今週のエンパワメントワード「もし明日がダメでもあさっては受け入れたいと思う可能性もある」ー『息子のボーイフレンド』より_1

息子のボーイフレンド』秋吉理香子 ¥1650/U-NEXT

戸惑い、ぶつかり合う家族のリアル

〈バチがあたったのかもしれない。わたしにはそうとしか思えなかった〉
こんなにも身も蓋もない書き出しがあるかと驚いて、思わず表紙を見返した。タイトルは『息子のボーイフレンド』。カバーイラストでは、二人の青年が手をつないで並んでいる。見まごうことなきLGBTQ+小説だ。


物語は、一人息子からゲイであることをカミングアウトされた母の心情の吐露から幕を開ける。「莉緒(母)」、「聖将(息子)」、「優美(母の親友)」、「稲男(父)」、「雄哉(息子の彼氏)」…と視点を変え、それぞれの心情を掘り下げていく展開は、深刻なテーマを扱いつつもコミカルで、誤解を恐れず言うならば、思わず笑ってしまうシーンも多々あった。


LGBTQ+を扱った作品をして「笑える」と書くと戸惑う人もいるかもしれないが、この物語に書かれてあることには嘘がない。だからリアルで笑えるのだ。
“リアリズムの極致はユーモアだよ”と言ったのは織田作之助だったか。


学生時代はBLにのめり込み、親友の優美と〈将来男の子が生まれたらゲイに育てよう〉とまで話していた莉緒。けれどいざ当事者になると〈どうか息子をノーマルに戻してくださいッ!〉と神に祈るような混乱ぶりだし、会社ではLGBTフレンドリーの制度を推進する役職に就く稲男も、〈他人ならいいけど息子がゲイなのはいやだ〉と、にべもない。


〈これくらい受け止められないで、親なんかやってんな、バーカ〉と唯一、優美だけは聖将たちの恋愛に寛容な態度を貫いてはいるが、莉緒の腐女子歴を聖将にバラしたり、莉緒が息子のセックスシーンを想像してしまうようなチャチャを入れたりと、顛末を面白がっている感も否めない。


こんな風に、建前やきれいごと、優等生のジェンダー観などでコーティングすることをすっかり忘れてパニクる大人の姿がこれでもかと描かれる。普通なら書くことをためらってしまうことばかり書かれているといってもいい。
でも、それがリアルで滑稽で、好感さえ持てるのは、しっかりと慌てふためき、時にはあけすけな態度や物言いで当事者を傷つけながらも、息子の性を受け入れる「その日」を目指す姿に嘘がないからだ。


〈もし明日がダメでもあさっては受け入れたいと思う可能性もある〉
物語がクライマックスに差し掛かっても、稲男は確かなことを息子たちに伝えてやることができない。駅から家に続く道々に、LGBTQ+のシンボルであるレインボーカラーのリボンを結んで二人を迎えても、〈明日になったらリボンをハサミでジョキジョキに切って漂白剤で真っ白にするかもしらん〉と、エクスキューズを入れずにはいられない。


けれどその頼りなさこそが、本当のものとして響く。
ハッピーエンドではなく、ひとつの通過点を切り取ったに過ぎないこの物語の続きを、自分ならどんな風に書き継ごう。読み終わってからずっと、試されているような心地がしている。

木村綾子
木村綾子

1980年生まれ。中央大学大学院にて太宰治を研究。10代から雑誌の読者モデルとして活躍、2005年よりタレント活動開始。文筆業のほか、ブックディレクション、イベントプランナーとして数々のプロジェクトを手がける。2021年8月より「COTOGOTOBOOKS(コトゴトブックス)」をスタート。

文/木村綾子 編集/国分美由紀