『猫たちのアパートメント』から考える、誰もが幸せに生きられる世界のつくり方

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『猫たちのアパートメント』
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韓国、ソウル市内にある巨大な団地が、老朽化のため再開発される。人々は名残惜しそうにしながらも徐々に引越しの準備を進め、取り壊しがはじまる。ところが、ここに事情を理解できない住民たちがいる。長年団地の敷地内で暮らしてきた野良猫たちだ。多くの住民に愛され、毎日たっぷりとエサをもらってきた猫たち。住民たちがいなくなり建物が取り壊されたら、彼らはどうなってしまうのだろう?



チョン・ジェウン監督の『猫たちのアパートメント』は、2017年に再開発が決まった「遁村(トゥンチョン)団地」に住む250匹もの猫と、その保護に奔走する女性たちを映したドキュメンタリー映画。2年半の時間をかけて撮影された本作は、猫を愛する住民の声によって生まれた「猫の幸せ移住計画クラブ(通称:トゥンチョン猫の会)」の活動を追い、彼女たちがどのように野良猫たちを保護し、移住させたのかを映し出す。



団地を自由に歩き、気持ちよさそうに居眠りする猫たちは、好きなだけエサを食べているらしく、皆でっぷりと太っていて幸せそうだ。でもその幸福な暮らしは、あくまで人間の管理があってこそ。自由奔放に見える猫も、路上に放り出されれば、すぐに困窮し危険と隣り合わせの生活になってしまうだろう。



なんとか野良猫たちを安全な場所に移住させようと、トゥンチョン猫の会は何度も会議を開く。猫の捕獲方法、避妊・去勢の問題、移住先の確保と、課題は次々に浮かび上がる。そして次第に意見が割れ始める。野良猫へのエサやり自体に問題があったのでは? 人間の事情で猫を移住させる方が勝手では? 誰もが猫を愛している。だからこそ意見はなかなかまとまらず、会議は紛糾する。そんななか、メンバーの一人の言葉に胸を撃たれる。〈猫が本当に幸せになる方法を考えましょう〉と彼女はきっぱりと言う。「いろんなアイディアを出し合って猫にとっていちばんいい方法を考える。それが私たち全員の願いです」



そういえば、この映画のなかで野良猫の保護活動に乗り出すのは皆、女性ばかり。もともと猫にエサをあげかわいがっていたのも、「猫ママ」と呼ばれる女性たちだったという。犬よりも野良になりやすい猫たちは、どうしても世間から見過ごされやすく、社会の片隅に追いやられがちだ。そんな彼らを救おうと無償で活動を続けるのが、一般的にその存在を軽んじられがちな女性たちであるという事実に、心を動かされる。この映画の監督チョン・ジェウンは、2001年に手がけた初の長編劇映画『子猫をお願い』でも、高校を卒業したばかりの5人の女性たちが直面する困難を、一匹の子猫の行く末とともに描いていた。社会のなかで女性と猫がどのように扱われるのか。かわいらしい猫たちを映した『猫たちのアパートメント』の根底にも、やはり社会を見つめるたしかな視線がある。



社会を生きる厳しさを知るからこそ、会のメンバーたちは、猫が直面する現実の過酷さにも気づくことができる。だから猫が幸福に暮らせる社会は、どんな人も幸せに生きられる世界であるはずだ。〈猫が本当に幸せになる方法〉とはつまり、人間が幸せになる方法でもあるのだ。なかなか終わりの見えない彼女たちの奮闘を見つめながら、大きな枠組みからはこぼれ落ちてしまうような、小さく弱い存在、でもふてぶてしく生きる意志を持った存在にこそいつも目を凝らしていたいと、心から思った。

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月永理絵

編集者・ライター

月永理絵

1982年生まれ。個人冊子『映画酒場』発行人、映画と酒の小雑誌『映画横丁』編集人。書籍や映画パンフレットの編集のほか、『朝日新聞』 『メトロポリターナ』ほかにて映画評やコラムを連載中。

文/月永理絵 編集/国分美由紀