文筆家として恋愛やジェンダーに関する書籍・コラムを多数執筆している『桃山商事』代表の清田隆之さんによるBOOK連載。毎回、yoi読者の悩みに合わせた“セラピー本”を紹介していただきます。忙しい日々の中、私たちには頭を真っ白にして“虚無”る時間も必要。でも、一度虚無った後には、ちょっと読書を楽しんでみませんか? 今抱えている、モヤモヤやイライラも、ちょっと軽くなるかもしれません!

桃山商事 清田隆之 ブックセラピー おすすめの本

清田隆之

文筆家

清田隆之

1980年生まれ、早稲田大学第一文学部卒。文筆家、『桃山商事』代表。ジェンダーの問題を中心に、恋愛、結婚、子育て、カルチャー、悩み相談など様々なテーマで書籍やコラムを執筆。著書に、『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門―暮らしとメディアのモヤモヤ「言語化」通信』(朝日出版社)など。桃山商事としての著書に、『どうして男は恋人より男友達を優先しがちなのか』(イースト・プレス)などがある。Podcast番組『桃山商事』もSpotifyなどで配信中。

『桃山商事・清田のBOOKセラピー』担当ライターは…

ライター藤本:1979年生まれ。小説&マンガ好きだが、育児で読書の時間が激減。テレビドラマを見るのが癒しの時間。

生きることにお金がかかりすぎる…。どうやってお金と好きなことのバランスをとればいい?

桃山商事 清田隆之 お悩み相談 お金がない人 1

今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…

好きなことをするにも友達と遊ぶにも、お金がかかりすぎることに愕然とすることがあります。お金をかけずに楽しむ方法もあると思いますが、それでも人やものに優先順位をつけて精査したり、いろいろなことをあきらめたりしなければいけない気がします。学生時代はお金がなくても友達とダラダラ楽しむことができたけれど、社会人になってからはなかなかそうもいかなくて。結局、虚無ってSNSなどを眺めては、「今日も何もしなかった……」とため息をついたりする日々です。清田さんは、お金と好きなことのバランスに、どう向き合っていますか?

ライター藤本:今回のお悩みは、「生きることにお金がかかりすぎる」というもの。お便りを読んで、本当にそのとおりだなとうなずいてしまいました。

清田さんなるほど……自分は昨夜、SNSで流れてきた「○○を食べてる人は今すぐやめて」「○○をやってる人は損してますよ」みたいなショート動画に煽られ、自分の生活を見直そうとまんまと思わされてしまいました。

それはさておき、今回のテーマは、「お金のように限りあるものを何にどう使うか」ということですよね。その問い自体は、人生そのもののような気もするから、ある程度は避けられないかもしれない。

ただ、自由に使えるお金があまり限られていると、相談者さんの言うように、やりたいことを精査したりあきらめなきゃいけなくなったりすることが増えて、楽しくないという気持ちになってしまうのは当然だと思います。


じゃあ、どう解決したらいいのかというと、お金を増やすためにたくさん稼ぐか、勉強して資産運用でも始めよう、みたいな話になりがちだと思うんですが、あいにく自分はお金に関してまったく知識がなくて……。お金のことを考えながら生きるのが、すごく苦手なんですよね。

yoi編集部
:ご相談には、「清田さんは、お金と好きなことのバランスに、どう向き合っていますか?」とありますが……。

清田さん:お金のことはよくわからないので、あまり考えたくないというのが正直なところなんです。お金がなくても不安になるし、かと言って今の収入で安心なのかとか考え始めても気持ちがくさくさするし。それに、欲しい本や趣味のサッカーに使うお金を我慢するのも嫌で(苦笑)。急にポルシェが欲しいなんて思わないけれど、今の生活を崩壊させない範囲であれば、欲しいものは我慢したくない。自分にとっては、お金のことを考えないで済む程度に、嫌いではない仕事で収入を得て、楽しく暮らせる、というのが幸せ。とにかく「お金について何も考えなくていい状態」が理想だなって感じます。

ただこれは、完全に個人的な意見で、お金に対する考え方は人それぞれ。年々貯蓄を増やすことが重要だという人もいれば、その日その日を楽しめるのが一番だという人もいるでしょうから。まずは自分の価値観を言語化し、そのために必要なお金を何でどのくらい稼げばいいのかを考えてみることが大事だと思います。


これは、お金だけでなく、体力や時間に関しても言えること。質問者さんも「学生時代はお金がなくても楽しめた」と言っていますが、若くて体力も時間もあったからできたこと、ってたくさんありますよね。ファミレスのドリンクバーだけで朝まで盛り上がったり、青春18きっぷで長時間かけて移動したり。

ライター藤本:確かに……あれは、お金の代わりに体力や時間を使っていた、ということなんですね。

清田さん:お金も、体力や時間も、有限な資産。人生において、それらを何にどう使うのが自分にとって幸せなのかを考えて、その価値観と大きくズレない方法を選ぶようにすれば、ストレスをなくすことは無理でも減らすことはできるんじゃないかな、と思います。

セラピー本① 自分の価値観を考えるヒントになる漫画

清田さん:今回、1冊目に選んだのは、まさにそういった内容をテーマに描いた漫画。『逃げるは恥だが役に立つ』です。

海野つなみ 逃げるは恥だが役に立つ

海野つなみ『逃げるは恥だが役に立つ』(講談社)

清田さん:この作品は、派遣切りにあった主人公・みくりが、独身の会社員・平匡の家事代行を引き受ける中で、「住む場所と仕事が必要」という自分の状況や「家事をアウトソーシングしたい」という相手の希望、「世間からどう見られるか」という社会的な立場などを考えた結果、契約結婚をすることになる――という物語。

ライター藤本:テレビドラマも大ヒットして社会現象になりましたよね。

清田さんキャストや脚本が素晴らしかったのはもちろん、ドラマ化のタイミングもよかったから、あれだけ話題になったのかもしれません。恋愛や結婚に対する考え方、名もなき家事や合意形成など、社会的にジェンダー平等の機運が高まっていたところに、そういった問題について考えさせられる作品が放送された、というのも大きかったように思います。

yoi編集部:清田さんは、この作品のどんなところに魅力を感じましたか?

清田さん:需要と供給がマッチして始まった関係ではあるけれど、二人が何にどう価値を感じるのかは当然違っていて、しかもそれがどんどん変化していって、逐一話し合いによってすり合わせをしていくところが面白いな、と。仕事も思想信条も稼ぐお金も違う2人が、「私とあなたは違う人間ですよね」とシビアに線を引いたうえで、一緒に生きていくために「ここは合わせましょう」「ここは分けましょう」と調整していく。「親しき仲にも礼儀あり」ってこういうことなんだ、超重要なことなんだ、という学びもありました。

恋愛ムズキュン要素も最高なんですが、こういう視点で読んでみると、自分が何にどう価値を感じているかを考えるヒントになるかも。人生において、お金や時間をどう使っていくかというシミュレーションができる作品だと思います。

セラピー本② 個人と社会のつながりを感じさせてくれる1冊

清田さん:そして2冊目におすすめしたいのは、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』です。

時給はいつも最低賃金 これって私のせいですか? 和田静香 小川淳也

和田靜香(著)小川淳也(取材協力)
『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか?
国会議員に聞いてみた。』(左右社)

清田さん:著者の和田靜香さんは、フリーランスのライターで、50代独身。コロナ禍にバイトをクビになり、この先どうなっちゃうんだろうという不安を抱えながら、いきなり政治家に話をしに行くんです。最初から「政治とかよくわからないけれど、とにかく不安だから、どうすればいいのか全部教えて!」と丸腰でぶつかっていくスタンスがすごい。同業者としても、非常に勇気づけられました。

ライター藤本:「とにかく不安!」「全部教えて!」って、みんなの声を代弁してくれているような気がします。

清田さん:その声を受け止めるのが、ノンフィクション映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』の被写体にもなった、衆議院議員の小川淳也さん。とにかくまっすぐで熱い人柄の小川さんが、和田さんの悩みや疑問に対して、「それはあなたの努力不足や選択ミスの結果ではなく、背後にある社会や政治の問題によるもの。結論を出すのは難しいけれど、一人の政治家としてはこう考えている」というように、真正面から対応してくれるんです。納得できる答えを見つけるために、粘り強く語り合う二人の対話が収められた、素晴らしい本だと思います。

相談内容の「生きることにお金がかかりすぎる」というのは、裏を返せば、「生きるために必要なお金がなぜこんなに得られないのか」ということ。相談者さんは、別に贅沢したいと言っているわけではない。「人並みに楽しく生きたいだけで、なぜこんなにお金の心配をしなきゃいけないの?」と思っているわけですよね。どんな職業や立場の人でも、無理のない範囲で働き、自分なりに幸せな生活が送れる社会がいいと思うんですが、頑張って働いても十分なお金が得られない原因は、自分の努力や能力不足ではなく、社会や政治の問題だと考えてもいいのではないか……と。

yoi編集部
:本の中にあった、「私の不安は日本の不安だった」という言葉も印象的でした。

清田さん:わかります。この本のすごいところは、和田さんという個人の悩みが、実は社会全体の課題や問題と直結していたことが感じられるところなんですよね。税金、就職、環境、コロナ対応……など、自分たちの身近にあるあらゆる問題が、社会という巨大構造が生み出したものだということがわかる

ライター藤本:この本を読むと、普段はなかなか意識しない大きな構造への関心が生まれそうですね。

清田さん:それがわかったからといって、今すぐ劇的に生活が変わるわけではないけれど、例えば、「同じ苦しみを感じている人はいっぱいいるんだ」「悩みの先にある政治について勉強してみよう」というふうには思えるかもしれませんよね。さらに、「こういう問題にちゃんと向き合ってくれる政治家に票を投じたいな」「みんなにもそんなふうに政治に関心を持ってほしいな」といった思いが積み重なれば、もっと生活と政治がつながるかもしれない。そうやって世の中の問題が構造から見直されていくといいな、という気持ちで選んだ1冊です。

桃山商事 清田隆之 お悩み相談 お金がない2

今回は、まったく別の視点から、お金の問題にアプローチする2冊をおすすめいただきました。現状への不満や将来への不安を感じたら、一度立ち止まって、これらの本をチェックしてみるのはいかがでしょうか?

イラスト/藤原琴美 構成・取材・文/藤本幸授美