今週のエンパワメントワード「世界は美しい。世界は思いやりにみちている。」ー『世界はこんなに美しい アンヌとバイクの20,000キロ』より_1

『世界はこんなに美しい アンヌとバイクの20,000キロ』
エイミー・ノヴェスキー:文 ジュリー・モースタッド:絵  横山和江:訳 ¥2,200/山烋のえほん(工学図書)

女性ジャーナリストが体感した世界の美しさと優しさ

ふと思い立ち、十数年ぶりに期限切れのパスポートの申請手続きをしてきた。コロナ禍で世界の人々の動きが止まっていたここ数年。ようやく少しずつ復活の兆しが見えてきたのを機に、もしあれこれと些事を考えずにどこへでも行けるとしたら、いったいどこへ行こうか?

『世界はこんなに美しい アンヌとバイクの20,000キロ』は、1973年に女性ジャーナリストとして初めてバイクでの単独世界一周をした、実在の人物アンヌ=フランス・ドートヴィルについて描かれた色鮮やかな美しい絵本である。彼女は「いろんな場所へ行ってみたい」「世界じゅうを旅したい」と思い立ち、目を閉じて「道の声」に耳をすませて、たった一人バイクでパリを出発した。

昼間はバイクで自然を駆け抜け、自由を満喫する。夜はテントをたて、焚き火をおこす。女性が一人旅をする機会が少なかった時代、もの珍しさにジロジロ見られることもあった。一方でコーヒーをごちそうしてくれる人や、バイクの見張りを進んでやってくれる少女たちなど、親切にしてくれる人も多かった。

「今日はここまで」とバイクをとめたら、おしゃれをして、たった1ドルで晩ごはんを食べに行く。アラスカでは、ユーコン川に浮かんで夜空の星屑やオーロラを眺める。世界と出合いながら思いのままに過ごす彼女の旅は、美しい世界の風景と訪れる先々での人々とのあたたかい交流で彩られていく。

〈世界は美しい。世界は思いやりにみちている。〉

旅のあいだには、転んだり、バイクが故障したりするアクシデントにあうこともあった。でも怖さや危険を感じることはなかったという。未知の世界を知りたいという好奇心にあふれたアンヌにひかれて、旅先の人々は思いやりを持って接してくれたのだろう。

残念なことに彼女が訪れた世界のなかでもバーミヤンの仏像の上から見た美しい景色は、後年破壊されて、今は見ることはできなくなってしまった。世界の美しさをこの目で見て、感じることができる機会は永遠ではない。政情の大きな変化で状況が一夜にして大きく変わってしまうこともある。旅する自分のほうに、向かえない事情がでてくることもある。だから旅先の景色と人々との出会いは幸福と偶然の賜物なのだ。

今のところ予定はないけれど、私もアンヌのように目を閉じて、「道の声」に耳をすませてみる。異国の匂いや風景を想像していたら、遠くのどこからか、旅へと誘う声が聞こえてくるかもしれない。 

宮台由美子

代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ

宮台由美子

代官山 蔦屋書店で哲学思想、心理、社会など人文書の選書展開、代官山 人文カフェやトークイベント企画などを行う。毎週水曜20:00にポッドキャスト「代官山ブックトラック」を配信中。

文/宮台由美子 編集/国分美由紀