今週のエンパワメントワード「どの人生も前例のない実験だ。この人生はわたしだけのもの」ー『「本当の」わたしに会いにいく』より_1

『「本当の」わたしに会いにいく』グレノン・ドイル(著)、坂本あおい(訳) ¥1,980/海と月社

ほかの誰でもない“わたし”を取り戻す

自分らしく生きる方法は、どうやったら見つかるのだろうか。

生き方も、この先の未来も、どこかの誰かが示してくれる正解があるわけではない。先行きが不透明で不安が蔓延する現代社会を生きる私たちは、どこへ向かったらよいのだろうか。

著者のグレノン・ドイルは作家で社会活動家、1男2女の母親。10代から過食症と依存症に悩まされていたが、現在はアメリカ女子サッカーのレジェンド、アビー・ワンバックのパートナーである。でも、そんなふうに彼女を説明するのは、何か少し違う気がする。グレノンは、とても繊細で、傷つきやすく、不器用なところがあるけれど、勇気があって自分に正直。自分の思い込みに気づいたらそれを打ち破り、新しく創造できる。喜びに忠実で、世間から「こうであれ」とされる檻から出て、自由に生きることを伝えてくれる。つまり、魅力的な人だ。

『「本当の」わたしに会いにいく』(海と月社)は、そんな彼女が自分の人生や体験を振り返って考えたこと、どう生きるか、何を選択するかといった新しい価値観などについて綴ったエッセイである。

その語りは赤裸々だ。高校生のときに、人気のある生徒の証しである〈ゴールデン〉に選ばれたくて投票で不正をしたこと、過食しては嘔吐を繰り返し、トイレに顔を突っ込んでいたこと、その後はアルコール依存症になったこと。結婚後は夫の不倫に悩み、Googleの検索バーに悩みを打ち込んでみたこと。またあるときは、額のシワが気になってボトックス注射をしたことだって包み隠さず明かす。

どちらかというと人に言いたくない、隠したい過去や心の傷と向き合ってきた彼女の語りは、誰もがうらやむような華やかな人物でも私たちと違わぬ悩みや苦しみを抱え、迷いながら生きる一人の人であるという共感を強く感じさせる。そうした彼女が“本当の自分”についての気づきを得ていく過程が、本書では丁寧に描かれている。

〈どの人生も前例のない実験だ。この人生はわたしだけのもの〉

誰かが選択した前例や、カテゴライズされた何かが示す「すべき」とか「正しい」身の処し方は、人為的なもので、野生ではない。それでは他人の人生を生きることになる。彼女は、自分の人生、つまり本当に自分自身が納得できる生き方を見つける方法を探してクローゼットの奥に閉じこもり、ある種の瞑想に近い方法を試して自分の心を深く沈め、感覚をとぎ澄ましているうちに浮かび上がってくる答えを待つ〈知覚:ノウイング〉に耳を澄ましていく。

やり方はそれぞれでいいのだと思う。違和感を感じたことに向き合ったり、本当に望んでいることを思い描いたり。立ち止まり、感じて考える方法は、きっとほかにもあるだろう。

傾けるべき声に耳を澄まし、迷いの中で身と心の処し方を決める。そうして選んだ選択が違うと思ったら、その時また別のあり方を探したらいいのだ。迷って、悩んで、その時々に決めた道を歩んでみる。きっとそんなジタバタした歩みが、自分らしく生きていくということなのだから。

宮台由美子

代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ

宮台由美子

代官山 蔦屋書店で哲学思想、心理、社会など人文書の選書展開、代官山 人文カフェやトークイベント企画などを行う。毎週水曜20:00にポッドキャスト「代官山ブックトラック」を配信中。

文/宮台由美子 編集/国分美由紀