『ガクサン』佐原実波 ¥715/講談社(モーニングKC)
凸凹コンビが届ける“学びかた”のヒント
物語は、26歳の「茅野(かやの)うるし」が学習参考書の出版社へ入社した場面から始まる。雑貨店や喫茶店のバイトを転々としたのち、営業部の内勤事務として中途採用された彼女は喜びでいっぱい。だが初出勤早々、目の前に現れた謎の男性「福山」に命じられ、彼と書店の店頭販売へ向かうことになる。事情がのみ込めないうるしに対し、福山は業務を説明しながら彼女の転職歴に触れ、「よほどの飽き性かミーハー」とうるしを鼻で笑う。
初対面の相手から受けた暴言に、絶句するうるし。だが彼の指摘通り、出版業界への憧れからなんとなく転職した彼女には、学習参考書についての知識がまったくない。そのうえ、人より夢中になれる趣味も特技も持てずに過ごしてきたうるしは、「何をしても胸を張れる答えが見つからない」と、これまで抱えてきた虚無感を思い出し、目を伏せる。
読みながら、肩を落とすうるしのそばに行き、声をかけたくなってしまった。学生時代、夢を追いかけ趣味に夢中になっていた友人たちが、どれほどまぶしく見えていたことか。一方で、足を踏み出そうにもどうしたらよいのかわからず、立ちすくんでいた当時の自分もはっきりとよみがえる。あの頃の心細さと自信のなさに、こんな形で出会うとは…!
気落ちしたままのうるしに、一人の男子中学生が声をかける。てっとり早く英語の点数を上げたいという彼に、うるしが自社の本すら紹介できずにいると、学参オタクの福山は彼の制服から通う学校と現状を見抜き、「『大人』でなければ参考書で勉強する資格はない」と言い放つ。その言葉に中学生は泣き出し、うるしは狼狽するが、福山の言葉には真意があった。
本作は著者の初連載で、青年漫画誌『モーニング』に掲載されている。物語の柱はタイトル通り、書店の一角を占めるジャンルである “学習参考書”、すなわち学参(ガクサン)だ。その売り場はコミックや児童書と親和性が高く、隣同士に配置されることもよくある。コミック担当の書店員だった私も、学参の担当者と仲良く働いていた。そして学参は誰しもに身近なジャンルであるわりに、その実情は知られていない部分が多い。そのため連載の開始を知った時には、「お隣に日が当たった!」とうれしくなった。
さて福山は参考書の使い方とともに、自力で勉強する方法を中学生に説いていく。その言葉に納得しつつも、継続の必要性に呆然とする中学生だったが、福山はさらに“体系的に物事を理解する方法”が重要だと念を押す。〈そうすりゃ年を食っても勉強以外でも 好きなことをなんだって身につけられる人間になれる〉──それは幼い頃のうるしが、勉強の大切さを語る父からかけられた言葉であり、今の彼女の心を震わせるひと言でもあった。
福山が提示する「勉強の仕方」は、現在学参を使っている人だけでなく、「これから何かを学びたい」と考えている社会人にこそ有益だ。一人で勉強することは難しいが、その困難さがどこにあるのか、どう学べば向上できるのか。わかりやすく語られたものは多くない。福山の学参への熱意は、新たな一歩を踏み出したうるしの奮闘とともに、学び続けようとするあなたの背中をきっと押してくれるだろう。
文/田中香織 編集/国分美由紀