失敗することは、これからの人生を前進させるためにとても大切な経験だと思います

新しい出会い、新しいコミュニティ、新しいことへの挑戦など、春は新しいことがいっぱい。それは、楽しいことではあるけれど、正直、不安もつきまといます。メイクアップアーティストとして日本からニューヨークへ赴き、そこでキャリアを積み上げ、今に至った吉川さん。日本からのオファーでコスメを開発し、さらに、自身ですべてをプロデュースするメイクアップブランド「UNMIX」を立ち上げ、これまでの概念にないメイクアップアイテムを発表し…と、常に新しい挑戦を続けている印象ですが、未知の世界へ踏み出すのに、不安を感じることはないのでしょうか?

ウェブメディア『unmixLove』のビジュアル

CHICCAを離脱後、ウェブメディア『unmixlove』をどうしてもやりたくて、一人で取材をして写真を撮り、文を書きました。それは何から何まで初めてのこと。

「新しいことを始めるとき、変化を前にして不安を抱くのは当たり前だと思います。でも、新しいことはチャンスでもあるんです。だから、その不安をむやみに消そうとしないで上手に受け入れ、新しい流れを自分のペースにしようと試みます。ただし、これは僕の場合。

例えば、何かに挑戦しようとする誰かにアドバイスを求められたら、僕から言えることは、『失敗してもいいから、それも含めて自分で経験してほしい』ということだけ。見ていて『あ~、このまま行ったら失敗しちゃうな』と思っても、ね。

僕にはティーンエイジャーの娘がいるのですが、彼女が何かをやろうとする姿を見ていると、失敗しないようについつい口を出しそうになってしまうんです。やっぱり親ですから。でも、それはぐっと飲み込みます。失敗を回避させるアドバイスは一見優しいし、ポジティブなイメージがあるけれど、もしかしたら自分の経験から生まれた心のくすぶりをぶつけているだけかもって気づいたんです。“できなかったことを子に託す”みたいな…。人は年齢に関係なく、自分で失敗をしなければ、本来気づくべき問題に気づけないまま。結局、本人の経験値が上がっていかないんです。つまりは、学ぶチャンスを潰してしまっているのと同じこと。だから、彼女に対してハテナと思うこともいっぱいありますが、たくさん失敗すればいいとも思っています。もちろん、意見を求められたら答えるようにはしていますが、基本は、体に危険がないかぎり、『自由に失敗してください』と静観しています」

コネチカットの枯木立の影

コネチカットはまだ冬。モノトーンの景色の中で小さな蕾を見るとちょっとウキウキします。

人の意見に引っ張られるより、自分の気持ちに素直に従って行動してみよう

 「失敗するかもしれない、痛い目に合うかもしれないけれど、自分のそのときの気持ちが『したい』のであれば、すればいいと思うんです。自分が経験したことなら、例え失敗に終わったとしても、そこから得たものは大切にできますから。まわりにできることがあるとすれば、ただ応援することかな。

そもそもアドバイスって、その人のため…というより、実は自分がしたいからしているのではないでしょうか? 自分の価値観を人に語ってしまう。でも、価値観はみんな違います。これは顔の個性にも当てはまることなんですが、『目がもう少し大きかったら』とか『唇が薄いからふっくらさせるメイクを』とか、顔の特徴に関して、あたかもそこがダメなようにアドバイスされるのは傷つきますよね」

学生だった人が社会人になる、これまでとは違う業種に就く、初めて子育てをする…など、まったくの未知の世界に飛び込むには不安もあるし勇気も要ります。そんなとき、その道の経験者からの助言はありがたいもの。でも、アドバイスはあくまでもその人の経験則。すべて従う必要はないし、何よりも、自分自身で取捨選択していくことが大切なのかもしれません。「そして、アドバイスする側も、従うことを期待しちゃダメですよね」と吉川さんは言います。

古いセメント工場で見つけた排水の水たまり

コネチカットの美しい自然の中にある古いセメント工場で見つけた排水の水たまり。その美しさに目を奪われてしまいました。

「僕はメイクアップアーティストとしての経験が30年以上ありますが、自分の経験だけに縛られてしまうと視野が狭くなっちゃう気がするんです。だから、何か特別に新しいことに挑戦するときだけでなく、毎回初めての気持ちで、それこそ自分の中では赤ちゃんのような素の状態で現場に臨むようにしています。そうすると、いろんなことに驚けるし、それをクリエイティブに昇華することができる。それが自分の学びになる。『物事を素直に見られる』って、実はすごい技だと思うのですが、クリエイティブなことをしていると、まさにこのことがすごく大切なんだと毎回感じています。

今の社会はある意味すべてがクリエイティブ。だからこそ、何かに出合ったり触れたりするとき、こうした素直で野性的な直観が大切なんじゃないかな、と感じているのです。これは何も仕事だけでなく、人に対しても同じ。出会った人と自分との間でいろいろなことが起きて、気づいて…の連続。そうして、点だったことが線となり、やがてその人とのつながりになっていくんだと思います」


新しいことは不安。でも、例え挑戦が失敗に終わったとしても、その経験が次の自分を形づくっていくはず――。そう考えたら、なんだかワクワクして新しいことに臨めそうですね。

吉川康雄

メイクアップアーティスト

吉川康雄

1983年にメイクアップアーティストとして活動開始。 1995年に渡米。2008年から19年まで「CHICCA(キッカ)」のブランドクリエイターを務める。現在は、ニューヨークを拠点に、ファッション、広告、コレクション、セレブリティのポートレートなど、トップメイクアップアーティストとして活躍中。自身が運営するウェブメディア「unmixlove(アンミックスラブ)」で美容情報を発信する中、2021年春に「UNMIX」を立ち上げる。

撮影/Mikako Koyama 取材・文/藤井優美(dis-moi) 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)