この秋、ドラマの新シーズンが話題の『大奥』(白泉社)『きのう何食べた?』(講談社)など、数々の傑作を生み出してきた漫画家のよしながふみさん。最新作『環と周』(集英社)は、さまざまな“好きのかたち”を描くオムニバス作品です。環(たまき)と周(あまね)という名の、年齢も性別も時代背景も異なる主人公たち。切なくもあたたかくそれぞれの人生を描く本作をめぐって、よしながさんにお話を伺いました。

よしながふみ インタビュー マンガ 環と周-1

『環と周』 ¥748/集英社 ©︎よしながふみ/集英社

仕事帰りの環はある日、娘の朱里が女の子とキスしているところを目撃してしまう。帰宅して夫に相談するが、夫は思うところがあるようで…。実は、夫も朱里と同じ中学3年生のときに同級生の男の子を好きになったことがあった──。誰かを愛しいと思い、幸せであってほしいと願う気持ち。私たちの間に存在する、さまざまな愛を描いた珠玉の短編連作シリーズ。

よしながふみ

漫画家

よしながふみ

1971 年東京都生まれ。1994 年『月とサンダル』(芳文社)でデビュー。以降『西洋骨董洋菓子店』(新書館)、『大奥』(白泉社)、現在連載中で TV ドラマ化や実写映画化もされた『きのう何食べた?』(講談社)など、さまざまなジャンルの漫画誌でヒット作を生みだす。『ココハナ』(集英社)でオムニバス連載『環と周』を完結。10月23日にコミックスを発売。2024年より芸能界を舞台とした新連載をスタート予定。

私たちがここにいるのは、奇跡のようなめぐりあわせなのかも

――『環と周』は、巧みな仕掛けと驚きのある作品なので、まずは10月23日発売のコミックスを読んでいただくことを読者の皆さまにおすすめしつつ…。最初に各話それぞれについてお伺いできますか。

1話目は、最初にこの話を考えた16〜17年前にほぼできていたお話なんです。ちょっと驚くくらい昔ですよね。ちょうどその頃2本連載が始まって、『大奥』は最初からだいたいの長さがわかっていたので当分終わらないだろうと。でも『きのう何食べた?』は「4、5巻で完結するんじゃない?」と思っていたら…。 

――この記事が公開される10月22日は、『きのう何食べた?』22巻の発売日前日。ライフワークのような作品になりましたね。そして、『環と周』のコミックス発売日前日でもあります。まさか『きのう何食べた?』よりも前にお話ができていたなんて驚きました。

結局『大奥』が先に終わって「やっとあのお話を描けるぞ」と思ったら、15年以上たっていました。16〜17年前の時点で『環と周』の全5話のうち、3話分はもうできていたのかな。『環と周』のコミックスには、ちょっとだけエピローグ的な描き下ろしがあるんですが、それを読むと少し読み口が変わって、さらに「ああ、そういうことだったのか」と思っていただけるんじゃないかと思います。

――楽しみです。第1話は現代の夫婦のお話ですね。中学生の娘に同性の恋人がいることを知って、夫と妻それぞれの心が揺れる。連載時に第1話を読んだときはどう受け止めたらいいのかなとも感じたのですが、時間がたつにつれ、夫婦の関係性が沁みてきました。

まさに第1話では、相思相愛とは少し違うかもしれないけれど、何か含みのある夫婦を描きたいなと思っていました。『環と周』はすべてを読み終わったときに、夫婦だけじゃなくて、会社の同僚にしても、友人にしても、近所に住んでいる人たちだって、いろんな奇跡的なめぐりあわせでここにいるのかもよ、と思ってもらいたくて。 

よしながふみ インタビュー マンガ 環と周-2

©︎よしながふみ/集英社

――連載として描きはじめるまでに時間がかかったことで、構想が変化した部分はありますか?  

各話の細かい設定は最初の構想からいろいろ変わりましたが、第1話の夫婦の関係性もそのひとつです。最初は夫の周も妻の環も、もうちょっとダメなところがあったんですが、それを描くのはやめました。精いっぱい頑張っていても、人生にはままならないことなんて数えきれないほど起こる。だから、あえてストレスフルなことを描くのはもうやめようと。 

じんわり心が温まる、新時代の友情

――第2話の環と周は、ぐっと時代が遡って明治時代の女学校の同級生です。ここでは学生時代から大人になってもずっと友達でいたふたりが描かれています。

この話は担当編集者からのリクエストでした。「女学生! 明治時代!! 女学生!!!」って(笑)。  

――大和和紀さんの『はいからさんが通る』を思い出しました。

そうなんですよ! でも『はいからさんが通る』の舞台は大正時代なので、実は明治時代とは少し違うんです。明治時代といえば朝ドラの『花子とアン』くらいしか知識がなかったんですが、資料を読むと女学生たちの髪型とかもかわいくて。当時のリボンは関税がかかっていて高級品なんですが、おしゃれとしてものすごく大きなリボンをつけていたり。描いていて楽しかったです。 

よしながふみ インタビュー マンガ 環と周-3

©︎よしながふみ/集英社

――運動会に髪結競争があったりして、女学校が花嫁修行の場だった時代ですね。

マンガにも描きましたが、明治時代に「高女ブーム」があったんです。いわゆる平民の人たちも、少しお金があれば娘を女学校に入れるようになって、そこでたぶん、華族のお嬢さまたちの世界がちょっと広がったんですよね。まったく自分と同質の人しかいない世界から、ちょっとだけいろんな人がいる生活を2、3年は送ることができた。ただ、当時の女学校は卒業する人はほとんどいなくて、結婚するために途中で辞めないと格好悪かったようなんですが。

――まさに周は卒業を待たずに結婚しますが、離れて会えなくなっても手紙を通じて互いを思い合い、支え合う二人の様子が心を揺さぶります。

当時は、基本的に夫の許しがないと妻は1日外出することもできない。手紙も今から見ると不便に思えるけれど、当時としては革命的な郵便制度ができたおかげで文通ができるようになったんですよね。2話は、人の命がすごく儚かったことも含めて、時代性てんこ盛りみたいな話です。

――周の夫が「新時代だ」と呟くシーンがありますが、二人が女学校で出会って友情を育んだこと自体が当時は奇跡のようなことだったんですね。悲しいこともあるけれど、じんわり心が温まるお話です。 

よしながふみ インタビュー マンガ 環と周-4

©︎よしながふみ/集英社

「かわいそう」と言われてしまうのはやるせない

――第3話における環と周の関係性は、ご近所さんです。環は病気で死期が迫る中年女性、周はシングルマザーに育てられている子どもなんですね。時代は1970年代に設定されています。

打ち合わせで担当編集者さんが「年をとってくると、ちょっとでも若い世代に何かを残してあげたいっていう気持ちが出てくる」と仰ったんです。環が、「とにかく周親子を手助けしたい」と思う理由を、この言葉からいただいた気がしました。環は病気になって「あとは人に親切にしてもらうだけで自分の人生は終わるんだ」って思っていたけれど、最後にちょっと人に何かをおすそ分けして終われる。そういう幸せがあったのかなあって。

――病気は自分ではどうにもならなかったりもするけれど、だからといって不幸というわけじゃない。その描かれ方に、はっとしました。

そうですよね。特に環のほうは、「かわいそうだ」って言われちゃうと本人がやるせなくて。本人的には「いや、もちろん最後に病気になっちゃったのはちょっとウッとくるけれど、それまでの人生はそんなに不幸なわけでもなかったよ」って感じなんです。大家さんもいい人なんですが、ひたすら環に「かわいそうだ」って言う。環が結婚を考えていたときに親の介護でかなわなかったことやなんかを大変不憫がるんですけど、「そうでもないよ」という本人の気分を描けたらと思ってました。 

よしながふみ インタビュー マンガ 環と周-5

©︎よしながふみ/集英社

――悲しみやさみしさはあるけれど、このお話はハッピーエンドでもありますね。

特段ハッピーなエピソードがあるわけじゃないんですけどね。わかっているのは、環は病気を告知されたあと、ひとりで映画の『エイリアン』と、原宿の竹の子族を見に行っている(笑)。でもすぐにそういう遊びに飽きちゃって、おうちでプリンを作っちゃったりして。それを出された子どもの周が「プッチンプリンじゃない!」ってぎゃーって泣いて。でもなんか、全部楽しそうなんです。そこを描きたかったんですね。

――プリン、食べたくなりました。

私も描いたあとに結局自分でも食べたくなって作りました。そのうち“何食べ”にも出てきます(笑)。やっぱり、何が幸せかってわからないなと思うんです。でもなんとなく、楽しいかなと思って描く。なんなんですかね、ああいうのは。

――幸せも不幸も、絶対に自分以外の誰かには決められない。第3話には、「こういう人生の受け止め方もあるんだ」と教わった気がします。 

よしながふみ インタビュー マンガ 環と周-6

©︎よしながふみ/集英社

取材・文/横井周子 編集/国分美由紀