ストレスは人によって感じ方が違うもの。やみくもにコーピングをするのではなく、まずは、自分が何をストレスに感じ、それによってどんな反応が出るのかを知ることが、より効果的なコーピングへとつながります。そして観察したことは、できれば書き出してみるのがおすすめ。それによって『あ、こんなストレスに私は苦痛を感じてるんだ』とか、『このせいでお腹が痛くなっているんだ』と改めて整理することができます」

ところで同じ環境や状況にあっても、それをストレスと感じる人もいれば、そうではない人もいます。人と比べて「自分はストレスに弱い」と悩んでいる人もいるのではないでしょうか。

「ストレスを感じやすい人と、そうでない人の差には、体質や性格的なこともあると思います。気圧の変化で頭痛がしやすい人がいるように、ストレスにも敏感に反応しやすい人がいるのです。ですがそれは、ストレスをしっかり自覚できているという証拠で、対処していくには大切なこと。一方で、敏感に反応しない人が本当にストレスを感じていないかというと、そうとも言いきれず、つらくならないよう目を背けてしまっている場合もあるのです。それはかえって不健康なことだともいえます」

思い立ったらすぐできる! さまざまなストレスコーピング

次のステップとして、書き出した自分のストレスに対して、普段どんな行動をしたときに心が落ち着くかや、気分がスッキリするかを考えていきます。

「コーピングには大きく2種類があり、例えば、部屋が暑いというときにリモコンでピッと温度を変えるように、行動を起こして環境を変えるものと、暑さを忘れるようなことをイメージしてストレス反応を沈めたり変化させたりする、頭の中で行うものがあります。好きな人やキャラクターのことを考えるのも立派なコーピングなんです」

ここでは参考として、いくつかのコーピング例をご紹介します!

●イライラやザワザワをしずめる「大きなため息」

深呼吸する女性

まず息を吸い、大きなため息をつくように細く長く息を吐きます。このとき、足の裏が地面についていることを意識しましょう。

「私たちはストレスを感じると、肩に力が入って呼吸が浅くなったり、吸いすぎたりしてしまいがちです。意識も上のほうに集まっている状態です。そこで、肩の力を抜いて、息を長く吐くようにすると、体も心も緩ませることができます。また、足裏を意識することで重心が下にいき、安定感が戻ってきます」

●自分をかわいがる感覚をつかめる「ぬいぐるみ」

「ぬいぐるみをギュッと抱きしめたり、赤ちゃんを抱くようにしてトントンとたたいたりするのもおすすめのコーピングです。最初は恥ずかしいかもしれませんが、ぬいぐるみと会話するのもいいですね。できるだけ目に触れる場所に置いておき、仕事の合間など、疲れを感じたときに抱っこしたり話しかけたりするようにすると、心の緊張もほぐれるはず。私はサルのぬいぐるみの『チョコっとちゃん』をかわいがっています(笑)」

●心を安心させる「バタフライハグ」

バタフライハグする女性

両手を胸の前でクロスし、左右の胸から肩にかけて、トントンと交互に軽くたたきます。

小さい子をあやすようなイメージでトントン…と2分ほど続けてみてください。このリズムやタッチで、次第に心が落ち着いてきます。もしも一緒に暮らしている人や安心できるパートナーがいれば、トントンと触れてもらうだけでさらに効果があると思います」

●気分を切り替える「お気に入りのアロマ」

「出先でも使えて便利なのが、アロマのエッセンシャルオイルです。ストレスには、リラックス作用が期待できるラベンダーやベルガモットなどの香りがいいといいますが、基本的には自分の好きな香りでいいと思います。ハンカチやマスクに垂らして持ち歩けば、気分転換の心強い味方になりますよ。また、ストレスがたまっているとどうしても寝つきが悪くなることがあります。そんなときは、枕もとにちょっと香らせるのも効果的です」

●心の支えに「言葉を持ち歩く」

小説やマンガなどでグッときたセリフなど、心に残った言葉やフレーズをメモしておき、それを持ち歩くと支えになることがあります。紙にメモしてもいいですし、スマホのメモ機能でも構いません。不安になったとき、取り出して読み返しましょう。また、キャラクターの力を借りることも有効です。例えば『バカボンのパパ』が『これでいいのだ』と言っているイラストを見るだけで、力が湧くこともあります。自分で言うのはむなしいけれど、キャラクターが言ってくれたらすんなり受け入れられるんですよね」

●ぐるぐる思考が止まらないとき「空や遠くを眺める」

「ストレスがかかると、どうしても思考がぐるぐるとめぐってしまうことがあります。自動操縦状態になった頭の中を止めるのはなかなか難しいもの。そんなとき、無理に止めようとするのではなく、視点を変えることがポイントになります。空を見上げて雲をじっくり観察してみたり、夜空であれば月や星を眺めたり。遠くを見るだけでもいいと思います」

伊藤さんによると、コーピングでは自分ひとりでなんとかしようとするのではなく、人に助けを求めるということもとても重要だといいます。「自分の悩みやつらさを言語化し、それを受け止めてもらうことで心は軽くなります。できるだけまわりに助けを求め、人を巻き込むようにしてほしいですね」

自分のコーピングをたくさん用意しておくことが、心穏やかに生きていくコツ

今回紹介したどのコーピングも、10分もかからず気軽に取り組めるものばかり。まずは「とりあえず試してみよう!」という心構えが大切だと伊藤さんは言います。

「あるストレスに対して、これが万能ということではなく、まずは試してみてスッキリした、気持ちが軽くなったのであれば、そのコーピングは効果があったということになります。ただ、人生で降りかかってくるストレスは本当にさまざまです。1個のコーピングだけでは間に合わないということも。ですが、コーピングを100個持っていれば、そのうちの1個がダメでも、残りの99個から選ぶことができますよね。つらくなったときに頼れるコーピングをできるだけたくさん持っていることが、ストレス耐性を高め、心穏やかに生きていくために有効だと思います」

"強くなろう"としなくていい。まずは自分に優しくして

ストレスによって体調やメンタルを崩してしまったとき、ついつい自分を責めてしまうことがあります。そんな方へ向けて伊藤さんはこんなメッセージをくれました。

「『ストレスに負けた』とは考えないでほしいんです。初めにお伝えしたように、ストレスは生きている限りなくならないもの。そこで『強くなろう』とか、『持ちこたえなければ』などと考える必要はなく、まずは自分に優しくなることを考えてみてください。例えば、今しんどい状態になっているのが自分ではなく、大切な友達だったら? きっと声をかけたり抱きしめたり優しくケアをしますよね。そういう視点を自分に対しても持ってほしいんです。『大変だね』『頑張っているね』という気持ちでコーピングを行うことで、ストレスとともに生きていく力が増していくはずです」

ささやかな、自分のためのコーピングをたくさん増やし、日々のストレスケアに役立てていきたいですね!

伊藤絵美

公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士

伊藤絵美

洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長。専門は臨床心理学、ストレス心理学、認知行動療法、スキーマ療法。精神科クリニックにてカウンセラーとして勤務した後、民間企業でのメンタルヘルスの仕事に従事。2004年より認知行動療法に基づくカウンセリングを提供する専門機関を開設し、カウンセリング歴は30年以上。著書に『セルフケアの道具箱 ストレスと上手につきあう100のワーク』(晶文社)、『コーピングのやさしい教科書』(金剛出版)、『つらいと言えない人がマインドフルネスとスキーマ療法をやってみた。』(医学書院)などがある。

構成・文/秦レンナ イラスト/いとうひでみ