今週のエンパワメントワード「男でも女でも 友だちでも恋人でも 自由に…好きだって言えたらいいのになぁ」ー『彼らをたどる物語』より_1

彼らをたどる物語』チョコドーナツ ¥825/ふゅーじょんぷろだくと
©チョコドーナツ/ふゅーじょんぷろだくと

まっすぐに誰かを愛するということ

ささやかな恋の物語だ。幼なじみとして育った二人が、互いの想いを知り、付き合い、結婚するまでの日々。その長い時間をそっと見守ったのは、さまざまな女性たち。立場も年齢も異なる彼女らは、二人の一時期を知る語り手として、一話ずつ入れ替わりながら彼らの恋を紡ぎ出す。

最初に登場するのは、小学校一年生の「マナ」。はじめて迎えた夏休み、仲良しの「守(まもる)」とともに、友達が誰も来ない公園へと足を延ばしたマナは、ベンチで語らう二人の男子高校生と出会った。最初は二人を怖がるマナと守だったが、毎日公園へ通ううち、一緒に遊ぶようになる。そんななか、マナはふとしたことから、二人の距離が近いことに気がついた。「…暑いならはなれて座ったらいいのに…」首をひねるマナだったが──。

本作は、隔月刊のBLアンソロジー『BABY』で発表された連作短編をまとめた一冊。男性同士の恋愛を描くボーイズラブ作品としては珍しく、どのお話も女性の視点から描かれている。そして彼女たちが見つめる二人の名前も、話の途中までは出てこない。彼らはあくまで「公園のお兄ちゃん」や「コンビニのお客様」として、名を知られぬまま彼女たちの日常に存在する。

さて楽しい日々を送っていたマナは、ある日、同級生の女の子たちから守との関係性をからかわれる。彼女たちの言葉に腹を立てたマナは、守を連れて公園に着いたとたん、お兄ちゃんたちの前で号泣してしまう──納得できないことに抗おうとするマナの悲しみと悔しさに、「あったあった、そんなこと」と、古い記憶が呼び起こされた。ある時期から男子は男子、女子は女子と一緒に遊ぶのが「普通」とされた居心地の悪さ。一方で歳を重ねると、今度は「男子と女子が付き合うこと」を特別視する空気と、それに染まれなかった戸惑いが、くっきりとよみがえる。そんな成長の過程で誰しもどこか覚えのある心の機微を、著者は彼らの恋と併せて丁寧に描き出す。

マナの涙を目にした二人は、彼女がこの場所までわざわざ来ていた理由を察し、それぞれ違ったアドバイスを伝える。ちょっと怖そうなお兄ちゃんは「気にすんな!」。苦笑しながらそれを受けとめた優しそうなお兄ちゃんは、マナの気持ちを肯定しながら静かにつぶやく。〈男でも女でも 友だちでも恋人でも 自由に…好きだって言えたらいいのになぁ〉と。周囲の視線を気にしないことの難しさと、男女という枠に押し込められる窮屈さは、彼にとっても決して他人事ではなかった。

誰かの幸せを見守り、願うこと。そして誰かを想い、相手を大事にしながら暮らすこと。そこに性別の違いはまったくない。ただそれだけのことが、当たり前に、穏やかにかなう世界になってほしい。二人を見守る一人として、私もそう祈りながら、彼らの恋を読み終えた。

田中香織

女性マンガ家マネジメント会社広報

田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行なってきた。現在は女性漫画家・クリエイターのマネジメント会社であるスピカワークスの広報を務めている。

文/田中香織 編集/国分美由紀