人生の先輩たちは、これまでどんなことに悩み、どうやって乗り越えてきたのか? 集英社の編集出身の女性役員が会社員人生を振り返りつつ、あのときの自分、そして今の若い世代に勧めたいマンガを語ります。今回話を聞いたのは、男女雇用機会均等法が成立する以前に入社した海老原美登里 常務取締役。会社員人生で起こったでき事とリンクする、名作3選をピックアップ!

マンガを紹介するのは…海老原美登里 常務取締役

海老原美登里

集英社 常務取締役

海老原美登里

愛知県名古屋市出身。1984年集英社に入社。「non-no」「SEVENTEEN」「MEN'S NON-NO」などのファッション誌の編集に携わり、2008年「non-no」編集長に。その後、第6編集部企画室、女性誌企画編集部、「LEE」を経て、2017年第10編集部部長兼女性誌企画編集部部長。2019年取締役、2022年から現職。四半世紀以上、ずっとビーグルと暮らす犬好き。

海老原常務のおすすめ漫画①佐々木倫子 著『チャンネルはそのまま!』/小学館

佐々木倫子 チャンネルはそのまま! マンガ 小学館

Ⓒ佐々木倫子/小学館

STORY
北海道☆(ホシ)テレビに謎の採用枠「バカ枠」で入社した雪丸花子。報道部に配属されると、天然パワーでミラクルな取材を連発する。おもしれー女・雪丸が地方テレビ局を舞台に繰り広げる爆笑奮闘記。

何も知らないからこそ、できることがある!

私が集英社に入社したのは1984年。男女雇用機会均等法以前で、今とはまったく違う時代でした。上司は当然、男性ばかり。

自分なりに一生懸命おしゃれをして出社しても、「服装もうちょっとなんとかならない?」「ちょっとメイク濃くない?」と注意されたりして。今ではありえないですよね。そのうち私も強くなって、言い返したりスルーできるようになりましたが、新入社員の頃、朝会社に行きたくなくて憂鬱だったことは覚えています。

『チャンネルはそのまま!』は、『動物のお医者さん』の作者・佐々木倫子さんが描いたテレビ局新入社員のお仕事マンガです。主人公の雪丸が天然ボケのハチャメチャなパワーでまわりを振りまわすんですが、それがすごく面白い。結果、予想外にいい取材ができたりしてね。主人公の雪丸さんを見ていると、特に新入社員のうちはあまり考えすぎず、自分がいいと思ったことはどんどんやってみるべきだよねってしみじみ思います。 

佐々木倫子 チャンネルはそのまま! マンガ ページ画像

Ⓒ佐々木倫子/小学館

新人の頃って叱られたり、指導されることも多いけれど、新人だから許されることも多いと思うんですよ。組織のことを知らないからこそ、新しいことができる突破力も持っている。 憂鬱なことがあってもきっと乗りきれるし、いずれ物事は解決する。ちょっとぐらい失敗しても周囲が助けてくれたりして大丈夫だから。あの頃の自分を思い出すと、20代の人たちには我慢しないで自由に思う方向へ進んでいってほしいなと思います。

海老原常務のおすすめマンガ②くらもちふさこ 著『いつもポケットにショパン』/集英社

くらもちふさこ いつもポケットにショパン  集英社 マンガ

STORY
仲良しの幼なじみ・麻子と季晋。しかし、数年後ピアノ留学から帰ってきて再会した季晋は、まるで別人のようで⁉ 美しいピアノの旋律とともに、不器用な麻子の成長を描いた傑作音楽マンガ。

今の状況がつまらないなら、自分のやり方や物の見方を変えてみて

30代に入った頃にはファッション誌編集部の仕事にも大分慣れてきて、今思えば、自分の中で仕事がルーティンになってしまっていました。季節ごとにどういう企画に人気が出るかもわかってきて、自分が出す案も毎年似たり寄ったり。正直、マンネリ化していました。「私の人生、これでいいんだろうか?」と転職を考えて翻訳や旅行業界の勉強もしてみたけど、根気がなく続かなくて(笑)。

そんな悶々としている頃に婦人科系の病気が見つかり、休職して手術を受けることに。入院する前は「会社を辞めるしかない!」と思いつめていましたが、ベッドの上で一人考えたり、先輩のアドバイスを聞いているうちに少しずつ気持ちが落ち着いていきました。やっぱり、編集の仕事が好きだったんだと思います。

復帰するならば、ルーティン化した仕事のやり方はもうやめて、絶対に毎月新鮮だと思える企画を考えるぞ、と決めたんですよね。それからは、自分自身も読者の反応も大きく変わり、もう一度仕事が面白いと思えるようになりました。

あの頃の自分に勧めたいマンガは『いつもポケットにショパン』です。主人公の麻子はサラブレッドと呼ばれる生い立ちだけど実はすごく不器用で、なんでも最初から上手にできるタイプではない。厳しい先生のことも苦手でね。でも先生の真意に気づいたときに、ぐっと成長する。

「大キライな先生を冷静に見つめ直すだけで尊敬できてしまう なにもかも180度 状況が変わってしまうことがあるのね」というセリフは、私自身の経験とも重なる部分がありますね。

くらもちふさこ いつもポケットにショパン ページ画像 マンガ

海老原常務のおすすめマンガ③手塚治虫 著『火の鳥』黎明編/手塚プロダクション

手塚治虫 火の鳥 黎明編 マンガ

ⒸTezuka Productions

STORY
人間の生と死をテーマに描かれた『火の鳥』シリーズのプロローグ。時は古代、女王ヒミコのヤマタイ国と対立するクマソ。その生き血を飲むと、不老不死になれると信じられていた火の鳥をめぐって醜い争いが繰り広げられる。

どんな場所にいても、地道な努力が世界を広げてくれる

編集者人生でも特に楽しかったのは、企画編集部という部署にいたときのことです。企画と予算さえ合えばどんな本でも作れるという挑戦できる環境があり、上司や同僚にも恵まれて、充実した日々を送っていました。

そんなときに「その部署がなくなるかもしれない」という話を聞き、ヒット作を出せば続くはずだと自分なりに踏ん張りました。結果売り上げも伸び、部署も存続することに。でも、なんと私自身が異動することになってしまったんです(笑)。

実は私、わりと異動回数が多いんですよね。会社員ですから人事異動は仕方のないことですが、異動の経験を重ねて学んだのは、結局どこの部署に行っても、自分が信じることを地道に続ければ面白い仕事ができるということ。だから異動は、そのつど大変なこともあったけれど、そんなに悪い話でもなかったのかな、と今は思っています。

私は手塚治虫先生のマンガが大好きなんですが、『火の鳥』黎明編のラストシーンはまさにそんな気持ちにぴったりで選びました。とてつもなく深い大穴から脱出するために、崖を一歩一歩登っていく。上がるとそこには、世界が広がっている——。人間の浅はかさや愚かさも描かれている作品ですが、それでも生きていく、という力をもらえる名シーンです。

手塚治虫 火の鳥 黎明編 ページ画像 マンガ

ⒸTezuka Productions

取材・文/横井周子 企画・構成・イラスト/木村美紀(yoi)