『きみは謎解きのマシェリ』糸なつみ ¥693/双葉社(アクションコミックス)
迷う心の道標となるのは、よき理解者の存在
物語の舞台は、働く女性がまだ珍しかった昭和のはじめ。銀座の探偵事務所に所属する「星野美津子」は、当時の言葉でいうところの“職業婦人”だ。警官を父に持ち、自身も警官になりたいという夢を持っていた美津子だったが、時代は女性にそれを許さなかった。彼女の夢を別の形でかなえてくれたのは、現在の上司である事務所の所長。温厚で猫好きな彼は、探偵として日々奮闘する美津子をそっと見守り続けている。
コミックの奥付を確認して驚いた。本作は、隔週発売の青年誌『漫画アクション』(双葉社)で連載されている。絵柄や表紙の感じから、てっきり少女誌や女性誌かと予想していたが、それは私の勝手な思い込みだった。年齢や性別で雑誌を読み分ける時代はもう遠くなりつつあることを、改めて実感する。
さて美津子は、女性探偵への偏見や妨害にも負けず、今日も仕事に明け暮れている。そんな彼女に声をかけたのは、喫茶店の青年ウェイター「吉田朔(さく)」だ。彼は美津子を優秀な探偵と見込んで、意外な頼みごとをする。それは、片方だけのハイヒールの持ち主探し。ある大雨の日、店の前に落ちていたというその靴には、ダイヤモンドが付いていた。この高価な落とし物は、いったい誰のものなのか。どうして取りに来ないのか──。警察に頼んでも相手にされなかったというこの謎を、美津子は朔とともに追いかけはじめる。
美津子が仕事を通して感じる息苦しさや彼女を取り巻く状況は、現代を生きる私たちにもどこか覚えのあるものだ。学生時代はもちろん社会人になってからも、何かの拍子に自分が「女性である」ことを意識させられる場面は多くある。それゆえの圧力や格差を感じるたびに味わう理不尽さとやり場のない憤りに、どう立ち向かえばよいのか。美津子は戸惑いながらも、よき理解者である所長の言葉に支えられながら、探偵としての初心に帰ろうと自分に言い聞かせる。目の前にある仕事と、誠実に向き合うために。
その後、ハイヒールの持ち主はあっけなく判明するものの、謎はかえって深まっていく。靴に込められた願いと、すれ違った想い。大雨の日に起こった出来事。美津子と朔は、靴の向こうに流れる切実な涙をすくいあげることで、切れかけた縁を深くつなぎなおす。
そのカギとなる重要な場面で、美津子は靴の持ち主に告げる。たとえ時間がかかっても、つらい思いをしたとしても〈あなたの声に 耳を傾けてくれる人は必ずいます〉と。それは、“ともに歩もう”と寄り添ってくれる人と出会うことで救われた、かつての自分にむけた言葉であり、その心強さを知っている者としての助言でもあった。彼女のまっすぐな瞳は、理解者がいることで乗り越えられることや開ける道があることを、私たちにも物語る。
ちなみに紙の本で買われた方は、コミックに付いているカバーをめくって、その下のイラストを見てほしい。著者の遊び心がそっと潜んでいて、思わずうれしくなった。紙で買う醍醐味を、ぜひ。
女性マンガ家マネジメント会社広報
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家・クリエイターのマネジメント会社であるスピカワークスの広報として働きながら、小さな書店でもアルバイト中。
文/田中香織 編集/国分美由紀