今週のエンパワメントワード「苦しい時ほど人は輝くから」ー『タレンタイム〜優しい歌』より_1

タレンタイム〜優しい歌
デジタル配信中  DVD¥4,180/オデッサ・エンタテインメント
© Primeworks Studios Sdn Bhd

それぞれの違いを越えた先にある景色

大好きな映画は無数にある。でも、好きだという言葉では言い表せない、自分だけの特別な映画というものも、確かに存在する。心のどこかに宝物のようにしまい込み、ふとした折に、そこで語られていた言葉や鳴っていた音、映っていたものを思い出す。『タレンタイム〜優しい歌』は、私にとってそんな映画のひとつ。


『タレンタイム〜優しい歌』は、マレーシアの女性監督ヤスミン・アフマドが2009年に製作した映画。マレーシアで本作が公開されたすぐあと、ヤスミン・アフマドは51歳の若さで急逝。悲しいことにこれが遺作となってしまった。日本では、映画祭や自主上映という形で地道に上映されたのち、2017年にようやく劇場公開となり、いまも熱狂的なファンを増やし続けている。


タイトルの「タレンタイム」とは、マレーシア英語で、音楽や踊りなど、学生たちがそれぞれの才能(タレント)を競うコンクールを指す。本作の舞台は、タレンタイムの開催が間近に迫った、マレーシアのとある高校。自分の才能を披露しようと張り切る生徒たちとその家族、それぞれのドラマが絡み合い、協奏曲のようにひとつの物語が奏でられる。


マレーシアは多民族・多宗教からなる国。映画では、宗教や民族の違いが時に人々を分断させてしまう様子が描かれる。ピアノの才能と素晴らしい歌声を持つ少女「ムルー」は、聴覚言語障害のある少年「マヘシュ」と惹かれ合うが、ムスリム(イスラム教)の家で育ったムルーとの交際に、インド人ヒンドゥー教徒であるマヘシュの母親は猛反対する。また優等生で作曲の才能もある「ハフィズ」は、中華系の同級生「カーホウ」から目の敵にされるが、その背景には、マレー系と中華系の人々が社会で受ける待遇の違いがある。こうした背景を知れば映画をより楽しめるのは確かだが、たとえ知らないままでも、言語や宗教、民族の違いを乗り越え、登場人物たちが懸命に心を通わせようとする様には、きっと誰もが魅了されるはず。


マヘシュの母親に交際を禁止されて以来、二人で話すことすらできなくなったムルーは、コンクール当日、とても出場する気にはなれないと泣きそうな顔で訴える。だが彼女の妹「マワール」は、こんな時だからこそ出場するのだと言いきかせる。何故だと問う姉に妹はこう返す。〈苦しい時ほど人は輝くから〉。そして、「輝きたくなんかない」と反論するムルーにきっぱりと言う。「決めるのはあなたじゃない」。


それまで、姉ムルーに対し、マワールはいつも辛辣な言葉を投げつけ、批判ばかりしていた。だがそうやって姉を意識し続けてきたマワールだからこそ、姉がどれほどこのコンクールを楽しみにし、努力してきたのかがよくわかるのだ。それをあきらめようとするほど、マヘシュとの破局に打ちのめされていることも。姉の才能を誰より信じているマワールは、こんな時だからこそ歌うのだとムルーを励まし、そっと彼女の背中を押す。


この世界には、自分一人の力ではどうにもできない、理不尽なことばかりがあふれている。ムルーだけではない。ハフィズもまた、大きな苦痛を抱えている。傷つき、絶望し、それでも彼らは舞台に向かって歩いていく。〈苦しい時ほど人は輝くから〉。舞台の上で見せる彼らの輝きは、たった数分間のものに過ぎない。それでも、その輝きは私たちの中に永遠に残り続ける。

月永理絵

編集者・ライター

月永理絵

1982年生まれ。個人冊子『映画酒場』発行人、映画と酒の小雑誌『映画横丁』編集人。書籍や映画パンフレットの編集のほか、『朝日新聞』 『メトロポリターナ』ほかにて映画評やコラムを連載中。

文/月永理絵 編集/国分美由紀