睡眠時間が足りていない日本人。特に女性は不眠の悩みを訴える人が多いのです。健康と美容に大きな影響を与える睡眠。よい眠りを得るためには、どうしたらいいのでしょうか? 日本睡眠学会専門医の井坂奈央先生に伺いました。
Dクリニック東京ウェルネス 睡眠・SAS外来 睡眠センター長
医学博士。埼玉医科大学医学部医学科を卒業後、東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科を経て、2022年9月よりDクリニック東京ウェルネスで勤務。睡眠時無呼吸症候群を専門とし、男性にとどまらず女性・小児と数多くの診療を経験。日本睡眠学会専門医。
女性が眠れない原因は?
増田:女性は、睡眠の量だけでなく質も低下しやすく、不眠に悩む人が多くいます。どうして女性に多いのでしょうか?
井坂先生:不眠の悩みにもいろいろあって、寝つきが悪い(入眠困難)、中途覚醒がある、早朝覚醒(朝早く目覚めてしまう)がある、という3種類の不眠があるのですが、特に女性に多いのは、入眠困難で寝つくのに時間がかかるという状態です。
女性に多い理由には、女性ホルモンのリズムに睡眠が影響を受けやすいことが挙げられます。女性ホルモンの揺らぎによるメンタルの影響もありますね。生理前のPMS(月経前症候群)の時期には、黄体ホルモンの影響で眠気が強くなりやすく、その反動で生理を終えて、エストロゲンが増えた時期に不眠になるというパターンの方もいます。
女性の睡眠が変化しやすいのは、女性ホルモンの低下による自律神経の乱れがあります。特に更年期世代には顕著に現れます。交感神経と副交感神経のバランスが崩れ、夜に、うまい具合に副交感神経が優位になりにくい。さらに自律神経が乱れることで、深部体温が上がらないことも原因です。上がっている深部体温が睡眠時に下がることで入眠しやすくなるのですが、元の深部体温が低いとうまく下がらず、寝つきづらくなります。
【 不眠は、女性に多い!】
不眠あり、入眠困難、中途覚醒は、どの年代でも男性に比べて女性に多い症状と言われています。特に更年期以降の女性では、その割合が増えてきます。
日常生活に影響する「眠れない」状態が週3日以上続くと「不眠」
増田:そもそも不眠とは、どういう状態をさすのでしょうか? 心配な不眠と、気にしなくてもよい不眠はありますか?
井坂先生:入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒のいずれかによって、日中の日常生活に影響あると感じる状態が週3日以上ある場合を不眠と言います。
大事なことは、生活に支障があるかどうかです。なかなか眠れないと感じたり、朝早く目覚めてしまったとしても、起きたあとの日常生活に影響なければ、病気ではありません。やっきになって不眠を何とか解決しようとしなくても大丈夫。不眠かどうかの判断には、本人が困っているかどうかがいちばん大切です。
女性に不眠が多いとカウントされる理由には、“睡眠誤認”というものがあります。意外と寝ているのに、寝ていないと思ってしまうことです。眠れていないと思う方は、「睡眠日誌」をつけてみるといいと思います。ベッドにいた時間と実際に寝た時間を自分で書くのです。意外と不眠でないことがわかると、それだけで悩みがなくなる方もいます。
「眠れない」を改善するには、入眠時の“黄金の90分”が重要
増田:良質な睡眠をとることの意味やメリットを教えてください。
井坂先生:睡眠の役割は、まず休息ですが、記憶の整理、気分の調節、免疫力の増強などのほか、日中のパフォーマンスを上げることにも関連します。
逆に不眠によって起こるリスクは、肥満になりやすい、血圧が上りやすい、糖尿病や認知症などにもなりやすくなります。
増田:睡眠の質を高めるためには、何が大切なのでしょうか?
井坂先生:睡眠の質を高めるために、もっとも重要なのは、入眠後すぐに訪れる90分間のノンレム睡眠(脳も体も眠っている状態)をいかに深くするかです。
入眠時の90分間に深い睡眠が出現すると、それに続く睡眠の質がよくなり、明け方に睡眠が深くならず、目覚めがよくなります。まさに入眠後のノンレム睡眠は、睡眠にとって“黄金の90分”です。この90分で自律神経が整い、成長ホルモンも多く分泌し、細胞増殖や代謝促進、美容、アンチエイジングにも影響します。
増田:では、黄金の90分を手に入れるにはどうすればいいのですか?
井坂先生:深部体温を下げることが重要です。人間の体には2種類の体温があり、表面の皮膚体温と、体の中の深部体温です。
起きている間は、深部体温のほうが皮膚体温より最大2℃高くなっています。入眠時に深部体温を下げて、皮膚体温と深部体温の差を縮めておくことで良質の睡眠が得られます。
けれども女性は、冷え症の人が多く、睡眠中もなかなか皮膚の末梢血管が拡張しないので、熱の放散がうまく起こりません。そのため、うまく深部体温を低下させることができず、寝つきに時間がかかるのです。
そこで深部体温を下げるために、入浴をうまく活用しましょう! 入浴で深部体温を上げておき、その後、深部体温が低下するタイミングで眠りに入ります。すると、寝つきがよくなり良質の睡眠が得られます。深部体温は、90分かけて下がりますので、眠る90分前に入浴するのです。
【寝てすぐのノンレム睡眠が黄金の90分!】
参考資料/「スタンフォード式 最高の睡眠」(サンマーク出版)より
眠れないときの対処法や病院、良質な睡眠を得るために心がけること
増田:良質な睡眠をとる(不眠対策)ために、心がけたほうがいいことと、やってはいけないことを教えてください。
井坂先生:睡眠の質を上げるために、生活の中でできることを紹介します。生活習慣の改善でできることはたくさんあります。良質の睡眠を得たい人はぜひ心がけてください。
・平日と休日の睡眠時間のズレは2時間未満に。
・スマホやPCなどのナイトモードやブルーライトカットモードを活用しましょう。
・寝室は室温25~28度、湿度50~60%を目安に快適と思う状態に。
・深部体温を下げるために、寝る90分前の入浴と、熱のこもらない寝具を。
・電気毛布や締め付ける靴下は避ける。電気毛布は先に温めておいて切ってから寝る。湯たんぽはOK。
・カフェインは就寝6時間前までに(お茶にも含まれているので要注意)。
・お昼寝はなるべくしない。どうしてものときは15時までに20分程度。
・寝られないときは、なるべくベッドや寝室から出る。
・ベッドで寝る以外のことをしない。
・運動習慣をつける。運動は20時までに行うのがベスト。就寝前はストレッチ程度に。
・ナイトルーティンをつくる。
ナイトルーティンは、例えば、自分がこれをやったら寝るということをつくります。好きな音楽を聞く、結末を知っている本を読む、手作業、ストレッチ、瞑想、ハーブティを飲む、いつものパジャマに着替えるだけでもいいのです。現代人は仕事のこと、家のことを引きずって切り替えられないことが多いですね。「切り替えスイッチ」「睡眠スイッチ」を自分なりに見つけて身に着けておくことが大切です。
増田:不眠で市販の睡眠薬、サプリなどを使うのはどうでしょうか?
井坂先生:睡眠のための生活習慣を整えるほうが薬よりもずっと効きますし、エビデンスもあります。
もしお薬を飲むときは、漫然と飲むのでなく、ここぞというときだけに使うようにします。「このお薬があればいざというときに寝られる」というお守りとして持っておきます。寝ないといけないときに飲めばいいのです。
睡眠薬は副作用が心配?
増田:不眠の質改善に睡眠薬などの治療薬を使うのはどうなのでしょうか? 習慣性、依存性などの副作用が気になります。
井坂先生:不眠改善のための処方薬は、種類がたくさんあります。睡眠薬は大きく分けて4種類に分けられます。
・非ベンゾジアゼピン系:不眠が中程度以下で「寝つきが悪い」「疲れたから寝たい」ときに向いている睡眠薬で依存性、習慣性が少ないとされています。
・ベンゾジアゼピン系:現在使われている睡眠薬の中でメインを占めている睡眠薬。催眠効果が高く、不安や緊張をやわらげる効果も期待できます。非ベンゾジアゼピン系に比べると依存性があります。昔より安全性は格段に高まっており、医師の処方通りに飲めば、副作用も少なくなります。
・メラトニン系:体内時計のリズムを整えているホルモンで体内時計がうまく働かない場合に使われるメラトニンは小児のみの保険適用ですが、メラトニンに作用するラメルテオンは成人にも保険適用されます。
・オレキシン系:覚醒の維持に重要な物質であるオレキシンの働きをブロックすることで、睡眠状態を促すお薬。依存性、習慣性が少ないとされています。
お薬は、「睡眠外来」や「睡眠クリニック」に相談するほうがいいと思います。市販薬ですと、自分に合うものを見つけにくいことがあります。睡眠外来などが近くにない場合は、内科よりも、メンタルクリニックや精神科を受診しましょう。不眠のための薬を使い慣れていますし、組み合わせなども得意です。
また、オンライン診療の保険診療では、初診で睡眠薬は出さないことになっています。オンライン診療で安易に自由診療で睡眠薬を出すのではなく、きちんと相談、睡眠指導をしてくれるところを選びましょう。
また、すぐにお薬に頼るのではなく、まずは生活習慣の改善を試みてみましょう。生活習慣の改善は、お薬よりメリットが高いと言われています。生活習慣の改善だけではどうにもならない不眠は、ぜひ「睡眠外来」「睡眠クリニック」や「精神科」「メンタルクリニック」を受診してください。
増田:ありがとうございました。次回は、いびきや歯ぎしりと不眠との関係を井坂先生にお伺います。
取材・文/増田美加 イラスト/大内郁美 企画・編集/木村美紀(yoi)