「BAILA」「クーリエ・ジャポン」ほか数々のメディアで執筆するライターの今祥枝さん。yoiの連載「映画というグレー」では、正解や不正解では語れない、多様な考えが込められた映画を読み解きます。第2回は、仕事に行き詰まった二人の女性が、人生の岐路に立ち、生き方を問うこちら。

今 祥枝

映画・海外ドラマ 著述業 ライター・編集者

今 祥枝

『BAILA』『クーリエ・ジャポン』『日経エンタテインメント!』ほかで、映画・ドラマのレビューやコラムを執筆。米ゴールデン・グローブ賞国際投票者。著書に『海外ドラマ10年史』(日経BP)。イラスト/itabamoe

人生崖っぷちの女優とディレクターが、ドキュメンタリー映画の撮影に挑むが問題続出

映画 女優は泣かない 主演の梨枝を演じる蓮佛美沙子の写真

スキャンダルで仕事を失い、渋々引き受けたドキュメンタリーの撮影のために、10年ぶりに故郷の熊本に帰ってきた梨枝。なるべくこっそりと撮影したいと思うが、すぐに小さな町に噂が広まり、折り合いの悪い家族と対峙することになる。梨枝を熱演するのは、『鋼の錬金術師 完結編 最後の錬成』『あちらにいる⻤』『スイート・マイホーム』と出演作が相次ぐ蓮佛美沙子。

これが自分の生きる道。そう思える仕事、やりたいことが見つかった人は、一般的に幸せな人たちだと言われる。

それは間違いないと思う一方で、これと思い入れて、あらゆることに優先して全身全霊で仕事に打ち込んできたからこその挫折もあるだろう。例えば、ある年齢に差しかかり、理想と現実のギャップに耐えられなくなる瞬間がやってきたときのことを考えると、居た堪れなくなる。それは多くの人にとって受け入れ難く、とてつもない痛みを伴うものだろう。

スキャンダルで女優(職業名としては俳優であるべきと考えるが、ここではタイトルで使われている言葉を使用)の仕事を失い、故郷・熊本で「密着ドキュメンタリー」の撮影を渋々引き受ける梨枝(蓮佛美沙子)。そして、ドラマ部を切望している若手ディレクター、咲(伊藤万理華)。この何もかもソリが合わない二人が、ドキュメンタリーを撮影しながら本音をさらけ出す『女優は泣かない』は、まさにそうした痛みを真っ向から見つめたドラマだ。

梨枝は、夢を叶えるために、母親の七回忌も姉の結婚式も欠席した。そして今、仕事で帰郷するも家族には内緒にしている。だが、小さな町ではすぐに噂が広まり、顔を合わせる羽目に。

かつて大ゲンカした父は今、がんに冒されていることを知りながら、父を避けている梨枝に怒りを顕にする家族。それでも強い気持ちで女優としての再起を図ろうと意地とプライドで自らを奮い立たせる梨枝に、「そんなに芝居うまくないよね? 今まではかわいいからなんとかなっていたけど」といった咲の容赦ない言葉の礫が投げつけられる。

一方の咲は、同期がドラマのディレクターを手がけることになり、いつまでも意に沿わない現場で燻ぶっていることに焦りと苛立ちを隠せない。「言われた仕事で結果出せ」と言われて奮闘するも、空回り。ドキュメンタリーを面白くするために、梨枝の家族との確執をカメラに収めようと「プライベートでも身内でも、使えるものはなんでも使う。それがプロだと私は思っている」と断言。いかにも業界人的な傲慢さを発揮する。

果たして、この二人の共同作業はうまくいくのか?

映画 女優は泣かない 若手ディレクターの咲を演じる伊藤万理華の写真

梨枝と反発し合う若手ディレクター、咲を熱演するのは伊藤万理華。2011年〜2017年、乃木坂46一期生メンバーとして活動後、『サマーフィルムにのって』「お耳に合いましたら。」「旅するサンドイッ チ」「宝飾時計」など映画やドラマ、舞台と幅広く活躍している。

やりたい仕事が見つかったからこその苦しみもある

映画 女優は泣かない 何もかも意見が合わない梨枝と咲の写真

コミカルなタッチでつづられるが、ぐさぐさと心に刺さるセリフの応酬が真に迫る。監督・脚本は、CM プランナーであり、「働かざる者たち」「おしゃれの答えがわからない」「面白南極料理人」「賭けからはじまるサヨナラの恋」など数々のドラマ作品の脚本・監督を手がけてきた有働佳史。生まれ育っ た熊本・荒尾を舞台に、本作で⻑編映画監督デビューを飾った。

かたくななまでに自分の夢、仕事に固執する梨枝と咲は、正直なところ倫理的にも褒められたものではない。映画を観ながら、二人の生き方、考え方に反発や時代にそぐわないと感じる人もいるだろう。

しかし、本作にはそうした客観的に他人の生き方をジャッジする、あるいはどう生きたらいいのかなどという訳知り顔な視点は皆無だ。代わりに、本作で脚本を手がけて長編監督デビューを飾った有働佳史は、二人の「絶対に夢をあきらめたくない」という気持ちに徹底して寄り添う。それは、今仕事になんらかの悩みを抱えている人にとって、とてつもなくやさしく感じられるのではないだろうか。

梨枝や咲のように、やりたいことが見つかり、ほかの多くのことをあきらめて努力してきたとしても、自分が思うような結果を出せるとは限らないのは世の常だ。自分には才能がないのかもしれない。さらに言えば、それはもう努力ではどうにもならないことなのかもしれない。そんな思いが頭をよぎる瞬間の心が張り裂けるような痛みを、梨枝と咲というキャラクターを通して伝える蓮佛と伊藤の演技は、彼女たち自身の心の叫びでもあるかのようでもあり真に迫る。

やって後悔するか、やらなくて後悔するか。どちらを選んでも人生に唯一の正解はない

映画 女優は泣かない ドキュメンタリー映画を撮る梨枝と咲、地元タクシー運転手の写真

ドキュメンタリー映画に取り組むも、何もかもがうまくいかない梨枝と咲。咲はどんどん過激な方向へ「物語」を進めようとするが……。梨枝の同級生で地元のタクシー運転手、明るく無邪気な猿渡拓郎を、 NHK連続テレビ小説「⻁に翼」や映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の上川周作が好演。

何事にも潮時というのがあって、引き際も大事だという思いは、きっと誰もが頭の隅にある社会通念だろう。

だからといって、人生を懸けてここまでやってきたことを、いつ、どの時点で手放す決断をすればよいのか? それは今なのか、それとも……? と思いが揺れる梨枝と咲。しかし、苦しみながらも、目を背けようとしていた自分自身の現在地を正確に認識し、受け入れることから一歩を踏み出す。



難しいのは、この問いに正解はないという点だ。そもそも生き方に、たったひとつの正解などありはしないのだから。

多くの人は、どう生きても、きっといつかは何かしら、大なり小なり後悔するときがくるのだと思う。だとすれば、今恐れるものは何なのか? あきらめてしまったことへの後悔か、あきらめなかったことへの後悔なのか。

才能がなくても、身勝手な人間だと思われても、それでも手放せないものが人生にはある。それが愛でも仕事でも家族でもお金でも、何であるのかは、人それぞれでいい。仕事であるならば職業として続けることに固執せず、本当に自分がやりたいことへの取り組み方の選択肢は、昔よりずっと増えているはず。

一方で、本作はどちらがいいとか悪いという話でもない。ただ、情熱を傾けることができる仕事がもし今目の前にあるのだとしたら、他人の評価は関係なく、それに邁進する自分の強い思いを、自分だけは肯定してあげてもいいのではないか。そう思った瞬間、ふと熱いものが込み上げてくるのだ。


映画 女優は泣かない 梨枝を演じる蓮佛美沙子と咲役の伊藤万理華の写真

梨枝の生まれ故郷であり、ドキュメンタリー撮影の舞台となったのは熊本県北⻄部にある荒尾市。主なロケ地は、熊本県荒尾市内、荒尾干潟/熊本県阿蘇市、大観峰/熊本県山鹿市、八千代座/熊本県山鹿市、千畳河原/熊本県菊池市、阿蘇くまもと空港など。映像の美しさにも特筆すべきものがある

『女優は泣かない』12月1日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

原作・監督・脚本:有働佳史
出演:蓮佛美沙子、伊藤万理華、上川周作、三倉茉奈、吉田仁人、福山翔大、緋田康人、浜野謙太、宮崎美子、升毅ほか
ⓒ2023「女優は泣かない」製作委員会