30代後半から徐々に減っていくという女性ホルモン。なかには体調の変化を感じて不安を抱えている人もいるかもしれません。産婦人科医の小川真里子先生は、「来たる更年期に備え、早くから体や心を整えておくことはとても大切」だと言います。そこで、更年期の基本知識や、気になる更年期不調、今からでも始めたい日常生活のなかでできる対策について伺いました!
そもそも更年期はいつから始まる?
「更年期」という言葉は知っていても、それが実際いつからいつまでを指すのか、その間、体にはどんなことが起こるのか 、知らないという人も多いのでは?
「一般的には、閉経の前後10年間を “更年期”と呼んでいますが、月経周期が乱れ出してから閉経のあと5年くらいまでを目安と思っていただくとよいかと思います。また、閉経の時期には個人差があり、最近の報告では、51〜52歳が中央値といわれています。
更年期の始まりの目安ともなる月経周期の乱れは、卵巣機能が低下することによって起こります。すると、これまで卵巣から分泌されていた女性ホルモン(エストロゲン)も、減少することに。このとき、なだらかに減っていくのではなく、大きく揺らぎながら減少するのですが、この“揺らぎ”が女性の心身に影響を与え、人によっては、さまざまな不調が出てくることもあります。これがいわゆる“更年期症状(不調)”です。このうち、生活に支障をきたすほど重い場合を“更年期障害”と呼びます」
代表的な更年期不調とその原因
更年期不調とひと口に言っても、その症状はさまざま。なかでも代表的なものを挙げていきましょう。
更年期不調の代表的な症状
●ほてり・のぼせ
●発汗(ホットフラッシュ)
●肩こり・腰痛
●頭痛
●疲れやすい
●不眠
●尿もれ・頻尿
●不安・イライラ
こうしてみると、更年期の不調の症状は体の一部分だけでなく、精神的なものも含め、あらゆる場所に現れるということがわかりますね。
「通常、女性ホルモンは脳からの指令によって、卵巣から分泌されます。ところが、卵巣機能が衰えると、いくら指令を出しても分泌されません。すると脳がパニックを起こし、結果として自律神経が不安定になり、さまざまな心身の不調が出てきます。更年期症状が多岐にわたるのは、私たちの体のあらゆる場所に、女性ホルモンを受け取る受容体が存在するから。脳や血管、子宮、皮膚や骨など、女性ホルモンの減少は全身に影響を与えるのです」
更年期不調の要因は、こうした女性ホルモンの減少だけではありません。小川先生によると、家庭環境や仕事といった環境や、もともとの性格なども関係しているのだそう。
更年期障害の3つの要因
●女性ホルモンの減少
●社会的・環境的要因
●個人の心理的・性格的要因
「ちょうど更年期にさしかかる40〜50代は、仕事や家庭でもいろんなことが起こりやすい時期。例えば親の介護や、子どもの巣立ち、仕事でも責任あるポジションを任されたり、仕事量が増えたりといったこともあるでしょう。また、そうしたストレスに対して敏感に反応しやすい人、真面目な人やこだわりの強い人は、更年期障害が出やすい傾向があるといわれています」
私たちの体は女性ホルモンによって守られている
女性ホルモンが減少することで、私たちの心身にさまざまな影響が及ぶということですが、そもそも女性ホルモンにはどういった役目があるのでしょうか?
「女性の体は、初潮を迎えてから閉経まで女性ホルモン(エストロゲン)に守られているといっても過言ではありません。
エストロゲンには、骨や血管、筋肉などを丈夫にする、肌や髪のツヤを保つ、中性脂肪やコレステロール値を正常にするといった働きがあります。更年期になると、このエストロゲンが急激に減少することで守りがなくなり、言ってみれば、体も心も “打たれ弱い”状態に。すると、骨粗鬆症になりやすくなったり、高血圧になったり、動脈硬化や糖尿病などの生活習慣病までも引き起こしやすくなってしまいます。また、精神的な面では、以前だったら我慢できていたことが耐えられなくなったり、やりすごせずに思い悩んだりしてしまうことが増えてくるようです」
「プレ更年期」って、本当にあるの?
気になるのが、最近よく聞く「プレ更年期」や「若年性更年期」という言葉。30代から、ホットフラッシュのような症状や、めまい、だるさ、気持ちの落ち込みなどを感じて、「更年期症状では?」と、不安になる人もいるといいます。しかし、小川先生によれば、医学的には「プレ更年期」という定義はなく、多くの場合そうした不調は「更年期」とは別物と考えていいのだそう。
「確かに30代後半から女性ホルモンは減少に向かい始めるので、この年代からなんとなく不調を感じやすくなるということはあるかもしれません。ですが、ほとんどの場合、その原因は別にあります。
まず考えられるのが、PMS(月経前症候群)。月経前に不調が出たり、強くなったりする場合は、その可能性が高いでしょう。また、更年期症状に似た症状が出る病気もあり、代表的なものに甲状腺機能の異常があります。特にバセドウ病は30代から40代の女性に多い病気。発汗や動悸などが気になる人は、一度、病院で診てもらうと安心です。
ほかにもストレスや無理なダイエット、生活習慣の乱れが重なって卵巣機能に影響を与え、月経周期が乱れることも。特に、最近、若い女性の鉄欠乏症が話題になっています。動悸やめまい、疲れやすいといった症状は、貧血によっても起こります。日頃の食生活が乱れがちな人は疑ってみるといいかもしれません」
今から知っておきたい、更年期不調のコントロール法
更年期不調の対策の一つとして、「更年期について知っておく」ことがとても重要だと小川先生は言います。「これから自分の体にどんな変化が起こるのか、またそれに対してどんな対策ができるのかを知っておけば、いざというとき不安にならずに、落ち着いて対処することができますよ」。そこで、更年期不調が始まったときにどんな治療の選択肢があるのかを教えてもらいました。
「体に負担が少なく、ゆるやかな効果が期待できる漢方は、更年期治療の最初のステップとしてよく使われています。なかでも『当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)』『加味逍遙散(かみしょうようさん)』『桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)』は、婦人科三大処方といわれ、更年期障害に用いられる代表的な漢方薬です。それぞれの体格や体質、症状に合わせて処方します。
ホルモン補充療法(HRT)は、その名のとおり減少している女性ホルモンを補う治療です。更年期に入り、大きく変動する女性ホルモンを“ソフトランディング”させることで、不調をやわらげることができます。飲み薬だけでなく、貼り薬や、塗り薬などがあり、これも症状や希望によって使い分けます。即効性も高く、2週間から2カ月ほどで効果を感じる人がほとんどです。
気分の落ち込みや不安感などメンタルの症状が大きい人には、漢方やホルモン補充療法にプラスして、抗うつ薬や専門科でのカウンセリングをすすめることもよくあります。
よく、30代をすぎて、『10代や20代の頃のように動けない』ということを不安に感じたり、落ち込んだりする人もいるのですが、年齢を重ね、体が衰えるのは当然のこと。自分の変化を受け入れることも大切です。自然なことなんだと納得できれば気持ちも楽になりますよ」
更年期に備えて、心と体を整えておこう
できるだけ更年期の不調に苦しまないために、30代からできることはあるのでしょうか? 小川先生によれば、「残念ながら、更年期障害を完全に防ぐ特効薬はない」のだそう。ただし、落ち込むことなかれ! 日々の生活習慣や食事などの心がけによって、症状の悪化を予防することはできるといいます。
① 体を動かす習慣をつくる
「まずは、運動。体力をつけ、筋肉を鍛えることは、骨粗鬆症や動脈硬化などの予防にもつながります。とはいえ、50歳を超えてからいきなり体を動かせと言われても難しい。30〜40代でしっかりと運動を習慣化しておくことが、この先、健康に過ごすためのポイントになります。運動といっても、まずは通勤するとき駅までの道を早歩きしてみる、散歩の時間を増やす、軽くジョギングをするといったことでかまいません。理想は、有酸素運動を1日20分、週に150分取り入れること。無理のない範囲で体を動かすことから意識してみましょう」
② 食事を見直す
「更年期以降に心配なのが、骨粗鬆症や、動脈硬化などの生活習慣病。これらを防ぐ食生活を今から身につけておくことも大事です。積極的に摂りたいのは、カルシウムやビタミンD、K、C、B、マグネシウムなど。食材でいうと、小魚や乳製品のほか、大豆製品、食物繊維が豊富な野菜などがあります。ただ、食欲が落ちることも多い更年期、毎日の食事ですべてを網羅するのはなかなか難しいこともあるでしょう。そうした場合は、サプリメントで補うのも手です」
③ ヨガやアロマでストレスケアを
「30代や40代は、20代の頃の感覚のまま、つい無理をしてしまう時期でもあります。仕事で責任あるポジションを任されることも多いと思いますが、無理をせず、疲れたと感じたら休息をとる、しっかり睡眠をとる、ということを心がけていただきたいですね。
また、週に数十分でもいいので、『自分のための時間』を作ることをおすすめします。例えば、ヨガや瞑想などで自分の内面を見つめることは、不安感やイライラなど、心をコントロールするためには有効です。最近人気のアロマテラピーもよいのですが、アロマを嗅ぎながら忙しく仕事をしていては意味がありません。大事なのは、いい香りの中で、心身ともにゆっくりとくつろぐことです」
更年期は、その先の人生を決定する大事な時期だと小川先生は言います。「30代から更年期にかけて、自分の体や心と向き合うことが、この先長い人生を健康に楽しく過ごすための礎となります。日頃の生活習慣を見直して、今日からできることを始めてみましょう!」
東京歯科大学 准教授 市川総合病院産婦人科 医長
日本女性医学学会女性ヘルスケア専門医。慶應義塾大学産婦人科を経て2015年より現職。更年期医学と女性心身医学を専門とし、多くの女性のホルモンにかかわる悩みに対応している。
構成・文/秦レンナ イラスト/ハニュウミキ