幼い頃、男の子になりたかった。いつも短いマッシュルームカットにショートパンツ。それは男の子偏重主義の、旧態依然とした家庭環境のせいだったろうか。さて、公開ヒット中のフランス映画『トムボーイ』の主人公ロールも、男の子になりたい女の子だ。でもロールの場合は、外からのプレッシャーではなく、もっと体の内側から女の子であることに居心地の悪さを感じている様子。
ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットの娘シャイロが「男の子になった!」との見出しでパパラッチされたり、男の子と思って養子縁組した子どもが「女の子」として生きることに寄り添うとシャリーズ・セロンが表明したり、近年、注目を集めてきた性自認の問題。でも『トムボーイ』のロールは、確かに違和感を覚えてはいるもののまだ確信には至っていないようで、両親も、ボーイッシュなのは娘の個性ぐらいにとらえているみたい。
かわいくて目が離せなくなる主人公を演じるゾエ・エラン。オーディション初日の出会いを、セリーヌ・シアマ監督はロマンティックな物語のようと語る。
10歳の夏休み。ロールは、妊娠中のママとパパ、クルクルの巻毛が愛らしい妹と新しい街に越して来た翌日、同じ団地に住むリザから「新入りの男の子?」と声をかけられる。とっさにうなずいたロールの内で何かが弾ける。「ミカエル」と名乗った瞬間から、家の外では男の子“ミカエル”としての日々がスタート。リザに連れられて、男の子グループのサッカーに加わると、皆と同様にTシャツを脱ぎ捨て、キラキラと瞳を輝かせてボールを追う。少し胸が膨らんだリザと違って、“ミカエル”の裸の上半身は少年そのもの。
ところが、リザから「明日はみんなで泳ぎに行くよ!」と誘われたから、さあ大変!赤いワンピース水着を引っ張り出して、ハサミでジョキジョキ。でもまだ何か足りない。そうだ!とばかり、妹の粘土を失敬して……!! 奮闘努力の甲斐あって作戦は大成功。すっかりグループの仲間入りを果たしたミカエルに、紅一点のリザは熱い眼差しを向け始める。
引っ越しの翌日、リザに男の子?と声をかけられたことから、ロール/ミカエルの二重生活が始まる。
この地で初めてできた友達リザは、ミカエルにとっても特別な女の子になっていく。ところが9月の新学期が近づくある日、恐れていたことが不意に訪れ……。自由と興奮、そして嘘がバレるのでは? という恐怖がせめぎ合うロールとミカエルの二重生活をスリリングに描く物語は、しかしロールの泣き顔だけでは終わらない。
監督は、脚本を担当したクレイ・アニメ『ぼくの名前はズッキーニ』や、『燃ゆる女の肖像』が2019年カンヌ国際映画祭の脚本賞とクィアパルム賞をW受賞したセリーヌ・シアマ。フランスを代表する注目の監督のひとりとなった彼女は、ラストで息も絶え絶えのロールの魂を救う瞬間を捉えて幕を下ろす。愛しくて切なくて目が離せない『トムボーイ』。希望と生への祝福に溢れた映画に、きっとあなたの心もふるえるはず。
バレエのチュチュが大好きな妹ジャンヌは、ロールの秘密を知る唯一の味方。かわいい妹のためにミカエルが我を忘れたことから、恐れていた事態に。
『トムボーイ』
新宿シネマカリテほかにて公開中
文/久保玲子 © Hold-Up Films & Productions/ Lilies Films / Arte France Cinéma 2011