文筆家として恋愛やジェンダーに関する書籍・コラムを多数執筆している『桃山商事』代表の清田隆之さんによるBOOK連載。毎回、yoi読者の悩みに合わせた“セラピー本”を紹介していただきます。忙しい日々の中、私たちには頭を真っ白にして“虚無”る時間も必要。でも、一度虚無った後には、ちょっと読書を楽しんでみませんか? 今抱えている、モヤモヤやイライラも、ちょっと軽くなるかもしれません!

桃山商事 清田隆之 ブックセラピー おすすめの本

清田隆之

文筆家

清田隆之

1980年生まれ、早稲田大学第一文学部卒。文筆家、『桃山商事』代表。ジェンダーの問題を中心に、恋愛、結婚、子育て、カルチャー、悩み相談などさまざまなテーマで書籍やコラムを執筆。著書に、『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門―暮らしとメディアのモヤモヤ「言語化」通信』(朝日出版社)など。12月20日に『戻れないけど、生きるのだ 男らしさのゆくえ』(太田出版)が発売予定。桃山商事としての著書に、『どうして男は恋人より男友達を優先しがちなのか』(イースト・プレス)などがある。Podcast番組『桃山商事』もSpotifyなどで配信中。

『桃山商事・清田のBOOKセラピー』担当エディター&ライターは…

エディターH
1994年生まれ。ジャンルを問わず読書はするものの、積読をしすぎていることに悩み中。好きな書店は神保町・書泉グランデ、池袋・ジュンク堂書店、西荻窪・今野書店。

ライターF:1979年生まれ。小説&マンガ好きだが、育児で読書の時間が激減。子連れで図書館に行くのがささやかな楽しみ。一人時間には、テレビドラマを見てパワーチャージ。

人との距離の取り方、詰め方がわからない…。コミュニケーションの正解、不正解を判断するには?

桃山商事 清田隆之 お悩み相談 距離感 1

今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…

社会人10年目を迎えます。最近、同僚との間でよく話題になるのが、「世代によって、人との距離の取り方、詰め方がかなり違う」という問題。後輩に、コロナ禍以降に入社した人たちがいるのですが、自分が新人の頃よりも、いい意味でドライ。気を遣いすぎることなく自分軸で動いているのを見ると、「気持ちがいいな~、自分にはできなかった!」と思ってしまいます。一方、その様子を見た上司や先輩は、顔には出さずとも物足りないよう。上司や先輩の気持ちもわかりつつ、後輩のさっぱりした振る舞いが羨ましくもあり……。板挟みがつらくなると、虚無ってSNSを見続けてしまいます。コミュニケーションの正解、不正解を、どうやって判断していけばいいのでしょうか?

ライターF:今回のテーマは、“人との距離の取り方、詰め方”。相談者さんは社会人10年目ということで、上司や先輩と、後輩との間で板挟みになっているようですね。

清田さんなるほど……自分のタイムラインには、最近やたらと収納系のショート動画が流れてきて、「シンデレラフィット」という言葉に胸躍るようになってしまいました。

そんなことはいいとして、僕自身はいわゆる会社組織に属した経験がないのですが、相談者さんが味わっている“中堅ならではの板挟み状態”というものは、自分にも身に覚えがあります。

時代的な流れで見れば、バブル崩壊以降、ずっと右肩下がりの世の中で、会社にフルコミットすることより、自分で自分の身を守ることのほうが重要、という価値観が主流になってきましたよね。昭和から平成、令和へと時代が移り変わるにつれて、「会社は家のようなものだ!」「仕事仲間はファミリーだ!」「飲みニケーションは必要不可欠だ!」みたいな考え方から、「いや、会社は仕事をするための場所ですよね」「自分たちには個人的なプライベートの時間も大切なので」「会社では仕事に必要な関係を築き、それ以外はちゃんと線を引くべきだ」みたいな考え方に、どんどんシフトしているように感じます。

だから、相談者さんが20代だった頃は、当時30代だった人たちがこのお悩みのようなことを感じていたかもしれないし、今40代の自分が20代だった頃だって、さらに10~20歳上の世代の人たちが同じように感じていたかもしれない。こういった世代差は、社会構造が生み出している側面もあると思うんです。

エディターH
:ということは、いつの時代も中堅世代が抱えてきた悩み、ということでしょうか。

清田さん:ただ、ここ10年くらいで、ハラスメントやコンプライアンスへの取り組みが進み、「権力を持っている側がそうでない側を、無自覚に傷つける事例があるから気をつけなくては」という意識が、すごく高まっていますよね。それが進んで、昔なら若者の立場でいられたはずの30代の人にすら、「加害者になってしまったらどうしよう」という恐怖感が広がっているような気がします。

もちろん、そういう時代や社会の変化はあってしかるべきものだと思います。でも、それによって、相談者さんの文面からにじみ出ている、「上の世代にされて嫌だったことはしたくない」「でも、自分たちが慣れ親しんだコミュニケーションが通用しないのはもどかしい」「自分たちにはできなかったことをやってのける後輩たちに、どこかで嫉妬してしまう」というような、複雑な気持ちが生まれているところもあるのではないか……。

ライターF:難しいですね。「コミュニケーションの正解、不正解を、どう判断していけばいいのでしょうか?」とありますが、時代や社会が変わっていくと、正解、不正解も変わってくるでしょうし……。

清田さん:そうなんですよね。これからも変化は続いていくだろうから、一度正解にたどり着けたと思っても、1年後には不正解になっている可能性もある。「これが正解!」「こうすれば間違いない!」というものは、おそらく存在しない。

……と言うと希望がないように聞こえるかもしれませんが、面倒でも、試行錯誤しながら、その時その時で、その人その人との、コミュニケーションのあり方を探っていくことはできるし、それはすごく大事なことなんじゃないかな、と思います。

セラピー本① 複雑な問題について考え続ける意欲を与えてくれるエッセイ

清田さん:というわけで今回は、“正解はない”を前提に、コミュニケーションのあり方を探るうえで、気づきを与えてくれる2冊を挙げてみました。1冊目は、『共感と距離感の練習』です。

『共感と距離感の練習』 小沼 理・著 

小沼理・著
『共感と距離感の練習』
(柏書房)

エディターH:タイトルからして、今回のお悩みにぴったりですね!

清田さん
そうなんです。これは、男性の同性愛者としてジェンダーやセクシュアリティの問題について考えたり、アートやカルチャーの紹介をしたりしている、ライター・小沼理さんのエッセイ集。

小沼さんは同業の後輩で、優しくて文章も素敵で、つねに“線引き”の問題について考え続けている方なんです。この本でも、例えば、人の話に安易に「わかる」と言ってしまうと、相手によっては暴力的にも感じられるのではないか、でも誰も傷つけないように距離を取りすぎてしまうと、わかりあえないままで終わってしまうのではないか──というようなことが、試行錯誤を伴いながら書かれている。

ライターF:ひとつひとつの問題について、揺れ動きながら書かれているのが伝わってきて、とても誠実で丁寧な印象を受けました。

清田さん
まずは、この小沼さんの言葉を、存分に浴びてもらえたら……と思っておすすめしました。タイトルにも『共感と距離感の“練習”』とある通り、ここにはノウハウが書いてあるわけではないんですが、正解のない問いに対して考え続ける人の文章を読むと、不思議と優しい気持ちになれるし、複雑な問題について考えてみようという意欲がわいてくると思うんですよね。

世代が違う人とも、重なる部分もあるし違う部分もある。重なっていると思ったら違っていることもあるし、違っていると思ったら重なっていることもある……、というように、ぐるぐると考えてみるのもいいんじゃないかな、って。

ライターF:小沼さんの姿勢に励まされて、モヤモヤしていることも肯定的にとらえられるようになるかもしれませんね。

清田さん:悩んでいること自体は、決して悪いことじゃない。むしろ、考え続けることで自分の感覚や意見が変化・更新していき、それが自然と目の前の人間関係やコミュニケーションにも反映されていくはず。そんなふうに思えるようになるきっかけを与えてくれる1冊だと思います。

セラピー本② 人との距離を考えることの奥深さに気づかせてくれる1冊

清田さん:2冊目は、ご存じ“ヒデちゃん”の著書、『いばらない生き方ーテレビタレントの仕事術ー』です。

『いばらない生き方』  中山秀征・著

中山秀征・著
『いばらない生き方ーテレビタレントの仕事術ー』
(新潮社)

エディターH:1冊目とは、また違ったテイストの本ですよね。

清田さん
:この本は、ひょんなことからその存在を知り、興味を持った1冊。中山秀征さんといえば、どんな番組にも溶け込んで、いつも楽しそうに話をしているイメージがあるじゃないですか。なんとなくふわっとした印象だけれど、よく考えたら、単なる人当たりのよさや物腰の柔らかさだけで、浮き沈みの激しい芸能界を40年以上も生き残れるわけはないよな、と……。そんな“ヒデちゃん”が仕事論を語っているというのも意外で、何が書かれているのか、すごく興味を持ったんです。

読んでみると、やっぱり絶妙なポジション、絶妙な距離感の裏側にある哲学が明かされていて。ひと言で言うと、つねに、現場の空気感やそこで求められている自分の役割、共演者との関係性や相手のキャラクターなどを瞬時に感じ取って、その都度その都度、そこにアジャストしている、という感じなのかな、と思うんです。

ライターF:ものすごい能力ですよね……!

清田さん:いや~、まじで匠の技術ですよ! あんなに特殊な世界で、俳優さんや芸人さん、天才的な学者さんや天然系のタレントさん、強面の大御所や一期一会の一般人と、あらゆる世代のあらゆる肩書きの猛者たちを相手に、毎回、距離の取り方や詰め方の最適解
を探りながら円滑にコミュニケーションしていくわけですから……ある意味すごすぎて怖い(笑)。

ライターF:しかも、テレビで楽しく見ているだけでは、そんなに特別なことをされているとは気づきにくいところもすごい!

清田さん:以前から自分も、例えば勝俣州和さんとか、ドラマ『不適切にもほどがある!』で絶賛の声が上がった八嶋智人さんとか、「本当は特殊すぎる存在なんだけれど、それを誰にも気づかせない熟練の凄み」、みたいなものを放っている人の存在が気になっていて、中山さんもその一人だったんですが、それもこの本を「読まなきゃ!」と思った理由かも。

本の中で書かれていることも、ひとつひとつは「確かにそうだな、自分も同じようなことはやっているかも」と納得できるようなことなんですよ。例えば、「自分が前に出て話すんじゃなく、みんなの会話を拾うことで盛り上げることもできる」とか「無理に面白い経験を作るより、心から楽しんでいる姿を見せればいい」とか。

でも……そのすべてを並べてみると、「これを全部、40年以上もの間、どんな場面でも、どんな相手にも、その都度その都度、的確にやっている」ということが極めて恐ろしいことのように思えてきて、思わず震えてしまう。だって、芸能界のどんな大物の隣にいてもまったく違和感がないなんて人、そうそういないでしょう? まったく恐ろしい能力ですよ(笑)。

エディターH:この本のおすすめポイントとしては、その恐ろしい能力から学ぶことがある、ということですか?

清田さん:もちろん、中山さん自身が悩んだり壁にぶつかったりした経験も書かれているから、失敗やその乗り越え方を教訓にすることもできると思います。でも、それ以上に自分の心に響いたのは、コミュニケーションの世界にはコミュニケーションの世界の匠がいる、ということかな(笑)。人との距離の取り方や詰め方も、奥の深い世界。茶道や華道みたいなものだということがわかるんじゃないか、と。

ライターF:“距離道”みたいな感じでしょうか(笑)。

清田さん:そうそう、“距離道”を極めている“ヒデちゃん”の背中を見れば、こんなに奥の深い世界の入り口に自分も立ったんだ、と思えるはず(笑)。相談者さんも、まだまだ悩んでも当たり前だなって思えて気持ちが軽くなるといいな、と思います。

桃山商事 清田隆之 お悩み相談 距離感2

今回は、コミュニケーションのあり方を探るうえで、それぞれ違った気づきを与えてくれる2冊をおすすめいただきました。正解がなく奥の深い”距離道”を進むうえで、読んでおくと心強い存在といえそうです!

イラスト/藤原琴美 構成・取材・文/藤本幸授美