2023年6月、父の日にXに投稿されたnoteの「パパと私」というエッセイが「創作大賞2023」でメディアワークス文庫賞を受賞。一躍今をときめく書き手となった伊藤亜和さん。2024年6月に上梓した『存在の耐えられない愛おしさ』で自身を取り巻く人間関係や、そこで見つけた「愛おしさ」を淡々と綴る伊藤さんに、「家族」について伺いました。
注目されて初めて気づく、自分の中の欲深さ
——ジェーン・スーさんをはじめとした著名人から高い評価を受けているデビュー作『存在の耐えられない愛おしさ』ですが、多くの人に注目される文筆家になられた、今の心境はいかがですか。
伊藤さん:実際、仕事のご依頼も増えましたし、「注目されているね」って言っていただけることもあるのですが、自分的にはまだまだそんなレベルには達していないと思っています。私の中の「注目」って言葉のイメージがすごく高いところにあるのかな。街を歩いていたら「お!伊藤亜和だぞ!」って声をかけられるくらいになりたいと思っているので(笑)。
本を出す前は「この仕事でひとつくらい連載を持てたらうれしいな」と思っていたのに、人間って欲深いですね。欲しいものが手に入るとどんどんもっと違うものが欲しくなっている自分に驚いています。もうちょっと注目されたいし、ちやほやされたいし、お金も欲しい(笑)。私が言われてうれしい言葉は「かしこい」と「かわいい」なので、このふたつをもっと伸ばしていければと思っています。
はじまりは「パパと私」。エッセイにも登場する父との関係性
——noteに投稿されたエッセイ「パパと私」に登場するお父さんについて。過去に大きなケンカをしてしまったことを機に、お父さんとはもう10年近く会っていらっしゃらないそうですが、「こんなお父さんだったら、もっと仲良く過ごせていたのに」と、思うことはありますか?
伊藤さん:何を考えても、私の父は変わらず父として存在してしまっているので、“理想のお父さん”について考えを巡らせることはないですね。おじいちゃんがまるでお父さんのように接して私を育ててくれたので、お父さんがいないから何かが欠けていると思ったり、満ち足りなさを感じたりすることはないです。
でも、理想の男性像はしっかりとあって、『となりのトトロ』のお父さんがタイプ。温和で理知的な人が好きです。「温和なお父さん」にもともと憧れがあって、そういう人が男性としても好き、という混ざる感情があるのかな。お付き合いしている人に対してもどこかで父性を求めてしまうのかもしれないです。
——一方、お母さまのことは「分身」のようだと著書に書かれていらっしゃいますが、現在の伊藤さんにとってお母さんとの関係性や距離感は心地のよいものですか?
伊藤さん:うーん。心地がいいとか悪いとかでは言い表せないくらい、母親は最大の謎の生物。何を考えているのかもほとんどわからないし、口数も少ないので「岩」に近いかもしれないです。私に似ている部分もあるので、なんとなく察しはつくけども、世で言ういわゆる「お母さん」とはまったく違う存在ですね。
——世で言う「お母さん」とはどのように異なるのでしょうか。
伊藤さん:いわゆるお母さんって、ごはん食べたの?とか、早く寝なさいとか、彼氏できたの?とか心配したり、面倒をみたり、話を聞いてくれたりするイメージがありますよね。うちの母親は、家で一人でずっと本を読んでいて、ヒップホップを聴いているので。“母親”というよりも、たまに会う“親戚のお姉さん”のような存在です。
それでも、母親の機嫌をとりたいという気持ちは昔からずっとあります。なので、笑ってくれるようなことを言ったり、苦手なことを私が代わりにしてあげたり。顔色をうかがうとか、怒られたくない、といった感情ではなく、純粋にお母さんにはかわいい顔をして笑っていてほしい、そう思ってしまうんです。
「家族」という存在から湧き上がるさまざまな感情
——世間がイメージする「お母さん」に憧れはありましたか?
伊藤さん:憧れはないですが、母に対しては、正直もっと自分に興味を持ってくれてもいいのではないか、と思う気持ちはありました。実際には興味がないわけではないんでしょうけど、言葉には出さない人ですし、こちらから何か話しかけても、とんでもなくリアクションが薄いので、母親の本心がわからないことが多くって。
でも最近、私がこうして家族のことを話したり、文章にして発表したりすることで、お母さんが多少なりともリアクションをするということがわかってきたので、もっともっと書いて「驚かしたるで!」と、意気込んでいます(笑)。
——家族のことを綴ることで、普段意識していない感情が湧き上ってくるような感覚はありますか?
伊藤さん:書くときは意外とドライというか、家族という存在を客観的に見ているかもしれません。でも、同居している祖父母に対しては、「これからもずっと生きていてくれるわけではない」という気持ちが込み上げるときがあって。
本当は毎日労って、言葉で感謝の気持ちを伝えなきゃいけないのに、こんなところでエッセイを書いて、感謝の気持ちを伝えた気になっているのは情けないなぁと感じて、涙を流すこともあります。でも涙を流したからといって、自分の性格上、それを本人に素直に伝えることはできないので、そんなときは夜、二人が寝た後で、ちゃんと息をしているか寝顔を確認しにいきます。
——ご家族はエッセイストとしての活動をどのように思っているのでしょうか?
伊藤さん:祖母は私にきちんとした企業に就職してほしいという気持ちがあったから、こうして文筆家として活動している今も心配みたいで。いまだに「いつ就職するの?」と聞いてきます。そんな祖母を安心させるためにも、テレビに伊藤亜和って文字がどーんと出るようにならなきゃですね。祖母に認めてもらえるくらい、注目されるような存在になりたいです。
『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)
8月16日(金)刊行記念イベント「下北沢とコアファンと女友達」
著者の伊藤亜和さんと、エッセイ内に何度も登場するお友達、「山口」さんとのトーク(公開雑談)イベント。参加者には書き下ろしエッセイをプレゼント。オンライン配信チケットも発売中。
日時:2024年8月16日(金)19:30~21:30
会場:本屋B&B(東京都世田谷区代田2-36-15 BONUS TRACK 2F)
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撮影/玉村敬太(TABUN) 取材・文/高田真莉絵