糖質の摂取量を控えることで、健康的な体を目指す「糖質制限」。ダイエット法としても注目され、今やスーパーやコンビニでも「糖質オフ」の商品を目にすることが当たり前になりました。ビールやパンを買うときに、なんとなく“体や健康によさそう”だからと選んでいる人もいるかもしれませんが、実際のところ、糖質を制限するとどんなメリットがあるのでしょうか? 糖尿病専門医の山田悟先生にお話を伺いました!

山田 悟

糖尿病専門医、総合内科専門医、医学博士

山田 悟

北里大学北里研究所病院副院長・糖尿病センター長。食・楽・健康協会 代表理事。糖尿病専門医として多くの患者と接するなかで、カロリー制限中心の食事療法では、食べる喜びが損なわれている事実に直面。ゆるやかな糖質制限「ロカボ」を提唱。啓発、普及のために講演や著作活動も積極的に行う。著書に『糖質制限の真実』(幻冬舎新書)、『北里研究所病院 Dr.山田流「糖質制限」料理教室』(主婦と生活社)などがある。

「糖質制限」は何がいい? 糖質をとると体に起こることとは

糖質制限をイメージしたイラスト

「糖質制限」は糖質を控える食事療法だということはわかりますが、そもそも、なぜ糖質をとりすぎることが体によくないとされ、“糖質オフ”が注目されたのでしょうか?

「糖質は体を動かすためのエネルギー源で、おもにご飯やパン、麺類やお菓子などの甘いもの、イモ類などに多く含まれています。こうした糖質をとりすぎると、糖尿病や肥満、脂質異常症、高血圧など、いわゆるメタボリック・シンドロームを引き起こしやすくなることがわかっています。近年では、がんや認知症との関連も明らかになってきており、糖質の過剰摂取は、まさに“万病のもと”だといえるのです」(山田先生)

●なぜ太る? 糖質と脂肪の関係

糖質のとりすぎはなぜ肥満を招き、さまざまな病気へとつながるのでしょうか。「食事から摂取した糖質は、まず血液中へと取り込まれます。すると血糖値が上昇するので、それを下げるために、膵臓(すいぞう)からインスリンというホルモンが分泌されます。このインスリンは、血液中の糖質をエネルギーとして使えるように筋肉や脂肪組織に届ける働きをするとともに、余った糖質を脂肪として蓄える役割もします。つまり、糖質をとりすぎればインスリンが過剰に分泌され、脂肪も増えてしまうというわけです。さらに、高くなった血糖値がインスリンによって急降下するとき、私たちは強烈な空腹感を感じます。これが食べすぎにもつながり、肥満を招きやすくなってしまうのです」

●高血糖は肌にも影響大!「糖化」が招く老化

意外なことに、高血糖は「老化」にも関係するのだそう。「『糖化』という言葉を聞いたことはないでしょうか? とりすぎて体内に余った糖質は、体内でタンパク質と結合し、老化物質『AGEs』を生成します。AGEsは、肌の硬化や、シミ、シワ、たるみなどを引き起こすだけでなく、髪のハリつやがなくなる、骨を弱く折れやすくするなど、さまざまな影響を与えるものと考えられています。とくに女性の場合、更年期以降は女性ホルモンの影響で骨がもろくなりやすい。早いうちから糖化を防ぐことは、アンチエイジングにもなり、将来の健康の礎にもなります」

やせたいなら、カロリー制限より「糖質制限」が効果的?

肥満の人にとっては体重の改善に効果があるという糖質制限。一般的にダイエットというと、カロリーや脂質を制限する食事法をイメージします。ところが、山田先生によると、その認識は大きな間違いなのだとか。

カロリー制限によって一時的な体重減少の効果は得られますが、長い目で見ればあまり意味がありません。なぜなら、我慢が必要になるため、数年後には確実にリバウンドしてしまうからです。また、最近の研究では、カロリー制限の食事を2年続けると、骨密度の低下や貧血、筋肉量の低下を招くことが明らかになっています。特に、筋肉量が低下すると、基礎代謝が落ちてやせにくくなるだけでなく、転倒や骨折のリスクが高まり、最終的には寝たきりになってしまうリスクも。健康にシェイプアップすることを考えるなら、筋肉を維持することがとても重要なのです。

一方、糖質制限では、肉や魚などタンパク質と脂質を中心とした食事が基本になるため、筋肉量が低下することは避けられます。さらに、私たちの満腹中枢はタンパク質と油によって刺激されるため、満腹感が持続しやすい。食べすぎを防ぎ、自動的に1日の摂取カロリーまでもコントロールできるのです」(山田先生)


 

体重計に乗る女性のイラスト

 「糖質制限がやせやすいといわれるもう一つの理由に、エネルギー代謝の仕組みがあります。通常、私たちの体は糖質と脂質をエネルギー源にしていますが、糖質の摂取量を制限すると、脂質を中心に燃やすようになるのです。そのため、体脂肪が利用されやすくなり、高脂血症も改善しやすくなるんですよ。

やせることを目的とする人のなかには、極端に糖質を制限して『ケトン体』を利用しようとする人もいます。体内に糖質が不足すると肝臓でケトン体がつくられ、糖質や脂質と同様に全身のエネルギー源になります。その結果、体脂肪が燃えやすくなるのです。ただし、ケトン体が出るくらいまで糖質を制限しようとすると、穀類や果物やお菓子に加えて、根菜類などの野菜が食べられなくなるため、食物繊維や一部のビタミンの補充が必要になることもあります。長く糖質制限を続けるなら、ケトン体にこだわらず、無理なく楽しく糖質制限をすることをおすすめしたいですね」

実は、多くの人が食後高血糖になっている?

これまで健康診断で「血糖値が高い」と指摘されたことはないし、肥満でもない。自分には「糖質制限」は関係のないことと思っている人もいるかもしれません。ところが山田先生によると、多くの人が気づかないうちに高血糖に陥っているというのです。

「実は、日本人は体質的に食後に血糖値が上がりやすい民族だといわれています。実際3分の2くらいの人が、食後は異常値である140mg/dlを超えてしまいます(通常、空腹時70~109mg/dl、食後70~139mg/dlが血糖値の正常範囲とされている)。とくにパンやおにぎりなど穀類(主食)を中心とした食事は、糖質が多くなりがち。多くの人が、食後は簡単に高血糖になりやすいのです。

とはいえ、食後に血糖値を測る機会もなかなかないため、自分が食後高血糖かどうかわからない人がほとんどですよね。昼食後の会議で、眠くなった経験はありませんか? これは食後の高血糖が、インスリンによって急降下したことを反映している可能性があります。つまり、普段から食後の眠気やだるさに悩んでいるという人は、要注意。その状態が続けば、気づいたときには糖尿病なんていうことも起こりかねません。健康を考えるのであれば、普段から糖質を意識するに越したことはないのです」(山田先生)

“お腹いっぱい食べること”が「糖質制限」を続けるコツ

山田先生は、「糖質制限」をする際に大切にしてほしいのは「楽しく続けたくなる」ことだといいます。

「糖質制限をすると、始めた1食目からすぐに効果を感じます。これまで食後に眠気や倦怠感があった人は、それが軽減するのが実感できるはずです。また、肥満改善のために糖質制限をするなら1〜2週間で体重に変化が見られるでしょう。ただ、いくら健康によく、体重改善にも効果が期待できるからといって、極端に糖質制限をすれば、それはつらく苦しいものになり、結局のところ続けることができません。

糖質制限を続けるための何よりのポイントは、“お腹いっぱい食べること”。そして、できる限り自分が好きなものを我慢しないことです。そこで私が推奨するのは、1食当たりの糖質量を20~40gに抑える『ゆるやかな糖質制限』です。その範囲内であれば、何を食べても構いませんし、おやつやデザート、お酒などの嗜好品も1日糖質10gまでならOKです」(山田先生)

●タンパク質と油は積極的にとってOK

「糖質制限中は、糖質がほとんどない肉や魚などのタンパク質、油を中心に食べましょう。先にも説明したとおり、タンパク質と油は満足感を高めてくれるので、ご飯やパンなど主食を控えてもストレスを感じにくくしてくれます。また、タンパク質は筋肉量を維持するためにも積極的にとりたい食材です。悪者にされがちだった油も実はダイエットの味方。これからは、ぜひとるようにしてください」(山田先生)

「糖質制限」のメリットとは? ダイエットから美肌、病気予防までを医師が解説!【前編】_3

「この食事療法のいいところは、食事量やカロリー、タンパク質や脂質など、糖質以外にはまったく制限がないことです。糖質量さえ守っていただければ、お腹いっぱい食べることができます。それは、楽しく長く続けるためにとても重要なことだと私は考えます。食事は人生を豊かにするもの。その人が豊かな生活を享受できていることを大前提に、健康と体型をキープできていることが、理想の糖質制限だと思います」(山田先生)

続く後編では、山田先生が提唱する、ゆるやかな糖質制限「ロカボ」を詳しく解説。実際の食事の例や食べ方のポイントなどをご紹介します! 自分のライフスタイルや好みに合わせて、無理なく糖質制限する方法を見つけましょう。

取材・文/秦レンナ イラスト/ナガタニサキ