映画『早乙女カナコの場合は』で主演を務め、恋に振り回される生真面目で不器用な主人公を演じた橋本愛さん。ステレオタイプなジェンダーロールや男女の生きづらさに真摯にスポットを当てた、作品の魅力について語っていただきました。
『早乙女カナコの場合は』
早乙女カナコ(橋本愛)は、演劇サークルで留年を繰り返しながら脚本家を目指す長津田啓士(中川大志)と付き合い始めて3年。今年こそ大学を卒業するという約束を覆した長津田と喧嘩になり、二人の関係は険悪になってしまう。そんな中、長津田はサークルに入部した本田麻衣子(山田杏奈)から積極的にアプローチされ、次第に距離を縮めていく。一方のカナコも、内定先の出版社で出会った優しくて頼り甲斐のある先輩・吉沢洋一(中村蒼)から好意を寄せられる……。
今の自分と地続きのものを感じた

──映画『早乙女カナコの場合は』に出演したいと思われた理由は?
橋本さん:一番は柚木麻子さんの原作小説『早稲女、女、男』がすごく好きだったことが大きいです。男らしさとか女らしさといったジェンダーロールや、男社会で女性が生きていくことの困難さに共感できるところが多かったので、ぜひやりたいと思いました。
──演じたカナコにどんな印象を持ちましたか?
橋本さん:映画の中では特にフィーチャーされていませんが、彼女には“男性恐怖症”というのが根底があって、性的に見られることを忌避しています。だからあえて女性らしい振る舞いを排除することで、なんとか生きやすさを獲得しているキャラクターだったので、すごく共感したし、どこか懐かしさや、今の自分と地続きのものを感じました。
性的対象とされることがすごく嫌だった

──「懐かしさ」とは?
橋本さん:私はもともと“女性と男性の特徴”というものについて考えを巡らせていた時期があるんです。でも当時読んでいた本に、男性の特徴として“冒険”や“野心”、女性の特徴として“保護”とか“優しさ”と書いていて。 それを見て「え、どっちも持っているんですけど」と思いました。
そのときから、女性と男性という二元論的な考えを排除して、ジェンダーはグラデーションだと捉えるようになりました。 自分自身のジェンダーについてもずっと疑問を抱き続けています。だからカナコのように“女性”とか“女子”として見られることや、性的対象とされることがすごく嫌だったんです。
10代の頃は、いち人間としてコミュニケーションを取りたいのに、それが叶わないことが多くありました。 幼くてまだ“人間未満”(笑)だったから、相手と対峙できる経験値も少なくて。人間的成熟度を上げて人としてコミュニケーションを取ってもらえることを、ずっと目指していた気がします。
──カナコと対象的なキャラクターとして描かれるのが、山田杏奈さん演じる麻衣子です。
橋本さん:私、麻衣子ちゃんみたいなキラキラ、ふわふわ、キュルキュルの女の子が昔からすごく好きなんです。許されるなら本当は私もそうなりたかったくらい(笑)。 ただ、映画の中で「かわいくいるのが、ずっとキラキラしてるのがどんなに大変か」というセリフがあるように、麻衣子ちゃんみたいな子たちが生まれながらにキュルキュルなわけじゃないことは知っているし、大変さも理解はしているつもりです。 そういう女の子の努力とか生きてきた軌跡に対して、撮影中は胸がギュッとなる瞬間もありました。
男性の生きづらさも可視化した映画

——カナコと麻衣子が恋する長津田が、典型的なダメ男として描かれているのも見どころですね。
橋本さん:一歩引いて客観的に見ると「なんで好きになったの?」と思うような人ですよね(笑)。ただ、私が長津田を好きだなと思ったのは、カナコのことをすごく知っているところ。 男性恐怖症であることを伝えていないのに、「なんだかんだ言ってカナコは男が苦手だからな」とか、「自分らしく生きてみろよ」とさらりと言葉をかけるんです。重ねた時間でちゃんと相手を知ることができる長津田は、素敵だなと思いました。
——カナコは長津田の「女々しいところ」、麻衣子は長津田の「男らしいところ」に惹かれるという、真逆の視点も興味深いです。
橋本さん:私自身は「女々しい」とか「男らしい」という言葉を使わないようにしていますが、この映画ではあえて、長津田の本音と建前、多面性が透けて見えるように描いています。 自由に生きているように見える長津田も、男社会で求められる自分を演じざるを得なかった。ホモソーシャル的なコミュニティが心地いい男性ばかりではないということがこの映画では可視化されているし、そのことが嬉しかったです。 監督は「男性の生きづらさをメインに描くつもりはなかった」とおっしゃっていましたが、私の中では密かに、メインテーマとして意識していました。
──キラキラした青春のシーンも見ていて楽しい作品ですが、橋本さんにとっての“青春”は?
橋本さん:“喪失”とか“獲得できなかったもの”というイメージが強いです。私にとっての青春は中学3年生の1年間。それが人生の唯一の光です(笑)。 当時はすごく仕事が忙しくて、だからこそ学校生活が貴重だったし、自ら「密度を濃く過ごそう、充実した時間にして楽しもう」と意識していました。それによってより青春が青春化された感覚です。
──具体的にどんなふうに過ごしていたんですか?
橋本さん:単純に授業中も友達との何気ない会話も、「今に刻むんだ!」と集中して、迫力を持って生きていました。記憶力はよくないほうですが、その時期のことは格段に覚えているし、今も夢にしょっちゅう同級生が出てきます。 学業と仕事を両立していた経験は、他の人にはないものとして自分の中で大切にしています。 一方で、満足に学校生活が過ごせなかったからこそ、失った青春を取り返すことが今の私の生きる原動力なんです。

──ということは、今も青春が続いている?
橋本さん:まさにその通りです。地元にもしょっちゅう帰っているし、同級生との関係も濃く続いています。東京に友達があまりいないので、友達の子どもと遊んだり、ご飯を食べたりするだけでも特別。年一回は必ず友達と国内旅行も楽しんでいます。キラキラした時間は大人になっても作れると思っています。
『早乙女カナコの場合は』
3月14日(金)より全国公開 出演:橋本愛、中川大志、山田杏奈、臼田あさ美、中村蒼ほか 監督:矢崎仁司 原作:柚木麻子『早稲女、女、男』(祥伝社文庫刊) 脚本:朝西真砂 知 愛 配給:日活/KDDI (C)2015 柚木麻子/祥伝社 (C)2025「早乙女カナコの場合は」製作委員会
撮影/新田君彦(えるマネージメント) ヘア&メイク/赤松絵利(ESPER) スタイリスト/清水奈緒美 取材・文/松山梢 企画・構成/福井小夜子(yoi)