マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う連載「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所」。第22回は『半分姉弟』作者の藤見よいこさんにお話を聞かせていただきました。

漫画 半分姉弟 藤見よいこ ハーフ トーチweb

『半分姉弟』あらすじ
「姉ちゃん、俺、改名したけん」。フランス人の父と日本人の母を持つ「米山和美マンダンダ」は、弟「優太マンダンダ」から「マンダンダ」を取ったと突然の告白を受ける。生まれ育ったはずの日本で「異物」と見なされても、笑って流していたけれど…。「ハーフ」と呼ばれる人々の日常と、あふれる感情を鮮やかに描いた〈わかりあえなさ〉と手をつなぐ群像劇。

【記事中の「ハーフ」という呼称について】
「ハーフ」という呼称に関しては、当事者の方々の中にも受け止め方グラデーションがあり、その意味合いや歴史性に傷ついてきた方が多くいることや、議論が存在する事実を踏まえたうえで、本作品の「今なお多くの人が利用している実態を反映させ、呼称の持つ『半分』という意味合いを改めて問い直す」という意図に基づき、カッコ付きの表現で使用しています。

漫画 半分姉弟 藤見よいこ ハーフ トーチweb-1

©︎藤見よいこ/リイド社

今まであまり描かれてこなかった、日本の「ハーフ」に光を当てる

──日本で暮らす、複数の人種や民族のルーツ(ミックスルーツ)を持つ人たちの日常を描く『半分姉弟』。大きな注目を浴びている本作ですが、まずは、着想のきっかけを教えてください。

藤見さん この物語を考えはじめたのは2022年頃でした。当時、エンタメの世界でも、今まであまり光が当たってこなかった人たちにスポットを当てようという世界的な潮流が来ているように感じたんですよね。

ならば、私は日本で暮らす「ハーフ」についてのマンガを描きたいと思いました。私自身がスペイン人の父と日本人の母を持つ当事者で、「まだ語られていないことがたくさんある」とずっと感じていたので。

──藤見さんがそうした流れを感じた作品を教えていただけますか。

藤見さん たくさんありますが、特に衝撃を受けたのは、映画『ブラインドスポッティング』です。アメリカのオークランドという歴史的に黒人が多い街で暮らす、“黒人”と“白人”の青年二人組の物語。彼らは幼馴染で親友ですが、本当の意味ではお互いを全然わかっていない。

そんな彼らが少しずつ自分の「盲点」=ブラインドスポッティングに気づいていくというストーリーです。その問題意識も素晴らしいし、シリアスなシーンもあるけどコメディパートは軽快で重くなりすぎない。『半分姉弟』は、この作品からかなり影響を受けています。

──なるほど、盲点。『半分姉弟』を読んだときも、自分が視界に入れられていないことが日常の中にたくさんあるんだと気づかされました。 

漫画 半分姉弟 藤見よいこ ハーフ トーチweb-2

©︎藤見よいこ/リイド社

藤見さん このマンガを読んだ方からよくそんなふうにおっしゃっていただくのですが、私自身も全然修行が足りないんです。色々な視点を知りたくて、当事者への取材をずっと続けています。

──『半分姉弟』というタイトルは、「ハーフ」という言葉からの連想でつけられたのでしょうか。

藤見さん そうですね。「ハーフ」は「半分」という意味であり、当事者間でも議論されている言葉です。また、日本においてはもともと白人的な容姿の芸能人を売り出すために広められた言葉でもあります。

私は「差別用語だから使うべきではない」とは思っていないけど、この言葉に傷ついた人や絶対に言われたくない人もいるし、逆にアイデンティティを感じている人もいる。グラデーションがある表現なんですよね。

ただ、やっぱり私の中にも「半分って、どういうことなんだろう?」という疑問はありました。読者をちょっとドキッとさせたかったこともあり、この呼称を問い直す意味も込めて、タイトルに入れることにしました。

漫画 半分姉弟 藤見よいこ ハーフ トーチweb-3

©︎藤見よいこ/リイド社

「これが現実」と突きつける方法もある。でも、私は違うやり方をしたかった

──本作は毎回主人公が変わるオムニバス形式を採っています。第一話の主人公は、弟に改名を告白される米山和美マンダンダ。弟の「俺らは なんか特別群れにとって有用やないと一員にしてもらえんのやと思う」というセリフは、この社会の残酷な面を示していて衝撃的でした。

藤見さん 
あれは明確なきっかけがあって描いたシーンです。2021年の東京オリンピックでは、ミックスルーツのアスリートたちの活躍や、開会式への出演が「多様性と調和」として話題になったんですね。でも「上位三名全員に日本の血が混ざっている」といった報道の仕方に、私は違和感がありました。

一方で、当時はコロナ禍の最中で本当にひどい排外主義が吹き荒れていました。そうした状況を批判した海外ルーツの当事者たちがSNSで叩かれる様子も目に入ってきて、その歪さがすごくしんどかった。

漫画 半分姉弟 藤見よいこ ハーフ トーチweb-4

©︎藤見よいこ/リイド社

──その違和感が、この「有用」というセリフにつながったんですね。

藤見さん 社会学者でご自身も当事者であるケイン樹里安さんが、オリンピックの風潮にカウンターするように記事を書いたり、SNSで発信を続けたりしてくれていて、あの頃とても力をもらいました。ケインさんは、作品の連載が始まったら絶対に読んでほしいと思っていた方々の一人だったのですが、連載が始まる直前に若くして亡くなられてしまって…。本当に悲しかったです。

──ああ、そうだったのですね…。第一話では和美マンダンダも、明るさの裏で本当の気持ちを親友にも話せず孤独を感じている様子が描かれていましたね。

藤見さん 自分の本心を言えない経験は、私自身にもありました。だからこそ第一話のオチは悩みましたね。やっぱり、世界が変わって全部が解決しましたというハッピーエンドを描いてしまったら、それは大ウソだから。

──エンディングはわかりやすいハッピーエンドではないかもしれないけど、どのお話も希望を持たせる形で終えられています。それが本作のあたたかい読み味につながっていますね。

藤見さん そこはすごく意識しています。私は、どんな未来になってほしいかという作り手の視座が見える作品が好きなんです。

悲惨な社会問題を取り上げて、何も解決せずに「これが現実です」と提示する方法もありますし、それゆえに意義がある作品もあると思います。でも、私は違うやり方をしたかった。当事者にしてみれば「そんなの知ってるよ」という現実を突きつけるより、甘いと言われても、どこかに希望を見出したいと思いながら描いています。

漫画 半分姉弟 藤見よいこ ハーフ トーチweb-5

©︎藤見よいこ/リイド社

同じ社会にいて、共感もできる。それでもわかりあえない姿と、考え続ける過程を描きたい

──中国人との「ハーフ」・紗瑛子にまつわるエピソードでは、見た目や名前ではわからない「ハーフ」の存在が描かれていて、はっとしました。

藤見さん そもそも日本で暮らす「ハーフ」の中で、圧倒的に多いのは東アジア系なんです。見た目ではわからない人が多いのに、「ハーフ」というと外見についてばかりが語られがちなことも問題だと感じています。

※参考資料:人口動態調査「父母の国籍別にみた年次別出生数及び百分率」

漫画 半分姉弟 藤見よいこ ハーフ トーチweb-6

©︎藤見よいこ/リイド社

──『半分姉弟』はそうしたステレオタイプ的なイメージからどう脱するかという挑戦でもありますね。

藤見さん 
うーん。でも、日本のエンタメにはまだ「ハーフ」のステレオタイプすらないですよね。日常に存在するキャラクターとしては、全然描かれていない。「日本にも移民が増える」といった報道を最近よく見かけますが、前からいるのにな…と思うんですよ。実際暮らしている人たちがどういう思いでいるのか、まだまだ知られていないんですよね。

──紗瑛子が「ハーフ」だと知らずに失言をしてしまった、まりなのエピソードも印象的でした。いわゆるマイクロアグレッション、悪意はないものの相手を傷つけたり不快にさせたりする無意識の言動を描いたストーリーで、心に残りました。

藤見さん このお話は、特に大きな反響をいただきましたね。いちばん悩んだし苦労したけど、描けてよかった。私はまりなを本当に普通の人として描いたんですね。どんなにいい人でも、人を傷つける言動をしてしまうことはあるから。

──悩んだのはどういったところですか。

藤見さん 相手を深く傷つけた人が謝りに行く話自体がどうなのかな、とか。作中で描いた通り、謝罪はエゴではないかとも考えました。ただ、やっぱり「一度間違えたらそこで終わり」なわけないよな。と思いました。

これまでスルーされてきた発言が「それはダメだよ」と指摘されるようになったのはもちろんいいことですが、同時に間違えた人にも反省したり考えたりする時間が必要ですよね。ラストは読者にゆだねましたが、紗瑛子が許さない世界線も全然あるよなと思いながら描きました。

──『半分姉弟』は現在も連載中です。これから描きたいことなどを言える範囲で教えてください。

藤見さん 私はやっぱり、ちゃんと怒っている人を描きたい。自分がなぜ怒っているのかをできるだけ言語化しているマイノリティの姿を描けたらうれしいです。

担当編集さんが、『半分姉弟』に「〈わかりあえなさ〉と手を繋ぐ」という素晴らしいキャッチコピーを考えてくださったんですが、自分の中でも指針になるフレーズになりました。この人たちは同じ社会にいて、共感もできている。それでもわかりあえない姿と、考え続ける過程を描いていきたいです。 

漫画 半分姉弟 藤見よいこ ハーフ トーチweb-7

©︎藤見よいこ/リイド社

藤見よいこ

漫画家

藤見よいこ

ふじみ・よいこ⚫︎2014年『ふたりじめ 戦国夫婦物語』(コンペイトウ書房)でデビュー。著書に『ないしょはまつげ』全3巻(KADOKAWA)、『こんな夜でも、おなかはすくから。』合本版全2巻(ボルテージ)など。現在はトーチwebで『半分姉弟』を連載中。

横井周子

マンガライター

横井周子

マンガについての執筆活動を行う。2025年春より、東北芸術工科大学准教授。
■公式サイト https://yokoishuko.tumblr.com/works

漫画 半分姉弟 藤見よいこ ハーフ トーチweb-8

『半分姉弟』藤見よいこ ¥880/リイド社

画像デザイン/齋藤春香 取材・文/横井周子 構成/国分美由紀