数々のメディアで執筆するライターの今祥枝さん。本連載「映画というグレー」では、正解や不正解では語れない、多様な考えが込められた映画を読み解きます。第9回は、ユアン・マクレガーと実の娘であるクララ・マクレガーが父娘役で共演する『ブリーディング・ラブ はじまりの旅』です。

今 祥枝

映画・海外ドラマ 著述業 ライター・編集者

今 祥枝

『BAILA』『クーリエ・ジャポン』『日経エンタテインメント!』ほかで、映画・ドラマのレビューやコラムを執筆。ゴールデン・グローブ賞国際投票者。編集協力に『幻に終わった傑作映画たち』(竹書房)ほか。イラスト/itabamoe

ユアン&クララ、実の父と娘が問題を抱えた親子を演じる人間ドラマ

映画 ブリーディング・ラブ 父親を演じるユアン・マクレガーの写真

かつて家族を捨て家を出たが、娘ターボ(クララ・マクレガー)のことを忘れたことはなかった父(ユアン・マクレガー)。アルコールとドラッグの依存症に苦しむ娘を、なんとか立ち直らせようと旅に誘う。

親と子の関係は難しい。それは、いくつになっても同じなのかもしれない。特に10代の子どもを持つ親にとっては幾度目かの試練の時期を迎える人も少なくないはず。一方、子どもにとっての親の存在とは、どのようなものだろうか? 親には親の人生がある。とはいえ、親が子どもに与える影響は、よくも悪くもその後の人生を左右するほどの大きさを持つ。


英国・スコットランド出身の国際的なスター俳優、ユアン・マクレガー(兼製作総指揮)と実の娘で俳優・プロデューサーのクララ・マクレガー(兼共同脚本、製作)が父と娘を演じる『ブリーディング・ラブ はじまりの旅』は、この顔ぶれだけでも映画を観る理由は十分にある。ユアンの演技はいつ観ても魅力的だし、クララのフレッシュな存在感とユアンとのスクリーン上のケミストリーには特別なものがある。


しかし、実際にユアンが22年間連れ添ったクララの母親と離婚し、5年後に再婚した際にクララが猛反対したという経験を踏まえて考えられたオリジナルストーリーは、なかなかに重い。家庭環境の変化が子どもに与える影響、薬物乱用やアルコール依存などの悪しき常習行為が親子間で継承されてしまう理由、そして大人に成りきれない子どもと大人になりきれないまま親となった男性の葛藤を、真正面からとらえているからだ。

映画 ブリーディング・ラブ 20歳の娘で愛称ターボを演じるクララ・マクレガーの写真 ユアン・マクレガー

ユアン・マクレガーの実の娘、クララ・マクレガーの人を魅了する陽性のオーラは父親ゆずり? 周囲を困らせてばかりいるけれど、必死に助けを求めているようにも見える繊細なターボをクララが熱演。

大人に成りきれなかった親と、大人に成りきれない娘の葛藤

映画 ブリーディング・ラブ 娘が幼かった頃の父親との楽しかった思い出の写真 ユアン・マクレガー

母親とのケンカが絶えず、問題を抱えていた父親でも、幼いターボにとってはたくさんのあたたかい思い出があった。やわらかな光と透明感のある映像美がノスタルジーを掻き立てる。

父親(ユアン・マクレガー)と20歳の娘で愛称ターボ(クララ・マクレガー)は、荒涼とした大地を青い80年代もののトラックで旅をしている。父はかつて重度のアルコール依存症でターボが幼い頃に家を出ていったきりだったが、突然娘をロードトリップに連れ出した。最愛の娘がドラッグの過剰摂取で瀕死の状態に陥ったと元妻から連絡が入り、成長した娘と悲しい再会を果たした父は、なんとか娘を救いたいと考えたからだ。


ターボはヘビースモーカーでアルコール依存の傾向があり、旅の途中で休憩して店に寄れば万引きした酒を飲んで平静を保っていた。やりたい放題で反省のようすも見えないが、その心中は複雑だ。幼い頃の父との楽しかった記憶が頭に浮かぶたびに、今は人生を立て直して新しい家族を持ち、自分の会社を経営する父への苛立ちと悲しみ、そして置いてけぼりにされたようなやりきれない思いで胸が張り裂けそうになる。正直なところ、心配する父に嘘をつき、車から逃げ出し、酒やドラッグに走るターボの姿に共感や同情を覚えると同時に、「いい年をして…」と思わないでもない。


一方、妻子を置いて家を出て、苦労してアルコール依存症を克服し、人生を立て直した彼にとって、最愛の娘ターボが自分と同じ依存症で苦しむ姿に耐え難いものがあることは容易に想像できるだろう。親子間でのこのような依存症の連鎖は、とりわけアメリカでは深刻な社会問題として議論されている。


娘を今のような状況に追い込んでしまったことへの責任を痛感する父。妻子がいるのにアルコールに溺れ、自分の問題に対処するだけで精いっぱいだった彼の事情も理解はできる。もとより、最初から完璧な親などいないはずだ。とはいえ、大人になりきれない親に翻弄される子どもの悲劇について考えずにはいられないのである。

親の問題に対処するメカニズムは、子どもに受け継がれる可能性がある

映画 ブリーディング・ラブ 本心ではお互いを思い合っている父と娘が抱擁している写真 ユアン・マクレガー

どれほど傷つけ合っても、お互いのことを思い合う父と娘。怖いけれど、一歩を踏み出そうとする娘の背中をそっと押して見守る父の大きな愛が涙を誘う。

エマ・ウェステンバーグ監督(兼製作総指揮)は、ノスタルジーを感じさせるやわらかな色彩の映像美と繊細なタッチでつづりながら、時に驚くほどさらりと、しかし鋭くドライなタッチで問題の核心に切り込んでいる。何よりも説得力を持つのは、監督自身も家族がアルコール依存症や薬物乱用の問題を抱え身近に感じてきた当事者だからだろう。


薬物やアルコールの問題となると、自分とは関係ないと切り離して考えてしまう人も多いかもしれない。しかし、「常習行為が親から子へと受け継がれていく様を描きたいと思った」というウェステンバーグ監督は、「親の問題への対処メカニズムを子どもが真似したり、遺伝的に受け継がれたりすることさえある」のだと語っている。本作の父と娘の関係性を通して、広義での度がすぎる可能性のある常習行為と問題に対処するメカニズムの継承について考えるとき、何かしら思い当たることがある人は多いのではないだろうか。


世間の一般論で言えば、本作の父親が最初に子供を持った時点ではあまりにも未熟であり、20歳になっても「まっとうな人生」を送れない娘もまた未熟な若者ということになるのだろう。しかし、自分自身を顧みても、つくづく人間とは弱い生きものだと思うのだ。だからこそ、彼らの人生を再生する力の驚くほどの強さには心を揺さぶられるものがある。そのポジティブなメッセージはユアンとクララの実際の関係性においても、ウェステンバーグ監督にとっても現実である点にこそ、本作の真の感動があると言えるのかもしれない。

映画 ブリーディング・ラブ 映画の日本版ポスタービジュアルの写真 ユアン・マクレガー

『ブリーディング・ラブ はじまりの旅』7月5日(金)新宿ピカデリーほか全国公開

監督:エマ・ウェステンバーグ
脚本:ルビー・キャスター、クララ・マクレガー、ヴェラ・バルダー
出演:ユアン・マクレガー、クララ・マクレガーほか
配給:ロングライド
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取材・文/今 祥枝