ストレスが溜まったときや、疲れたとき、自然に触れたい! と感じたことはありませんか? 実際に、木々や草花を眺めていると、不思議とリラックスするような気がします。自然のもたらすこうした癒やし効果が予防医学につながるとして、今、世界中で「自然セラピー」が注目されています。

そこで今回、「自然セラピー」研究の第一人者である、千葉大学 環境健康フィールド科学センターグランドフェロー・名誉教授の宮崎良文先生と、同センター特任助教の池井晴美先生にインタビュー。自然が私たちの心身に与える影響について、また「自然セラピー」の取り入れ方について伺いました!

森

森林、海、花…自然が人間の心身に与える影響とは?

「自然はなんだか気持ちがいい」ということを、感覚的にはわかっていますが、それはいったいどうしてなのでしょうか。

●自然環境に適応した体で、人工的環境に生きる私たち

「人類の歴史はおよそ700万年になりますが、そのほとんどを自然の中で生活してきました。仮に都市化・人工化の始まりを産業革命と設定した場合、私たちが現代のような人工化された環境下で生きているのは200〜300年。人類の歴史から見れば、それはわずか0.004%の期間です。今、私たちは自然環境に対応した体を持ったまま、人工環境下での生活を余儀なくされているといえるのです。そして、そのギャップが、気づかぬうちに人々に強いストレス状態を生んでいます。

特にコロナ禍になってからは、自宅で過ごすことが推奨され、日常的に自然に触れる機会が減少しました。それが、私たちのストレス状態にさらなる拍車をかけていると考えられます。そんななかで注目されるようになったのが、自然セラピーの力です」(池井先生)

「ちょっと窓の外を眺めてみてください」と、宮崎先生。「今まで室内の壁を見ていた感じと違って、ホッとしませんか? そのホッとする感覚は、考えて得られるものではなく、“勝手に”生じるものです。その変化をアンケートで捉えることはできませんが、生理的な反応として捉えることはできます。私たちは、見るという視覚からの刺激以外にも、例えば波の音を聞く、花の匂いを嗅ぐ、木材に触るなど、五感を通じて自然とシンクロし、それによってリラックス効果を得ることができます。これは私たちの遺伝子に組み込まれている反応なのです」(宮崎先生)

●実験で判明! 花を見る、森を歩くだけでもリラックス効果あり

自然に触れたとき、私たちの体の中ではどのようなことが起こっているのでしょうか? 宮崎先生は、自律神経活動や脳活動、ストレスホルモンなどを使って生理実験を行なったデータをもとに解説してくれました。

「まずご紹介したいのは、花を見る実験の結果です。高校生やオフィスワーカーなど男女114名がバラの花を4分間眺めたときの自律神経の活動を調べました。すると、リラックス時に高まる副交感神経活動が15.0%亢進し、ストレス時に高まる交感神経活動が16.3%低下するという結果が得られました。

次に、森林の中で行なった実験についてです。2005年から2018年までの14年間、全国63カ所の森林で756名を被験者に行なった実験では、都市を15分間歩いたときと比較して、森を15分間歩いた場合、コルチゾールというストレスホルモンの濃度が13.8% 低下することがわかりました。また、副交感神経の活動は72.0%亢進し、リラックス効果が顕著に高まるという結果が得られました」(宮崎先生)

緑や花の癒やし効果を科学的に解明! ストレスケアに有効な「自然セラピー」とは_2

緑や花の癒やし効果を科学的に解明! ストレスケアに有効な「自然セラピー」とは_3

長野県赤沢自然休養林にて、女性高齢者17名を対象として行なった「森林セラピープログラム」の様子。参加者は、1日かけて森林を歩く、座視する、寝転ぶ、深呼吸するなどした。
H. Ochiai, H. Ikei, C. Song, Y. Miyazaki et al. Int J Environ Res Public Health 12 12 15222-32 2015

緑や花の癒やし効果を科学的に解明! ストレスケアに有効な「自然セラピー」とは_4

同じく長野県赤沢自然休養林でのプログラムの様子。H. Ochiai, H. Ikei, C. Song, Y. Miyazaki et al. Int J Environ Res Public Health 12 12 15222-32 2015

宮崎先生と池井先生によると、こうしたリラックス効果は体の免疫機能にも影響するといいます。「ストレス状態が長く続くと、免疫機能が低下することが知られています。すると、体調を崩しやすくなりがちに。そこで役立つのが、自然セラピーです。心身がリラックスすることで、免疫機能が改善することが報告されています。自然によって病気を治すことはできませんが、病気を予防する効果は十分期待できるのです」(池井先生)

自然セラピーはプラスαの快適性

さらに、自然セラピーの効果を得るためには「快適性」がポイントとなるといいます。「快適性は『受動的快適性』と『能動的快適性』の大きく2つに分けられます。『受動的快適性』とは、暑さや寒さに代表される、不快やマイナスを除去することを目的とした快適性。そのため個人差が少ないという特徴があります。一方、自然セラピーのような『能動的快適性』は、五感を通じて生じる快適性。『好き・嫌い』という個人差があり、それはリラックス効果にも影響を与えます。

例えば、リラックス効果があるといわれるラベンダーの香りも、好きな人もいれば嫌いな人もいます。嫌いな香りを嗅いでも、生理的リラックス効果を得ることはできません。大切なのは、自分の好きな自然に、好きな方法で触れるということ。森が好きであれば森に行けばいいし、生花が好きであれば生花を見ればいい。自然セラピーは、決められたひとつの方法ではないのです」(池井先生)

「マイナス状態をゼロにするのが『受動的快適性』なら、ゼロをプラスにするのが『能動的快適性』です。住宅環境も整った現代の日本においては、『受動的快適性』は、ほぼ担保されている状態です。そんななかで今、社会に求められているのが、自然セラピーをはじめとしたプラスαの快適性ではないでしょうか」(宮崎先生)

「森林セラピー」を試してみよう!

「自然セラピー」の中でもより知られているものとして「森林セラピー(森林浴)」が挙げられます。近年、そのリラックス効果が世界中で知られるようになり、今では「shinrin-yoku」が共通語になっているそうです。

リラックス効果の期待できる森林浴ですが、普段アウトドアに慣れていない人にとっては、森へ出かけるのはちょっとハードルが高いかもしれません。初心者は、どんなふうに森林セラピーを楽しんだら良いのでしょうか?

●森林セラピーを楽しむポイント

① 本格的な森にこだわらなくていい


②必ずしも歩かなくていい 


③防寒&虫除けで『受動的快適性』を担保する

森林浴

「森林セラピーは、必ずしも山奥深くへ入ったり、大きな森に入ったりする必要はありません。まずは身近な場所で、林や森を探してみてください。そして、自分の体力や都合に合わせて、平地をゆっくり歩いたり、座ったり、好きなスタイルで楽しむことが大切です。また、『受動的快適性』を担保するために、季節によってはしっかりと防寒を。また、虫除けの対策もしっかりしておきましょう」(池井先生)

ひとりで取り組むのが不安な人は、各地で実施されている森林セラピーのプログラムやワークショップに参加してみるのも手。「『森林セラピーソサエティ』というNPO団体は、全国65カ所で『森林セラピー基地』という、ガイド付きの森林セラピープログラムを紹介しています。最初の入り口として体験するにはおすすめです。いろんな場所や方法で試しながら、自分にとっていちばん心地いい楽しみ方を見つけられるといいですね」(宮崎先生)

山登りでも花一輪でもOK! 自分の好きな自然を見つけよう

自然とひと口に言っても、実にさまざまなものがあると宮崎先生は言います。「例えば、"大きい自然"の代表ともいえる、山や森へ行くのがハードルが高ければ、"中くらいの自然"である公園に行ってみてはいかがでしょうか。心地よい気温の春と秋であれば、森林セラピー同様のリラックス効果が得られることがわかっています。

もっと身近な"小さい自然"なら、好きな花を部屋に一輪飾るだけでもいいんです。アロマオイルを持ち歩くのもいいですね。ちなみに私はベランダ園芸が趣味なのですが、これも小さい自然の一つ。アーモンドやブーゲンビリア、バラ、ニガウリなど植物たちに触れる時間が、大切なリラックスタイムとなっています」(宮崎先生)

1輪挿しの花

「私のお気に入りの自然は、木製のスマホケース。あたたかみのある木の質感にホッとするんです。こうして製品化されているものは、いつもそばに置いておけるのが魅力ですね」(池井先生)

大きいもの、小さいもの、いろいろな"自然"を試し、そのときの自分に合った"自然"を見つけていくことこそが、『能動的快適性』だと宮崎先生は言います。「心地よい生活というのは、誰かに教えてもらえるものではありません。自分で探し、見つけることも含めて、自然セラピーなのです。

満員電車にはじまり、上司や部下との人間関係、続く残業…日々、普通に仕事をしているだけでも、私たちはたくさんのストレスを感じています。何もケアしなければ、心身に不調をきたしてしまうこともあるでしょう。ストレスフルな人こそ、身のまわりの自然に少し意識を向けてみてください。現代の生活においては、日常生活にうまく自然を取り入れることが、体調管理や健康維持につながるのです」(宮崎先生)



※「森林セラピー」は、特定非営利活動法人森林セラピーソサエティの登録商標です。

宮崎良文

千葉大学 環境健康フィールド科学センターグランドフェロー・同大名誉教授

宮崎良文

東京医科歯科大学医学部助教(医学博士号取得)、森林総合研究所生理活性チーム長を経て、現職。主な著書に『木と人のサイエンス』(日本木材新聞社)、『森林浴』『木材セラピー 木のやさしさを科学する』(創元社)、『自然セラピーの科学』『森林医学II』『森林医学』(朝倉書店)、『森林浴はなぜ体にいいか』(文藝春秋)などがある。趣味は、熱帯魚飼育とベランダ園芸。

池井晴美

千葉大学環境健康フィールド科学センター自然セラピープロジェクト特任助教

池井晴美

2015〜2018年国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所木材研究部門構造利用研究領域テニュア・トラック型任期付研究員、2018〜2019年研究員を経て現職。著書に『木材セラピー 木のやさしさを科学する』(創元社)、『木と人のサイエンス』(日本木材新聞社)がある。趣味は娘との自然散策。

構成・文/秦レンナ 資料提供/千葉大学環境健康フィールド科学センター自然セラピープロジェクト Ptotos by Shohtaroh Iwasaki,Jose Vazquez / sesameellis / Getty Images Plus