等身大の感情を絞り出した歌詞と歌声で注目を集めるアーティスト・にしなさん。インタビュー後編では、「ルッキズム」や「ジェンダー」といったテーマへのにしなさんの視点をうかがいます。これからを生きていく私たちと切り離すことのできないトピックを、楽曲を通して問いかけるのはなぜなのでしょうか。
にしな
作詞作曲をすべて自ら手がけ、人々を没入させる濃密な楽曲の世界観と、どこか儚い中毒性のある歌声で注目を集める音楽アーティスト。Spotifyによる次世代アーティスト応援プログラム「RADAR:Early Noise2021」に選出され、数々の映画・ドラマ主題歌や、CMのソングに抜擢。大学時代にジェンダーについて学んだ経験があり、多様な性や愛のかたちを歌った「夜になって」も話題に。去る1月26日に新曲「スローモーション」をリリース。オフィシャルサイトはこちらから。
今の自分を丸ごと受け入れたうえでの愛を探したい
――yoiでは今、ルッキズムやボディシェイミングに関するコンテンツが高い関心を得ています。にしなさんはそういったテーマをどのようにとらえていますか?
私には姉がいるんですが、小さい頃から体型の違いに対してなんとなくコンプレックスがありました。華奢な姉と比べて「もっと細くならないといけないのかも」と思った時期もありましたし。
でも今は、自分を好きになりたいという気持ちのほうが強くなってきました。自分に似合う服を探す、といった具体的なこともそうですし、今を丸ごと受け入れて、そのうえで、より自分自身を好きになる方法を探せたらと思っています。
――情報は日々あふれ、細分化されていき、性別を問わず「自分の見え方」への意識が高まっているように感じます。それは、時に「自分を肯定する」こととの矛盾もはらんでいる可能性もありますよね。
情報がたくさんあるからこそ、人のうらやましい部分も目につきやすいし、他人と比べてしまう。どうしてもそういうことはあると思います。そのなかで、「今の自分をちゃんと愛しながら、さらに好きになれる自分に出会うんだ!」と自分に言い聞かせられたらいいですよね。難しいとは思うんですが、常日頃、私もそう意識するようにしています。
答えを出せなくても走りつづけることが、生きてるということ
――にしなさんが「自分自身を愛する」ほうへと意識を変えられたきっかけを教えてください。
海外のアーティストをはじめ、さまざまな立場の人が考えを発信するようになった時代の空気もそうですし、アーティストとして人の目に触れる仕事に就いたことも大きいと思います。見た目や価値観に関するこり固まった偏見はどこから生まれるんだろう、と考える時間が増えました。固定概念って、歴史とか文化を通して少しずつ自分たちのなかに植え付けられていったものなんですよね。
――そういった思いを楽曲の中に込めることもありますか?
『U +(ユーアンド)』という曲は「固定概念や多様性ってなんだろう」という思いをテーマに書いた曲です。歌詞を通して「これ」と答えを提示しているわけではないけど、「今まで常識とされてきたものにとらわれているのは誰で、どうしてそうなったのだろう?」と投げかけています。
まずはシンプルに、自分の価値観を見つめ直すことが大切だとは思いますが、どうやって自分を縛るものから解き放たれたらいいのかの答えは、なかなかうまく見つけられないですよね。でも、問いつづける、走りつづけることが「生きてる」ってことなのかなとも思います。いつでもすぐに答えを出せるような何者かになれなくても、「問い」を続けることで、そこに確かに自分がいることを感じられる。それだけでもいいんじゃないかなって。
ジェンダーについて曲に書くことは特別なことじゃない
――大学でジェンダーについて学んでいた経験も曲に生かされているそうですね。
『夜になって』という曲は、自分自身を楽曲の主人公として書いていますが、当時おつき合いをしていたパートナーと、同性愛についての価値観が食い違ったときに抱いた感情を歌詞に込めています。ジェンダーについては大学で勉強していたこともあり、私にとっては「触れてはいけないもの」ではないんです。もちろん、誰もがオープンにするべきだとも思っていません。
大学1年生のときに短期留学していたタイでは、LGBTQ+についてオープンな文化だったこともあり、そのときの経験から受けた価値観の変化は大きかったように思います。今も、私のまわりの友人たちと話しているときに、こういったトピックを“特別なもの”として扱っている空気はあまり感じないですね。性的にひかれる相手が同性であっても異性であっても、「自分はこんな人が好きで」という会話のなかで自然に話題に上がる。そこに誰も違和感を持っている雰囲気はない。それぐらいラフだと思います。
――Z世代といわれるにしなさんの世代では、そういったテーマは普通に日常の中にあるんでしょうか?
普通…そうですね…。「普通」とか「正解」といったことについては、日々考えます。自分自身に問いかければ問いかけるほど、わからなくなっていく。ただ、その「わからなさ」も含め、できるだけフラットなかたちで曲を書いていけたらとは思っています。聴いている方にも、“普通かどうか”という概念にとらわれないでいてほしいですね。
そして、いろんな価値観が存在する世の中で、私の曲を聴くことで少しでも希望を持ってくれる人がいればうれしいと思います。
撮影/塩谷哲平 ヘア&メイク/山口恵理子 スタイリスト/李靖華 取材・文/田中春香 企画・編集/高戸映里奈(yoi)