マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う連載「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所」。第15回は『体にまつわるエトセトラ』作者のシモダアサミさんにお話を聞かせていただきました。
●『体にまつわるエトセトラ』あらすじ●
「自分の体なのに、どうしてこんなにままならない?」。体にまつわるさまざまなコンプレックスは、時に私たちの人生を左右する。“モテ”のために濃いすね毛を脱毛した男性、お尻の大きさをからかわれてきた女性、目つきが悪くて怖がられる男女、自分の声に自信がもてない女性など、「体」にスポットをあてた爽快オムニバスシリーズ。気になる部位の、気になる話。
コンプレックスがあっても、思いつめなくて大丈夫
──デビューの頃から心・体・性を温かい目線で描かれてきたシモダさん。唯一無二の存在感を保ち続けていらっしゃいますが、そもそもこうしたテーマを描き始めたきっかけはあるのでしょうか。
今の作風になったのは、『マンガ・エロティクス・エフ』(太田出版)というエロありきの雑誌でデビューした影響もあるかもしれません。その後も女性の性や体にまつわるテーマでの依頼が続いたんです。ただ私自身、そういう雑誌を愛読しているぐらい、エロティックなものが好きでした。当時、同級生に下ネタ的な話をすると「女性がそういうことを考えるのはちょっとおかしいよ」と言われたりして。それに対する「なにを!」という気持ちもありました。
──『mon*mon』(太田出版)ではアラサー女性の欲求不満のモンモンとした感覚がユーモアをまじえて描かれていて、新鮮でした。2013年発売のコミックスが今も電子書籍で売れ続けているとも聞いています。
ありがたいですね。小・中学生の頃の私は、コンプレックスのかたまりだったんです。大人になってから「あれ、全然大したことなかったなあ」と思って、『mon*mon』を描きはじめたんですね。今もずっと、作品を通していろんな人の悩みに「あまり思いつめなくても大丈夫だよ」と伝えられたらいいなと思っています。
©︎シモダアサミ/祥伝社FEEL COMICS
──『体にまつわるエトセトラ』でも、いろいろな身体的コンプレックスとどうつき合うかが軽やかに描かれていますよね。
声にコンプレックスのある「ナナミ」のエピソードは、私が中学生の頃に経験したでき事がもとになっています。友達とキャッキャッとしゃべっていたら男子から名指しで「うるせえよ!」と怒鳴られて、「私の声ってそんなにうるさいんだ」ってすごくショックを受けたんですよね。そばかすが多いのも嫌で「大人になったらお金を貯めてきれいにしたい」と思っていたんですけど、20代の頃に友達から「そばかすチャーミングじゃん」と言われたんです。そのひと言で、「えっ…、そーお?」と一気に心が軽くなって(笑)。
©︎シモダアサミ/祥伝社FEEL COMICS
──そういうこと、ありますね。
自分が思っているほど、人は他人を見ていないんだと気がつくと、ラクになりますよね。私は思い込みでウワーっとなるタイプなので、ある意味、マンガを描きながら自分のことも救済しているのかもしれません。
「私もこんなふうにしたい」という憧れが作品づくりの原動力
──『体にまつわるエトセトラ』の着想はどんなところから?
担当編集の菅谷さんから、当時まだ放送していた深夜番組「タモリ倶楽部」で男性の乳首にまつわる特集があったと聞いたんです。ニップレスや透けにくい下着など、男性が乳首をどう扱っているかという特集で、男の人もそういう部分に心を砕いていたりするんだなと。そこから体の部位ごとに何か話になるかなとプロットを考えはじめたら、色々出てきました。
──まさに乳首へのトラウマがある男性の話も収録されていますが、「男性だって体のことでこんなふうに悩んだりすることもあるだろうな」と共感しました。
よかったです。当事者ではないので、友人のパートナーなどに乳首にまつわるエピソードを聞いたりして、悩みながら描いた話です。女性を描くときは私にわかる半径の中で「まあ、あるかな」と感覚で描けるんですけれど、この作品では男性のモヤモヤも描くチャレンジをしたのでドキドキでした。
©︎シモダアサミ/祥伝社FEEL COMICS
──生理の回も面白かったです。私は吸水ショーツを愛用しているんですが、月経カップにもチャレンジしてみたくなりました。
ぜひ。私自身が月経カップを使いはじめたのを機に考えたお話です。マンガにも描いたとおり最初は大変でしたが、カップの折り方やコツをつかめばラクになりました。ゴミも少なくなるし、慣れちゃうと入れているかもわからないくらい。合わない方もいらっしゃるそうなので無理はしないでほしいんですけれど、私にはすごくよかったですね。
──パートナーに自分の体を理解してほしいという思いが描かれていたことも印象的でした。
SNSなどで女性の体への理解がまったくない男性の発言を目にして、憤りを感じることがあります。やっぱりいちばん身近な相手やパートナーには、自分の体のことも知ってほしいですよね。でも実は、私自身があまり言えないタイプの人間なんです。「私もこんなふうにしたい」という思いで描いてはいるけど、「でも、できてないよね」と苦しく思うこともあります。
©︎シモダアサミ/祥伝社FEEL COMICS
──理想を込めたマンガでもあるのですね。
はい。よく「実体験から描いているんですか?」と聞かれるんですが、基本的には憧れから物語をつくっています。もちろん実際に体験したこともたくさん入っているんですけど、「自分もこういうふうになりたいな」という思いが原動力になっています。
固定観念みたいな重い荷物をすっと下ろせる物語を目指して
──ボディポジティブな気分にあふれた「お尻」の話や、誰しもの内にあるルッキズムを描いた「目」についての話など、どの回も面白いのですが、ご自身の中で特に印象に残っているエピソードはどれですか?
やっぱりコミックスの最後に収録した「あそこ」については、描けたことがうれしかったです。そのものずばりの話はあまりマンガでも読んだことがない気がしたので、まずは描いてみようと。自分でも鏡を覗いてみたり、1回だけストリップに行ってみたりしたことがあって、そのときの気持ちを素直に描いています。「え、あんなにきれいなの?!!!!」とびっくりして「何が違うんだろう…」としょんぼり帰ったこととか、ダンスパートでは寝ていたお客さんが、脚を広げた瞬間に起きたのも衝撃で。小さいコマですけどそこも描けてよかったです(笑)。
©︎シモダアサミ/祥伝社FEEL COMICS
──ストーリーとはまったく関係なく、主人公の元カレが小柄な男性として描かれていたのも新鮮でした。現実には女性のほうが背の高いカップルもいますが、トピックにならない形で描かれることは多くないですよね。
主人公のミサキは背が高い女性のイメージだったので自然に描いたんですが、担当編集さんも同じように驚いてくれて。ねらって描いたわけではないんですけど、「背が高い女子、背が低い男子がいるのは当たり前だよね」という感覚です。
──このコマだけでも色んな役割からちょっと自由になれる感じがします。
©︎シモダアサミ/祥伝社FEEL COMICS
ありがとうございます。今までの「これはこう」みたいな暗黙の決まりごとをちょっとずつ破っていける描写ができたらとはいつも考えています。私の父は「普通」が口癖なんですね。「お父さん、“普通”ってないから」といつも言うんですけど(笑)。そういう固定観念みたいな重たいものを、すっと肩から下ろせるような話を目指して描き続けていきたいです。
──楽しみです。最後にyoi読者の皆さんにメッセージをいただけますか?
20代、30代のときは、まわりの意見にすごく揺れてわーっとなることも多いと思うんですけれども、自分を信じて選択してもらえたら。そして年齢を重ねていくほど心の自由度も増していくので、年を取ることを恐れず楽しみにしていてほしいですね。「大人になるのってすごく楽しいよ」と言えるように、私も楽しい大人でいたいです!
マンガ家、イラストレーター
しもだ・あさみ●2011年、『fantastic』(太田出版)でマンガ家デビュー。性を明るく軽妙に描き、男性女性問わず支持を集める。主な作品に『mon*mon』(太田出版)、『中学性日記』(双葉社)、『女の解体新書』(日本文芸社)、『こんな私はだめですか?』、『当然してなきゃだめですか?』(祥伝社)などがある。現在、『フィール・ヤング』(祥伝社)にて新作準備中。
マンガライター
マンガについての執筆活動を行う。ソニーの電子書籍ストア「Reader Store」公式noteにてコラム「真夜中のデトックス読書」連載中。
■公式サイト https://yokoishuko.tumblr.com/works
『体にまつわるエトセトラ』 シモダアサミ ¥1056/祥伝社
画像デザイン/齋藤春香 取材・文/横井周子 構成/国分美由紀