ジェンダーについての記事や書籍に携わる編集者・ライターの福田フクスケさんが毎回ゲストをお迎えしてジェンダーの問題についてトークしていく連載「やわらかジェンダー塾」。Vol.9のゲストは、メンズリブやポップカルチャーを研究する小埜功貴さん。福田さんがハマった男性アイドルオーディション番組の考察から、話題は思わぬ方向へと広がって…!?

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福田フクスケ

編集者・ライター

福田フクスケ

1983年生まれ。雑誌「GINZA」にてコラム「◯◯◯◯になりたいの」連載など、その他さまざまな媒体でジェンダーやカルチャーについての記事を執筆中。藤井亮『ネガティブクリエイティブ』(扶桑社)、プチ鹿島『半信半疑のリテラシー』など編集書籍多数。田中俊之・山田ルイ53世『中年男ルネッサンス』(イースト新書)など書籍の編集協力も。

小埜功貴

社会学者・大学教員

小埜功貴

1996年生まれ。名古屋短期大学 現代教養学科 助教。男性性(男らしさ)による抑圧から解放を目指すメンズリブの思想や運動,ポピュラーカルチャーを通じたファンの解放実践などを研究。主な論文に「男性ジャニーズファンによる「非男性性」の承認実践について——支配/従属からの脱構築」などがある。

『タイプロ』が見せてくれた、新しい男性の可能性

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——小埜さん、今日はよろしくお願いします! 今回は、福田さんが男性アイドルの研究をされている小埜さんとぜひ話してみたいテーマがあるそうで…。

福田さん:そうなんです。実は私、『timelesz project』(男性アイドルグループtimelesz<旧名・Sexy Zone>の追加メンバーを決定するオーディション番組。以下『タイプロ』と呼称) にハマりまして…。

福田さん:妻が先に見始めていて、一緒に見ているうちに私もハマってしまいました。私だけでなく、男性のファンも多いですよね。

小埜さん:僕が見ていたSNSの意見だと、男性は「仕事における人事」的な視点で見ている人が多かった印象です。「このやり方や伝え方、仕事に生かせる!」的な。


福田さん:「仕事に生かせる!」的なことって、恋愛リアリティーショーを見ている男性もよく言っている気がします。でも、個人的にはそれは、恋愛リアリティーショーを見ていることに対する気恥ずかしさからの“逃げ”なんじゃないかと思っていて。

小埜さん:もっと素直になればいいのにと(笑)。

福田さん:カッコつけて「ビジネス的には〜」なんて見方をせずに、もっとキャッキャして見たっていいだろうと(笑)。

小埜さん:確かにそうですね(笑)。

福田さん:『タイプロ』では最終審査の前に、残ったメンバー全員で泣きながら『RUN』という楽曲を歌うシーンがあったのですが、私としてはそこが感動の最高潮で…。

共に戦ってきたライバルであり仲間同士がたたえ合う…そういうのって、私たちが慣れ親しんできた『少年ジャンプ』的な友情と近いような気がして。だから、男性も入り込みやすかったのかもしれません。

小埜さん:確かに、『少年ジャンプ』的要素もありましたね。男性同士の親密な関係=ブロマンスに萌えるのは女性のほうが多いと思われがちですが、男性も男同士のドラマにグッとくる。

福田さん:そうなんです。そして、男性視聴者を惹きつけた理由としてもうひとつ。男性が持っている、“やわらかさ”を映していたからというのがあるんじゃないかと思っているんです。

競争してオーディションを勝ち抜いていくという意味では、いわゆる”男性的”な世界ではあるんですが、一方で、“かっこよさ”を競う中で彼らの“かわいさ”を見出せたり、“強さ”だけではなく、ときに“弱さ”や“儚さ”が見え隠れしたりする。

また、競争しつつも、候補者同士が励まし合ったり、ケアしあったりする姿も描かれていますよね。 そういう彼らの中の“揺らぎ”やブロマンス的な関係性に、惹かれた男性も多かったのではないかなと思っています。 

これまで社会では、男性が弱さを見せることは“男らしくない”とされてきました。

それが、こういったドキュメンタリーとフィンションの中間ともいえるセミフィクション的な作品の中で描かれることで、出演する彼らと自身を重ね合わせて、「ああ、男性にはこういう可能性もあるんだ」と思うことができたのではと。

男性アイドルは「かわいい」の価値観を拡張させてきた

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小埜さん:実は、僕の初めての論文は、男性アイドルの男性ファンをテーマに書いたものなんです。

男性アイドルが好きな男性って、アイドルに憧れてファッションなどを真似したい…といった気持ちももちろんあります。でも実は、彼らがいちばんエンパワーされているのは、アイドルたちが見せる“男らしくない”部分だったりするんですよね。

時に弱みや涙を見せたり、かわいらしい振る舞いをしたり…。「憧れの彼らにだってそういう部分があるんだから、自分にもあって当然だよね」と思わせてくれる。

彼らの“男らしくない”部分を好きになることで、自分がこれまで抱えていたコンプレックスをも認めてあげられる。
男性ファンはそういった目線でも男性アイドルを見ているんだと、そんな内容で書いたんです。

福田さん:確かに、日本の男性アイドルの持つ魅力って、欧米的なマッチョイズムとは違いますよね。

少し中性的な魅力があったり、いわゆる男性的ではない部分にかっこよさとか、“キラキラ”を見出すっていう文化がある。そういう部分に惹かれたり、自分を肯定してもらえている男性ファンがいるのかもしれません。

小埜さん:アイドルファンの間では、いわゆる“男らしくない”部分を「かわいい」という言葉で表現することがよくあります。世間ではネガティブにとらえられてしまうような部分も、ひとつの“人間らしさ”として承認する。

こういった考え方が、アイドル業界だけでなくもっと広がっていったら、生きやすくなる人も多いと思うんですよね。


福田さん:でも、男性である自分から男性に対して「かわいい」って、ちょっと言いづらいですね。

私は男性が言う「かわいい」には、どこか支配的なニュアンスが含まれていたり、男性自身が「かわいい」ものを未熟なもの・弱いものとして“舐めている”側面があるような気がしていて。「かわいい」と評されることに抵抗がある人も多いのではないかと思います。

小埜さん:そうですね。それは、男性が持つ「かわいい」のシニフィエ(言葉を聞いたり見たりしたときに頭に浮かぶ意味や概念、イメージのこと)が乏しいからなのかもしれません。もっと「かわいい」の価値観というか、意味するところを拡張させていってもいいのではないかと。

福田さんそういう意味では、男性アイドルは「かわいい」の価値観を拡張させてきた存在といえますね。

小埜さん:そうですね。ある種の“オルタナティブな男性性”みたいなものを築き上げてくれたと思います。

「かわいい」ものを介在させることで、“男らしさ”の鎧が取れる

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小埜さん:僕、あるときに男同士で「かわいい」ことをしてみたいと思ったことがあったんです。いつもだったら、男友達とは朝から酒を飲むような遊び方をしていたんですが、なんだか違うことをしてみたいなと。

それで、仲のいい大学院時代の同期と、アヒルボートに乗ってみたんです。子どもに戻ったような感じで、アラサー男性二人で無邪気にアヒルボートを漕いで(笑)。

そしたら途中で、アヒルボートのアヒルの上に本物のアヒルがとまったんですよ! それでゲラゲラ笑って(笑)。一緒にアヒルボートに乗って笑い合えたのがすごく気持ちよくて、相手に対しても「この人にだったらなんでも相談できるかもしれないな」って感じたんですよね。

コミュニケーションの中で「かわいい」という言葉は使っていないんですけど、「かわいい」時間を過ごすことができた。それが僕にとってはすごくいい1日だったんです。

福田さん「かわいい」ものを介在させることで、“男らしさ”の鎧が取れる。そうすることで、男性同士のコミュニケーションスタイルも変えられるかもしれませんね。

女性アイドルの男性ファンの現場では、そういった要素があるような気がします。女性アイドルを介在させつつ男性ファンが同士交流することで、フラットで、ケア的なコミュニケーションが取りやすくなる。

でもそれだと、結局は間接的に女性の手を借りてしまっているような気もして…。それこそ男性アイドルの男性ファンコミュニティーみたいな場があったら、それはひとつの理想形なのかもしれないな、と思ったりします。

小埜さん:女性アイドル側としては、ファン同士やアイドル本人に対してストーカーなどの有害な方向性にいかないのであれば、男性ファン同士で盛り上がっているのはうれしいと聞いたことがありますよ。でも確かに、男性だけでケアし合う関係性を作るにはどうしたらいいのか…。

正直、男性アイドルの男性ファンって、なかなかつながりづらいし関係性を作りづらいんですよね。そもそも、かなりのマイノリティーだから絶対数が少ないというのもありますし、いざつながっても話し慣れていないから何を話したらいいかわからないという人が多い。

普段、男性アイドルが好きな自分っていうのを出せる場がないから、いざ話そうとしても、どう表現したらいいのかわからない。

福田さん男性が男性アイドルを推すときの語彙とか作法が出来上がっていないというのもありそうですね。

小埜さん:そうなんです。男性アイドル好き男性のインフルエンサーとかもいるんですけど、女性ファンに近いようなリアクションをするんですよね。

福田さん:男性が男性を推したり、男性が男性の「かわいさ」を見出すときには、女性のリアクションをなぞるしかなくなっちゃってるんですね。

そうならないためには、従来のコミュニケーションとは違うスタイルをいかに確立していくか。難しいだろうなと思います。

小埜さん:こういう問題について男性同士で考えようとしたときにパッと思いつくのは、メンズリブのワークショップとかなのですが、それって、初めからジェンダーの問題に興味があるような人しか来ないんですよね。

そうではない人に届けるためには、やっぱりアヒルボートに誘う…ってことになるのかなと思っています。いつもの場所から幼い頃を思い出せるような場所に変えてみることで、
話す内容も変わっていくんじゃないかと思っています。

福田さ:「アヒルボート」というのは一つの例で、ぬいぐるみでもいいし、映えるスイーツでもいいし、「かわいい」を媒介に男性同士の融和的で包摂的なコミュニケーションが生まれないかということですよね。

あとは『タイプロ』のようにカルチャーのなかから、自然発生的に新しい男性性のあり方が生まれていくことにも期待したいですね。

イラスト/CONYA 画像デザイン/齋藤春香 企画・構成・取材・文/木村美紀(yoi)