家族の介護、その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子ども・若者を指す「ヤングケアラー」。当事者、元当事者、そして周囲の人が、問題を改善するためにできることとは? ヤングケアラー研究の第一人者である成蹊大学文学部現代社会学科教授の澁谷智子さんにお話を伺いました。
成蹊大学文学部現代社会学科教授
1974年生まれ。成蹊大学文学部現代社会学科教授。専門は社会学・比較文化研究。『ヤングケアラー――介護を担う子ども・若者の現実』(中公新書)、『コーダの世界――手話の文化と声の文化』(医学書院)、『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)など著書多数。
誰かに相談したくなった時、ヤングケアラーが頼りにできる人や場所
——ヤングケアラー当事者が、頼りにできる人や場所はあるのでしょうか?
澁谷先生:ヤングケアラーのなかには、大ごとになるのが嫌で他人に家族のケアのことを相談しづらいと感じている人も少なくありません。しかし、「誰かに話を聞いて欲しい」と思った時には、身近なところですと、学校の先生やスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、子どもの居場所や学習支援教室のスタッフなどに頼ることができます。こうした人たちのサポートを受けることで、一人で抱え込んでいたときよりも、より多くの情報にアクセスできるようになって、選択肢が広がることがあります。
私がお話を聞いたことがあるスクールソーシャルワーカーの方は、中学生のヤングケアラーに対して高校進学サポートを特に大事にしているそうです。その学校では進路の話は7月頃になされるそうですが、ヤングケアラーの生徒には4月から準備をはじめるとのこと。担任の先生に高校の種類や奨学金の情報を伝え、その生徒とも個別に丁寧に話すことをしているそうです。こうした助けを借りることで、「ケアで余裕もお金もないし進学は無理」とあきらめていた生徒も、将来に希望を持てる可能性が出てくるそうです。
また、地方自治体ではピアサポート(当事者同士が交流できる居場所)やホームヘルパーの派遣など、ヤングケアラーとその家庭を支援する取り組みが進められています。さらに、NPOや民間団体などもさまざまなサポートを提供していますので、自治体が発行しているハンドブックなどを確認してみてください。
東京・世田谷区が発行しているヤングケアラーハンドブック「ヤングケアラーってなんだろう?」。小学生編、中学生編、高校生世代以上編の3種類があり、ヤングケアラーについての解説や困った時の相談先などがわかりやすくまとめられている。世田谷区のサイトからダウンロードが可能。
大人になって「私はヤングケアラーだった」と気づいたら
——ヤングケアラーが心身に受ける影響は、子ども時代だけでなく、大人になってからも残ると思います。元ヤングケアラーの人が、自身のためにできることはありますか?
澁谷先生:大人になってから、「ヤングケアラー」という言葉に出会い、「自分はヤングケアラーだった」と気づく方は多くいます。ケアの内容や期間は人それぞれ異なり、ケアの経験のおかげで成長できた部分もあると感謝する方もいれば、経験しないほうが良かったと思っている方もいます。また、ケアによって自分の時間を持てずに過ごしてきたため、「自分のやりたいことがわからない」とか、「これだと言えるものがない」と感じている人も少なくありません。
例えば、母子家庭で育ち、祖母の介護をしていたという元ヤングケアラーの方は、30代の時に「ヤングケアラー」という言葉をラジオで知ってから、ヤングケアラーの会に参加したり、カウンセリングに積極的に通うようになったそうです。
ほかに、日本ケアラー連盟が年に一度開催している「スピーカー育成講座」のような場所に参加する方もいます。この講座では、まず、他の人の話を聞いてから、ケアについての自分のストーリーを3〜5分の短さにまとめる作業をするんです。自分の話したいことや、話せないことを整理しながら、自分の気持ちに折り合いをつける過程は、今後の道筋を見つけるヒントになることがあります。そういった場所を見つけ、参加してみるのもいいかもしれません。
もし家族をケアしている人に出会ったら。そばにいる私たちにできること
——自分の周囲にいるヤングケアラー当事者・経験者に、何かしてあげられることはありますか?
澁谷先生:もしヤングケアラーに出会ったら、「気にかけているよ」という気持ちを伝えることが大事です。例えば、「おはよう」といった挨拶や「最近どう?」など、さりげない声かけを繰り返すだけでも、子どもや若者にとっては、自分のことを気づかってくれる人がいるという気持ちにつながり、ホッとすることもあるようです。また、子どものことを親身になって考えてくれる民生委員・児童委員や、子ども食堂、学習支援教室など、信頼できる大人がいる場所に当事者をつなげてあげることもできることのひとつです。
例えば、私がスクールソーシャルワーカーから聞いたケースでは、地方に住んでいるある子どもは、それまで家族の買い物を担っていた祖父が高齢で運転ができなくなり、代わりにその子が自転車を40分こいでスーパーに行ったり、家事を担ったりするようになりました。でも、3カ月も経つと、そうした生活はもたなくなって不登校になっていき、ようやくスクールソーシャルワーカーにつながったそうです。この子がもっと早くに信頼できる大人とつながっていたら、「買い物は生協(の宅配)を頼もうよ」で済み、不登校は防げたかもしれません。一人で背負って頑張りすぎてしまうヤングケアラーに寄り添って、具体的な選択肢を提示してくれる人の存在はとても大切だと思います。
——声のかけ方で、気をつけるべき点はあるでしょうか?
澁谷先生:ケアの経験はその人にしかわかりません。「こうしたほうがいい」という押しつけや決めつけ、相手の思いを丁寧に聞かないまま「ケアの経験にもいいところはある」とか「それはあなたの役割じゃない」と言ってしまったりするのは、控えたほうが良さそうです。
“ケアをしている”というのは、その人の人生の一部分に過ぎません。そのため、「ヤングケアラー」というレッテルを貼って理解したつもりにならないようにすることも大切だと思います。若者たちは、自分の未来についても考えています。ある30代のケアラーは、「これから就職活動や婚活も頑張っていきたい」とおっしゃっていました。彼女は、お母さんのケアを7〜8年間続けていて、仕事を辞めざるを得なくなり、ケアに専念した時期もあったとのこと。しかし、今はお母さんとの時間も大切にしながら、自分の人生も大事にしたいと考えるようになったそうです。
何が正解かは一概には言えませんが、その人たちがこれまでしてきた選択や努力に理解を示しながら、これからどうしていきたいのかを一緒に考えることが助けになるように思います。もちろん、すぐに結論が出ることではありませんが、興味のあることにつなげてあげたり、じっくりと話を聞くだけでも、その人が自分の気持ちを整理するきっかけになるかもしれません。
イラスト/クリヤガワレイ 取材・文/海渡理恵 企画・構成/木村美紀(yoi)