数々のメディアで執筆するライターの今祥枝さん。本連載「映画というグレー」では、正解や不正解では語れない、多様な考えが込められた映画を読み解きます。第11回は、アルジェリア系の移民の子どもとして指揮者になる夢を叶えたザイア・ジウアニの実話に基づく『パリのちいさなオーケストラ』です。

今 祥枝

映画・海外ドラマ 著述業 ライター・編集者

今 祥枝

『BAILA』『クーリエ・ジャポン』『日経エンタテインメント!』ほかで、映画・ドラマのレビューやコラムを執筆。ゴールデン・グローブ賞国際投票者。編集協力に『幻に終わった傑作映画たち』(竹書房)ほか。イラスト/itabamoe

移民の子として、世界中で6%しかいない女性指揮者を目指す

映画 パリのちいさなオーケストラ 主人公の指揮者を目指すザイアの写真

年間約40のコンサートを開催し、精力的に活躍の場を広げているディヴェルティメント・オーケストラを立ち上げた、アルジェリア系のザイア・ジウアニ。女性として指揮者を目指す彼女の奮闘を描く。主演はフランス出身で『ディヴァイン』で注目を集めたウーヤラ・アマムラ。

NHK連続テレビ小説『虎に翼』が人気だ。日本で女性として初めて弁護士、判事、裁判所長を務めた三淵嘉子を主人公のモデルとしている物語。映画やドラマでは、こうした各界の「女性初」の偉業を成し遂げた実話を描いた秀作は多い。

直近では、1926年にドイツ系移民の娘として、初めて英仏海峡を泳いで渡ることに成功した実在の水泳選手の半生を描いた『ヤング・ウーマン・アンド・シー』(ディズニープラスで独占配信中)がある。彼女は女性差別と移民への偏見という、何重もの壁を乗り越えて勝利をつかんだ。劇中、「女性だから」という理由だけで、嘲笑され、機会を奪われ、人格まで否定されるような女性への偏見や差別に絶句してしまう。

NASAの黒人系女性スタッフの活躍を描いた『ドリーム』(2019年)にも顕著だったが、女性であり人種マイノリティであるというインターセクショナリティ(交差性)が生む抑圧が、いかに問題を深刻なものにしているかを考えさせられる作品は、特に近年増えている。

不断の努力と才能によって夢を叶えたごく一部の女性たちの存在を知るたびに、その背景には、一体どれほど多くの女性たちが、夢を絶たれ、あるいは夢を抱くことさえ許されずに悔しい思いをしたのだろうかと考えずにはいられない。

と、過去形で書いているが、もちろんいまだにジェンダーによる格差は多くの分野に根強く残っている。そのひとつが、女性指揮者だ。

現在、世界中で女性指揮者はわずか6%だという。フランス映画『パリのちいさなオーケストラ』は、ただでさえ格式の高いクラシック界の女性指揮者という狭き門に、アルジェリア系の移民の子どもとして挑んだザイア・ジウアニの実話に基づいた作品。ザイア自身と同じく音楽家の妹で本作にも登場するフェットゥマが本作の音楽監修を手がけ、メインキャスト以外は実際の音楽家たちが多く出演している。劇中の数々の演奏シーンも大きな見どころだ。

映画 パリのちいさなオーケストラ アルジェリア系移民のザイアの家族の写真

アルジェリア系移民の子どもとして生まれたザイアとフェットゥマの家族たち。娘たちの可能性を信じ、ザイアが指揮者になる夢を最初から励まし続ける父親や家族の支えは、何ものにも代え難い。

映画 パリのちいさなオーケストラ ザイアの妹フェットゥマらが演奏している写真

ザイアとともに音楽を学ぶ双子の妹のフェットゥマも才能あるチェリストだ。演じるのはフランス出身のリナ・エル・アラビ。Netflixシリーズ『フューリー:闇の番人』では主演を務めた。

女性差別、人種への偏見、経済格差。数々の困難が立ちはだかる

映画 パリのちいさなオーケストラ 著名な指揮者チェリビダッケとザイアの写真

特別授業で出会った著名な指揮者のチェリビダッケとの出会いに、大きな影響を受けるザイア。演じるニエル・アレストリュプは『真夜中のピアニスト』ほか、数々の名作に出演するフランスのベテラン俳優だ。

1995年のパリ郊外パンタン。移民の多いこの地域の音楽院(コンセルヴァトワール)で、ヴィオラを学んできたザイアと妹のフェットゥマ。優秀な姉妹はパリ市内の名門音楽院に最終学年で編入が認められ、ザイアは指揮者になりたいという夢を叶えようとする。しかし、超高級楽器を持つ裕福なエリート生徒たちは、最初から姉妹をばかにしたような態度をとる。なかには、田舎者とあからさまにやじったりして、ザイアが指揮台に立っても練習にならない。

それでも、子どもの頃にテレビでラヴェルの「ボレロ」の演奏を見たときに抱いた熱い思い、指揮者への情熱を胸に、決して夢をあきらめないザイア。やがて、特別授業に来た世界的指揮者セルジュ・チェリビダッケの目にとまり、指導を受けることになる。

しかし、指揮者への道のりは険しいものだった。何しろ、ザイアに面と向かって「君は女性だ。女性の指揮者がいるかね?」と言い放つのが名門音楽院の指導者の態度なのだから。実際に女性指揮者の先駆者たちは存在するはずなのに、「彼女たちは助手のレベル」などというあたりも根底にある女性への差別意識が見てとれる。

奮闘しながらも、チェリビダッケのレッスンを受ける中で、指揮者として壁にぶつかるザイア。それでも彼女は、ただひたすらに「音楽の力」を信じて、文字通り自らの手で可能性を見出していく。それは誰もが予想しなかった、「自分のオーケストラを作る」というものだった。

「音楽の力」を信じて、前人未到の道を突き進む

映画 パリのちいさなオーケストラ 学生たちのオーケストラを指揮するザイアの写真

地元の音楽院から生徒たちを呼び寄せて、パリの名門音楽院の生徒たちと一緒に演奏させるザイア。大胆な試みは、徐々に支持者を増やしていく。

ザイアは地元の音楽院の仲間たちを呼び、エリートたちと一緒に演奏させるも、最初は少人数でぎくしゃくしてしまう。左派もいれば保守派もいる。エリート層も庶民もいれば、多くの移民もいる。しかし、そうした人々をつなぐ唯一無二の言葉。それがザイアにとっての「音楽」なのだ。

女性であり、人種マイノリティであり、クラシックを学ぶエリート層からすれば、彼女は決して経済的にも恵まれた環境にはなかった。

しかし、彼女は指揮台に立ちながら疎外感や孤独を感じたとき、チェリビダッケの言葉を思い出す。「孤独だと感じるうちは奏者と離れている。皆と一体だと感じられたら、奇跡が起こるはずだ」

人は、自分が疎外感や孤独を感じている状態では、自身のパフォーマンスをよい形で発揮することができないと多くの研究でも証明されている。例えば、白人が多くを占める大学における人種マイノリティの退学率の高さや、男性が多くをしめる会社やグループで女性がリーダーシップをとることの難しさなど、さまざまなケースが考えられる。

ザイアの場合、何重にもそうした要素が重なった状態(インターセクショナリティ)の抑圧は計り知れなかっただろう。もちろん、最大の味方である妹と一緒にパリの名門音楽院に通えたことは心強かったに違いない。しかし、それ以上にザイアは孤独を感じて心を閉ざすのではなく、自分を拒絶する相手に対して進んで心を開くことで状況を好転させた。

そもそも指揮者とは、当たり前のことだがひとりでは成り立たない。多くの演奏家たちが音楽でつながることができて、初めてオーケストラは人の心を動かす音楽を奏でることができるのだ。

ザイアが地元の人々を前にして、自分の小さなオーケストラ「ディヴェルティメント」の演奏会で指揮棒を振る姿からは、音楽を通して、まるで世界中の人々とコミュニケーションをとっているかのように感じられる。このようなザイアの精神こそが、今の時代の希望になり得るのだと思う。

映画 パリのちいさなオーケストラ 自分のオーケストラを地元の広場で指揮する写真

青空の下、移民たちが多く暮らす地元で演奏会を催すザイア。全身から喜びがあふれるような彼女の姿に胸が熱くなる。

『パリのちいさなオーケストラ』9月20日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次公開

監督・脚本:マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール
脚本:クララ・ブロー
音楽監督:ザイア・ジウアニ、フェットゥマ・ジウアニ
出演:ウーヤラ・アマムラ、リナ・エル・アラビ、ニエル・アレストリュプほか
配給:アット エンタテインメント
© Easy Tiger / Estello Films / France 2 Cinéma 

取材・文/今 祥枝